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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天正年間(1573〜)
307/505

第306衝 遠鼓の鑑連

 天正四年、初春。


「殿、綾部城城主、筑紫殿が御目通り願いたいとのこと」

「ふーん、ま、何しに来たかはワカる。広間へ通せ」


 広間には備中の他、小野甥も居た。筑紫殿は平伏して鑑連を出迎えた。鑑連へ向けられた顔は、毎正月に見る通り若いが、精悍な顔つきになってきてもいる。


「ご苦労。遠路どのようなご用件か」

「はっ。申し上げます。近年、佐嘉勢の動きが一際活発になってい」

「肥前の話か」

「はっ、ははっ」


 鑑連は露骨に横を向く。見るからに関心がなさそうだが、戦略について言えば、主人に限ってそんなはずがない。よって、これはそんな姿勢を示しているに過ぎない。とはいえ、筑紫の若武者は焦りに焦る。


「お、大村殿は吉利支丹でおられます。宗麟様も気にされているのでは、と思いまして」

「ならば、豊後臼杵へ行けば?」

「はっ?」

「その方が話が早い」

「……」

「話はそれだけかな?」

「……」

「では、ワシは失礼する」

「い、いえ!」


 若武者が顔を上げた。主人は相変わらず酷い対応をしても良いと判断した時はこの有様である。


「実は、高橋殿、斎藤殿にもお伝えしたのですが、その中で高橋殿から、ともかくまずは戸次様へお伝えするべきだ、と助言を頂いておりました」

「そうか。他に話は?」

「では、ワシは失礼する」

「あ、あのっ!」


 若武者は再度、顔を上げる。その顔は苦悶に満ちていたが、他の言葉は出てこない様子であった。


「なにかな?」

「い、いえ」


 見ていて痛々しい限りである。持つ言葉が無いはずはないのだが、それを飲み込んで、平伏する若武者であった。


「ほ、本日は誠にありがとうございました」



 立花山城の廊下を進む鑑連、小野甥、備中。


「殿」

「なんだ」

「筑紫殿をお呼び止め下さい」

「ヤツは肥前の男だ。ワシの管轄ではない」

「お戯れを。彼はまだ若く、激情に駆られやすいのです。このような侮辱、殿から何度与えられたことか。気の毒に」

「後見している斎藤が上手くやるだろうよ」

「殿……」


 鑑連に追いすがる小野甥が、足を止めて何かを考えていた。が、鑑連の横に回り込むと片膝つく。曰く、


「もしや筑紫殿の激発を誘っているのですか?」

「うん、なんだって?よく聞こえなかった」


 険悪な空気になる前に、備中も割り込んでみる。


「た、確かに肥前の筑紫殿が謀反を起こせば、堂々と、それこそ安芸勢を気にすることなく肥前に入れますね」


 と、言い切ると鑑連が睨んでいた。


「ち、筑紫殿に、城の庭でも見ていただきますか?」


 鑑連の目が、黙っていろ、という色になった。


「それでも、筑紫は斎藤、高橋と縁続きなのだ。そう簡単に裏切ることもできないだろうがな」

「今、お辛い立場の筑紫殿の精神が持つでしょうか」

「ワシの知ったことではないな」

「佐嘉勢は、六年前のあの日以来、着々と隠然たる力をつけています。手に負えなくなる前に、処置すべきです」

「ワシに佐嘉を襲えと」

「はい」


 直言する小野甥に鑑連は笑った。が、小野甥は続ける。


「殿にはそれだけの兵が与えられています。放置はその役目果たしたことになりません」

「ま、考えておこう」


 小野甥を追い払った鑑連、備中を呼んで曰く、


「小野は今年で何歳だったかな」

「三十のはずです」

「よくもまあ、すぐに出てくるものだ」

「はっ」


 小野甥との厚い友情について、胸を張る備中。だが、その話は続かなかった。鑑連曰く、


「安芸勢に救いを求めた将軍家の動きの続報を」

「は、ははっ。あちこちに御内書を濫発されているとのことで」

「あちこちとは何処か」

「は、博多の衆の話によると、安芸勢の各地の豪族を筆頭に、四国にも、この九州にも。内容はご存知の通り、織田右大将打倒を呼びかけるものとのこと」

「つまり、当然臼杵にも到着しているだろうな」

「まず間違いなく」

「豊前、筑前へは?」

「ありません」

「確かか」

「はい。将軍家は安芸勢に配慮をしているのだと……」


 鑑連は少々物寂しそうにして、取り出した鉄扇を弄び始める。


「ま、奈多のガキが当たり障りない調子で返せば問題はあるまいが、現在大友宗家には問題がある。ワカるな?」

「はっ……」

「義鎮が主導権を取り戻した場合、どう出るかな」

「つ、つまり織田右大将と将軍家と、どちらに秋波を送るか、ということですね」

「最悪なのは、どちらにも嫌われてしまう、ということだがな」

「ま、まさかそんな」

「下手を打つこともあるはずだ。義鎮めはこれまで自分自身で決定という決定を下してきたとき、必ずしくじっていたのだ。ある意味天才的だが、他人に依存しなければいれないヤツが、自らの手で奈多のガキを手放した場合、どんなズレた判断をするか、見ものだぞ」


 奈多のガキを手放す、という鑑連の言い方には険が漂うが、そんな未来を想像すれば、田原民部が哀れに見える。


「と、殿はご助言は為されないのですか?」

「何故ワシが助言を?」

「仰る通りであれば、と、殿がですよ。ならば、公は殿の意見を参考程度にはするのではないかと……」

「どうかな。義鎮が奈多のガキから権限を取り上げるとするなら、その理由づけは、倅に家督を譲ったから、となるだろ。奈多のガキに代わり、自分が第一の後見人になる腹づもりだろうが、義統からワシを近づけたくはないはずだ。噯気にも出すまい」

「そ、そうですか……」


 黙り込んでしまう備中。鑑連は追撃をしてくる。


「何故黙っている」

「い、いえ。小野様の言う通り、佐賀勢を攻めて勝利すれば、義統公も感動して、お父君の影響下から離れるのかな、と」

「そんな下らん理由で戦は起こせん」

「で、ですよね」

「すでに肥前は佐嘉勢の下、ある程度まとまりつつある。全て義鎮めの政略が不味いからだが、簡単に手を出しても良い相手でも無くなった。それが小野のガキにはワカっとらん」

「お、小野様はそれでも勝てる、とお考えなのでしょう」

「ヤツは国家大友の事しか考えていない。佐嘉勢相手に戸次家が消耗しても良いと、本気で思っていやがる。クックックッ、怪しからんヤツだ」


 鑑連は小野甥の精神をしかと理解しているようだった。ならば、自分が口をはさむ必要はあるまい。


 筑前・立花山城を巡る状況が小さく移ろい行く中、いつの間にか、本国豊後からは不安な知らせばかり届くようになった。鑑連は小野甥を呼びだして、意地悪く問う。


「豊後の諍いについて、何か案はあるか?」

「案、とは?」

「決まってる。連中を仲直りさせ、お手々繋がせる方策だ」

「殿がそのような事に関心をお持ちとは存じませんでした」

「クックックッ、下がれ」


 小野甥が去った後、鑑連は備中へ曰く、


「普段冷静な傑物に見えても、あれもまだ青いな。備中そうだろ」


 吃りを利用して場を逃れる備中だったが、鑑連の人の悪さには辟易するのであった。

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