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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天正年間(1573〜)
312/505

第311衝 天體の鑑連

 田原民部邸。


 石宗の邸に比べると質素だが、それでも所々に豪奢の印は見える。これに比べると、主人鑑連は質素なものだ。物欲は少ない美徳といえるのかもしれないが、文化の香りはこちらの側がより強い。


「今度は追い返されなかっただろう。某のお陰だな、ははっ!」


 笑顔の石宗に対して、腕を組んで厳しい顔の田原民部。この破戒僧がなぜ、旗色定かならぬ鑑連の下僕である備中を連れてきたのか、その真意を問いたいというような顔をしている。が、さすがに口調には表さずして曰く、


「戸次殿は私に何用なのかな」

「は、ははっ」


 緊張しながら備中曰く、


「しゅ、主人鑑連は、吉利支丹を巡る宗家の方々の御動向に注視しております」

「戸次殿には関係がないことだ」

「まあまあ、そう言わずに」


 けんもほろろな田原民部を石宗が宥める、というこの構図。恐らく、備中が何を言っても、田原民部はこの調子だろう。小野甥と当地に来た前回とは大きな違いだ。やはり、田原民部の身に何か重大な事が起こっているのだろうか、と訝しむ備中。


「戸次殿は吉利支丹の跳梁跋扈をお許しにはなるまい。だろう、備中君」

「そ、その、いや、ええと」


 かつて主人鑑連と田原民部の協力はあり得ないと断言していたクソ坊主が、今、この掌返し、恥を知らぬのか、それともなりふり構っていられなくなったのか。石宗は続ける。


「最近、どの家にも、軽率にも吉利支丹に片足を突っ込んだような下郎が増えてきたが、戸次隊では聞いた事がないからな」

「……」


 田原民部は黙っている。石宗は続ける。


「ご老中衆を見よ。吉弘殿にも、吉岡殿にも、吉利支丹の家臣が居る。朽網殿などは吉利支丹ばかりだ」

「故に、義鎮公の覚えが良いのだ」


 と、田原民部は無感動に、しかし愚痴のように呟いた。石宗、大袈裟に手を広げて教祖の様に曰く、


「戸次殿にはいない。田原様にもいない。ならば、手を取り合えるはずでしょう」


 備中には、石宗の説得はやや性急のようにも見えた。何かを急いているのだろうか?


「いないと言えば、佐伯殿にも吉利支丹の家来はいない。佐伯殿も味方に引き入れましょう」

「前から言っているが、佐伯殿は固い。まず無理だな」


 田原民部の佐伯紀伊守の評価が聞けたことは興味深い。


「それに、仮に戸次殿を味方とするならば、佐伯殿の参加を許さないのでは?」


 どきりとする備中。その通り、と確信しつつ、汗を拭う。


「備中君」


 石宗が睨んでいる。その目は、鑑連が佐伯紀伊との仲を未だに修復しないことを、詰っているようでもある。


「ど、どちらが、ということもないのでしょうが……」

「まあ、田原様は佐伯殿と御親密な間柄。義鎮公も一目置いている彼の御仁が、進んで吉利支丹に親しむこともありますまい。機会を見て、某も説得いたしましょう。はっはっはっ!」


 やれやれ、と手に汗握る備中だが、ふと、佐伯紀伊の口から石宗への不信の言葉を聞いた事がある、と過去の記憶から解を得る。佐伯紀伊守の参加のためには、石宗の除外が必要である、とは秘密の見解だ。


「厄介なのは豊前の衆ですなあ。田原常陸介殿、田北ご兄弟。彼らは我らの同盟には目もくれない。どうしたものか。どう思うかね備中君?」

「さ、さあ……」

「なんだそりゃ。ここに何の為に来たのか?」


 それもそうかも、と備中おずおずと口を開く。


「た、田原常陸様は、吉利支丹に近しいのですか?」

「近しいわけではないが、遠ざけてはいない。伴天連どもが鞍掛城に行くこともあるようだし」

「彼が拒否しないのは、私が吉利支丹を嫌っていることの当て付けさ」

「そ、それでは、た、田北様は如何でしょうか。ある意味で義鎮公のご贔屓を特に必要としているのでは……」

「備中君、言うじゃないか、ははっ」


 それが立花山城で話されている事か、と見透かした様に嘲笑する石宗。非常に不愉快な笑いだ。


「田北大和守殿は不器用な御仁だ。そして人に好かれない、という点では御舎弟も同じ。老中の地位を与えれば靡くかと思ったが……」


 なんとこれは石宗の台詞である。田北刑部に老中の地位を与えたのはこの怪僧なのか。石宗にそんな権限は無いから、それはネマワシの結果だろう。とすれば、その政治力は相当なものである。


