第30衝 乱世の鑑連
引越完了の後、重大な報せが臼杵の城下に広まった。
「義鎮公弟君が安芸勢に攻められご自害されたらしい」
「周防大内家はどうなるの?」
「断絶だろう」
こういう噂が流れると、内田は必ず備中に話しかけてくる。それも楽し気で、こいつ友人がいないんじゃないか、とも思う森下備中。
「噂を聞いたか」
「聞いた聞いた」
「おい……近習筆頭は」
「はっ、内田殿」
「よろしい。噂はどうやら事実だという。周防は滅び、安芸勢の支配下に落ちたというワケだ。乱世の予感がするじゃないか」
「殿が大喜びしそうですな。功績を立てるには乱世でないと、とか言って」
「無礼な事を言うな、義鎮公は弟君を失ってしまわれたのだ。お哀しみに決まっている。であれば、殿も同様だろう」
果たしてそうかな、と確信を持っている備中だが、内田はそうではない様子。自分に比べて雷を落とされる回数が少ないと言っても、見識が足りないとしか言いようがない。
しかし、鑑連と対面した時、内田と同じような事しか言えない自分を、密かに恥じる備中。鑑連へ報告をした折、思いきって口を開く。
「と、殿、臼杵のご城下に流れる噂についてご報告いたします」
「周防の噂なら不要だ。下がれ」
「はっ」
けんもほろろ、取りつく島もなし。大人しく下がる備中である。
こういう時は会いたくないが、石宗しか相談する相手も無い。その館へ行くと驚いて顎が下がってしまう森下備中。
立派な門構、良い木材を使用した館、その姿から想像してしまう庭の豊かさ、使用人の数の多さ。
「うわ、出世したなあ」
義鎮公付きの咒師ともなるとこうも豪胆になれるのか。驚きながら門番に取り次ぎを乞うと、
「主人は君命により府内へ出かけており、いつ戻るかはワカらない」
ガッカリして石宗邸を去る備中。こんな立派な館を構えても、味わう暇すらないのはお気の毒だな、と僻みながら。
仕方ない。噂について自分で考えるしかないな、と天下の往来で沈思黙考をはじめる。
実態
義鎮公の弟君は大内家お家騒動の危機に際して養子として入った。驚く事に一度養子縁組を解消されているらしいから、それは二度目ということである。面子の上からも手続上も異例だ。無論、彼に実権などないだろう。
予測
義鎮公が府内から臼杵へ引越しをしている最中に、追い詰められた弟君は亡くなった。急な事だったのか。そうではない。安芸勢に対して周防勢の劣勢は伝えられていたし、そう遠くない未来にこの日が来るかもしれないと、ご老中であれば皆予想していた筈だ。
対応
その上での結果であるならば、それは明らかに見捨てた、という事だ。何故捨て石にしたのか。それはその方が得だからだ。援軍も送っていないし、思えば小原討伐のために高橋殿を豊後へ引き上げさせたことも、程の良い処置だったのかもしれぬ。全ては安芸勢と密かに談合していたのかもしれない。
成果
なんのためにだろう。決まっている。九州に広がる大内領を我が物にするためである。領土が広がれば、多くの家臣を養うことができるし、実入りも増えるのだから。
結論
大友家は、筑前、豊前、肥前の大内領を横領するために、当主の弟を犠牲にした。
思いが結論に達した時、衝動的に腕を組んで身をよじる森下備中。
酷い。余りにも酷すぎる。思えば義鎮公はまず父を殺してその地位を奪った。その時に腹違いの弟や義理の母も殺している。その後、叔父である菊池の殿を攻め、後日殺した。次いで弟を見捨てたのだ。正視に耐えない程の極悪非道。どこか頭がおかしいのだろうか。道徳が欠落しているのだろうか。
そのような家に仕えていることは、恥ではないだろうか。それとも、勝者が全てを得る現世にあって、問題とするに値しない事なのか。
あ、と思考を止めた備中。菊池の殿を殺したのは主人鑑連であった。そして、義鎮公に先代へ刃を向けさせたのも、やはり主人鑑連ではなかったか。
背筋が寒くなる森下備中である。嫌な想像が広がるのだ。
鑑連だけでなく、老中衆も義鎮公に非情な手段を勧めているのだとしたら、義鎮公は家臣からの極悪非道の犠牲者という事になる。
しかし……家督とはそういった諸々を含めての統率者とされているのだろう。野心や個性強き家臣団に振り回されるようであれば、それは家督の器ではないということか。鑑連を筆頭に強烈すぎる個性ではあるが。
「あっ!」
大声が出た。自分でも驚くほど。備中は急いで戸次邸へ向けて走りに走った。そして無礼そのまま鑑連の元へ走り、主人が一人執務中なのを良い事に、鬼とはかくの如しの悪鬼へ向けて存念を解き放った。
それを珍しくも黙って聞いている主人鑑連への結びとして、
「同じ結論に達した者が現れれば、九州の旧大内領で謀反に及ぶ者が出てくるでしょう」
と締めた。
備中の話し振りが奇妙だったのか、途中から笑っていた鑑連が、さらに濃い嗤い顔をする。そしてニヤリ、パカと口を開けて曰く、
「成長したではないか。貴様が達したのと同じ結論に至った者が、早速現れている」
そう言って、一枚の書状を備中へ投げつけた鑑連。目で読む事を命じられた備中はそれを手にとり読み始める。
それは筑前に駐留する臼杵家からで曰く、
筑前古処山城城主、秋月文種謀反
と記されていた。そして大嗤いを始めた鑑連。
「待望の乱世がやってきたぞ!退嬰と停滞の時は完全に終わったのだ!クックックッ!」




