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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天正年間(1573〜)
303/505

第302衝 震慴の鑑連

 新年を迎えた立花山城内は忙しい。例年通り、筑前衆の年始参りで戸次武士は程々に張りつめているし、今年は博多の衆から連歌始めに招かれた鑑連。日程に合わせて、事務の報告を行う近習に休む暇は無い。


「殿、本国豊後よりご報告です」

「うん」

「石宗殿が、伴天連を国家大友の領外へ追放するよう、運動を行っているようです」

「善良な僧としての一意見、ということか。ヤツがか?クックックッ」


 石宗の日頃の振る舞いから、嗤わずにはおれない様子の鑑連。


「かつて殿に見せつけた無礼千万極まる下卑たる振る舞い。他所ではやっていないのかも……」

「やってるさ。あの男なら」


 それでいて、保守派の旗手になれるのだ。その本性までは知らない人々が、支持をしているのだろう。


「ヤツは恥なんて知らないだろう。近々接触してくるかもな」

「ですが、殿は石宗殿に肩入れはなさら無い……」

「何故、そう言い切れる?」

「え!」


 ニヤリと不敵に顔を歪めた鑑連。それでも、主人は不毛な宗教紛争にその手をかけない、との確信があった。


「と、殿は彼らを軽蔑しているように、見受けられましたので……」

「ほう、彼ら、ね」

「……」

「クックックッ」


 主人の言葉尻追求を逃れることができた備中、次の報告を行う。


「し、鎮信様からの書状です。それによると、義鎮公の御台様が、親家公に吉利支丹宗を捨てるよう、懇願されているとのことです」

「親家?誰だそいつは?」

「せ、せ、セバスシォン様です」

「そうだ」

「そ、そして御台様は……なんと、鎮信様へも辛く当られたとのことです。何故なのでしょうか……」

「チッ」

「え!」


 舌打ちの鑑連。備中の知ら無い事情があるのだろうか、と混乱していると、鑑連の解説が飛んでくる。


「セバスシォンの妻は鎮信の娘だろうが」

「な、なるほど」


 つまり、義鎮公御台は、夫セバスシォンを正しい道に引き戻せ無い妻の無力を詰っているのだ。


「ん?ちょっと待て」

「はっ……」

「義統の事実上の傅役は」

「田原民部様でしょうか」

「では、セバスシォンの傅役は?」

「も、傅役ではないでしょうが、妻の父たる鎮信様は、大きな後援者なのではないかと……」

「最悪ではないか」

「え!」


 吐き捨てた鑑連にまたまたびっくりの備中だが、複雑な人間模様に頭がついていかない。


「ワカらんのか。鎮信の立場は最悪だろうが。いつの間に兄弟不仲の渦中に居る」


 言われてみれば、鎮信の立場は極めて複雑なものとなっている。年若い妹が義統に嫁ぎ、自分の娘はセバスシォンに嫁ぎ、さらに考えれば自身の母は義鎮公の姉なのだ。きっと、これら身分高い女性らは、鎮信と会えば宗家を取り巻く人間関係の不満をぶちまけるのだろう。想像するだけで末恐ろしい。


「……」


 誰に肩入れしても恨みを買うだろう。それならば、動かない、という選択もあるのかもしれないが、これでは鑑連としては不満だろう。主人にとって、鎮信は本国豊後における、時に自身の代弁をする有意な武士のはずなのだから。


「鎮信は鎮信として、もう一人くらい良い手駒が欲しいものだ」


 これは、鎮信切り捨て宣言なのだろうか。動揺狼狽しながらも、備中は頭で人選を巡らせてみる。すぐに頭に浮かんだのは橋爪殿であった。脳裏においても、人が良い殿であったが、


「あれはダメだ。人が良いだけではものの役に立たん」


と鑑連は備中の心を見透かしており、下郎は驚愕の余りに思考が止まってしまった。


「まあいい。他の報告を」

「は、はい。ええと、あ」


 一つ重要な報告があった。


「田原民部様に近い線からの情報です。どうも、将軍家が西国に向かっているらしいということです」

「ついにか」


 鑑連の目玉が大きく開いていく。


「前関白と言い、将軍家と言い、西国鎮西は熱気を帯びてきたな。で、行く先は?」

「不明ですが、この報告者は安芸を目指しているのでは、と示唆しています。根拠は書いてありませんが……」

「豊後ではないのか」

「は、はい」

「やはり、鎮西は遠いか」


 腕を組んで、珍しく嘆息した鑑連。備中には少し気落ちしているようにも見えたが、すぐに何時もの悪鬼的顔へ戻した。


「命を保ったまま、たどり着ければ良いがな。いや、安芸に着いた後も、無事で入れる保障などないのだ」


 古今より貴人が亡命先で殺されるなど、珍しい悲劇でも無く、確かにその通りかもしれない、と備中も納得した。納得していると、ふと、鑑連が怖い顔で睨んでいる。しまった、何かやらかしたか。


「備中貴様」

「は、ははっ!」

「石宗の件、義鎮御台の件に比べてこの将軍家の件はいの一番に報告するべき内容だろうが」

「も、申し訳ありません!」

「平和が続いているからといって、弛んでるな」

「め、め、滅相も」

「次、適宜というものを誤ったら、畿内の戦場にでも送り込んでやろうか」


 この鑑連節は、どこか懐かしくもあった森下備中。平身低頭平謝りをしながらも、鑑連独特の緊張感に心地よさを感じるのであった。


「それにしても、奈多のガキは将軍家の動きをいち早く掴んでいるのか」

「はい」


 さすがは老中筆頭、と言ったところだが、


「知っている事は多くとも、自身動きがなければ意味がない。小野も宣っていたがな」


 鑑連の言葉に触発され、これが今は亡き吉岡長増だったらどのように策を巡らせるのだろう、と考えてみる備中。吉岡は出雲勢や備中備前の衆との連絡も行っていたようだから、将軍家御一行を織田弾正へ引き渡し、国家大友の利益を引き出すようなことをしたかもしれない。平和を犠牲にして。


 対して田原民部には、一種の危うさは無い。平和の現出も既に七年目に入るのだろうか。その間、国家大友の繁栄は続く。個性の違いだろうが、田原民部も主人が言うほどには悪く無いと備中は感じていた。無論、この平和のために、鑑連は虎視とすることを強いられるのだが。


「前関白が来て、将軍が来て、何もしないのであれば、ワシはあのガキを見捨てる。備中、覚えておけよ」

「……はっ」


 つまりは鑑連の田原民部の友誼など、夢まぼろしでしかない、と備中は痛感するのであった。

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