「田北大和守は大人しいし慎重だ。まず、現状の立ち位置を変えたりはしない。弟にせっつかれてもな」


 石宗の発言を嗜めるような口振りの田原民部。この二人の意見は必ずしも一致を見ていない。


 どうもこの反吉利支丹の同盟は、石宗が独り相撲のように先導しているようである。これでは満足の行く影響力の発揮等できないのではないか。それを確かめる為にも森下備中、話を変えてえみる。


「ご老中衆で最も吉利支丹に親しいのは朽網様、ということですが」

「そのようだな」

「では、田原様は朽網様とは……」

「特に何ということはない。吉利支丹の事が話題に上ったことも無いくらいだ」

「な、なるほど……」


 佐伯紀伊との関係は聞くまでもないだろう。


「吉弘様、吉岡様は如何ですか」

「吉弘には筑後の吉利支丹には気を付けよ、と忠告をしたことはある」

「筑後?」

「吉弘の弟が引き継いだ高橋鑑種の家臣には吉利支丹が多かった。その経緯までは知らんがね」


 備中初耳であり、驚いた。それなのに、高橋殿は排斥され、国家大友から追放された。どうも吉利支丹に親しい事が、義鎮公の寵愛を得る必須条件ではないようである。であれば、


「あ、あの」

「うん?」

「は、反吉利支丹同盟など不要では?」


と本音が口を突いて出た。すると、石宗の顔が瞬時に凶悪なものに変わる。


「良い度胸だな!この場でよくもそんな事が言えたもの……!」

「ちょ、ちょっと!」


 仁王立ちになり身構えた石宗。庭の外で鳥が騒ぎ出している。


「天道を歩みたくないのか貴様!」

「て、天道!」

「そうだ!某には見える!見えるのだ!」

「な、何がですか」

「天道が!」

「ど、どこに!」

「大友家の当主が九州探題として諸族を従え、確固たる秩序を打ち立てる事!それこそが天道の御導き!」

「も、もう達成しているじゃないですか」

「何処がだ!従わぬ勢力多く、今、内側から邪宗に蝕まれている!手をこまねいていれば、滅亡はすぐそこだぞ!」

「う、うーん」


 頭に血が昇っている石宗の相手をしても得るところは少ないだろう、と備中は田原民部に向き合う。聞いておかねばならない言葉は、老中筆頭にこそあるはずだ。


「た、田原様は……その、吉利支丹宗門をどうなさるおつもりですか」

「どうするとは?」

「ど、ど、ど」


 さすがの老中筆頭である。その威厳にビビりまくってしまい、備中は声が出ない。これは、同じく筆頭だった吉岡長増とは明らかに異質のものである。


「粉砕するに決まっているだろうが!」

「あ、ほ、ほら!田原様!田原様がおことばを!」


 石宗の凶圧を、田原民部を盾に躱した備中。


「……」


 沈黙が続いて暫くして、田原民部がゆっくりと口を開いた。この辺りからも、やはり人は良い、と備中思うのだ。


「私は……神社の息子として生を受け、妹が宗麟様に嫁いだ縁で、田原の分家を継ぐこととなった。本家筋である田原常陸介殿の対抗馬としてね」


 口にはださないが、誰もが知っていることだ。


「故に、私には神人としての考えがある。それによると、吉利支丹宗門は国家大友にとってすこぶる危険な存在なのだ」


 老中筆頭の田原民部は、自説を訥々と述べ始める。その言葉に宿る愁には、強い責任感が漲っていると感じ、備中は胸打たれるのであった。

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