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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天正年間(1573〜)
308/505

第307衝 微笑の鑑連

……安芸勢が将軍家を擁してから季節一つ過ぎただけなのに、はやその兵どもは織田右大将に立ち向かった。安芸武士の忠節、尚武確かである。


 備中、これは書き過ぎか?と首を捻る。


……対する織田右大将も自ら多勢に斬り込み、名誉の負傷が喧伝される。僅か十年前は尾張の出世人でしか無かったのに、もはや誰も無視は許されない。


 織田の統領の活躍に、筆を舐める備中。


……それでも、国家大友は平和を満喫していた。大友六か国、肥前を除いて戦馬すら常歩で進む音しか聞こえない。


 日課の忘備録に気取った文を記すのは初めてではない備中。季節はすでに初夏であるが、そこに鑑連の出番は何処にもない。最後の戦いは、鑑連が悪手と断を下す佐嘉勢めである。


「六年も経ったのか」


 現在筑前が満喫する平和は、あの煮え切らない戦いの結果としてである。これで良いのだろうか。それともこれが世の定めなのか。それでいて、本国では貴人らが争い合う声が喧しい。世の激動から取り残された、何処となく憂鬱な夏であった。



 秋。噂が流れた。肥後国・高瀬の湊(現玉名市)に兵器が到着したと言う。戸次武士らが噂を囀り合う。


「兵器ってなんだろう」

「何か凄いものらしい。義鎮公が前々から南蛮人に依頼していたそうな」

「何処から来るの」

「そりゃ南蛮だろう」

「なんでまた高瀬に?」

「安芸勢に奪われないように、じゃない。あそこなら志賀安房守様が万事処理するし」

「直接豊後に船をつければいいのにねえ」

「知らないよ、そんなことは」


 戸次武士の中でも上級武者は噂の内容も違う。


「今、日向は乱れているから、掠奪の危険を避けたのでしょう」

「南蛮からのブツだから、南蛮人嫌いには襲われる。それに日向には吉利支丹も少ない」

「日向を平定した方が良いのでは?」

「そうだ。我ら国家大友には六ヵ国からの兵がいるのだからな」

「それで、誰が率いるの?」

「……さあ」

「ウチの殿じゃないのか」

「だって、なあ」

「ねえ」

「なんだよ」

「義鎮公に嫌われているっていうし」

「貴様ら何を話している」

「!」


 急に現れるは鑑連の常。驚愕した武士どもは全員潰れたカエルのように平伏して麻痺しているかのよう。見れば若い世代の武者が多く、彼らを助けるために、森下備中が間に入る。


「殿。申し上げまうわっ!」


 久々の鉄扇投げが披露され、亀の如く、首を引っ込める備中。恐ろしげに唸る鉄扇は、何者も何物も破壊せず、弧を描き、鑑連の手に帰った。ドキドキが止まらない備中。すっかり冷静さを失ってしまった。


「何か」

「し、し、し、志賀安房守様から書状が参りました!」

「どの安房守だ。ドラ息子の方か」

「ぎょ、御意。いえ!お父君の」

「貴様はっきり言わんか!」

「はっ、ははっ!」


 若衆が見ているためか、不自然に厳しい様子の鑑連、備中の手から書状をふんだくり、書状に目を落とす。目が凄まじい速さで上下左右している。人間離れした動きに、若き戸次武士たちは皆恐れ入ってしまっている。


「備中、来い」

「は、ははっ!」


 備中は、恐るべし鑑連について行く自身の孤高の背中に、若者らの視線が集中するのを感じた。彼らはその勇気を称えてくれているのだろうか、と少々誇らしいのであった。



「志賀が、貴様も知っている親父の方だが、ワシに助けを求めてきた」

「た、助け、ですか」


 あの豪快な人物が鑑連に助けを求めるとは相当な事態なんだろう。


「倅の安房守が、どうやら義統の妾に手を出したらしい」

「ああぁ」


 言葉に困り、変な声が出た備中。義統公も、十代の後半に入ろうとしているはず。身分高い貴人は若くして、正室、側室の他に妾まで持っているのか、と感心するしかないが、


「問題はここからだ。志賀安房は蟄居を命じられ、老中の地位も危うくなっている。例の高瀬に着いた兵器の運搬の任からも外された」

「な、なるほど。し、しかし、殿。殿に助けを、ということは義統公に翻意を促す、ということだと思いますが……」

「そうだ。しかし、女が絡んでいる。翻意するとは思えんな」

「ぎょ、御意」

「クックックッ」


 不意に嗤いはじめた鑑連。曰く、


「吉利支丹には、姦淫するな、という規則があるらしい。知ってるか」

「み、耳にしたことは……」

「妾を奪われたことで、義統が吉利支丹に大きく傾かんと言いがな」


 深い洞察だ、と感心した備中だが、肥後のことが気にかかる。


「し、志賀安房様ご蟄居となると、肥後の取りまとめのため、新たな方が送られるのでしょうか」

「良い候補者がいない。志賀親子はあれで二十年近く肥後に平和を演出している。虚仮であろうとな」

「は、はい」

「兵器の運搬は隈本勢が行うとあるが、この書状の主が、意地でも肥後の権益は死守するだろうよ」

「で、では老中の地位は諦めざるを得ないでしょうか」

「かもしれんな。まあ、志賀の親父には借りがないわけではない。義統だけに、書状を送ろう」

「よ、義統公のみですか」

「そうだ。義鎮には既に大勢泣きついているだろうし、ワシが口を挟めば逆効果になるだろうからな……しかし」


 鑑連は小さく笑った。それは義鎮公との困難な関係にではなく、志賀親子へ向けられた感情であったこと明白であった。


「蛙の子は蛙とは良く言ったものだ」



 その後、豊後からの知らせが伝えられる。曰く、志賀安房守の老中解任と、入れ替えで田北刑部が就任を告げる、極めて大きな沙汰で、備中は懐紙を取り出して、老中衆について書き込みを行うのであった。


 田原親賢 筆頭、外交、義統公後見担当

 佐伯惟教 本国豊後担当

 朽網鑑康 筑後、肥後担当

 吉弘鎮信 豊前担当

 吉岡鑑興 数合わせ担当

 田北鎮周 数合わせ担当

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