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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天正年間(1573〜)
302/505

第301衝 籌策の鑑連

「殿、鎮信様からの書状です」

「読んでみてろ」

「ええと……前関白様のことの……よう……で……す」

「筑前に戻ってきていないし、豊後に入った知らせもない。まだ薩摩にいるはずだな」

「はい。鎮信様によりますと、前関白様は、内城から肥後人吉に入り、薩摩勢との和睦の調停を行った、とのこと」

「活発ではないか」


 鑑連へ頷く同意の備中。


「先年、佐土原勢が大敗して以来、薩摩勢は絶好調だ。するとこの和睦、望んだのは人吉勢だな。年貢の未納分を諦めてまで、名誉を求めたとすれば、これはまた厄介なお公家様だ」


 年貢の未納分に拘る鑑連だが、お公家とはきっとそういうものなのだろう。


「つまり、目前の収入を手放しても、見返りがあるのだろうな。では見返りはどこから齎されるか。織田弾正しかあるまい」

「な、なるほど」

「これは織田弾正の使い走りということで確定だな、小野。貴様の意見は?」

「私も同意見ですが、所領で名誉と銭を補充した前関白様は、その後必ず豊後臼杵を訪れるでしょう。義鎮公がどのように応対するか、思いがけず、国家大友命運を左右するかもしれません」

「織田弾正と将軍家との争いは続いている」

「故に、将軍家が安芸勢を頼った後、織田弾正は国家大友の力を必要とするはずです」


 頷く一同。


「問題は、織田弾正からの援軍要請に対して、義鎮公がなんと回答するか……」


 流れで適当に頷いた備中を鑑連睨んで曰く、


「ほう、備中殿には思い当たりがあるようだ。言ってみろ」

「は、はい」


 相づちは適当でも、幸いに考えを持ち合わせていた備中、


「安芸勢との和睦を維持し、織田弾正へは言い訳を述べて凌ぐ、という結果になるのかな、と」


 鑑連と小野甥の目が大きくなった。興味を感じているようだ。


「備中殿、何故、そうお考えに?」

「え、永禄の戦乱が過ぎ、もう何年も平和が続いています。大戦を、義鎮公はお望みでないはず」

「答えになっていない」

「い、いやその」


 何となくの意見だが、何となく確信に近い考えに基づいていた備中、大至急脳内整理を開始するも、


「だから何故義鎮がそう考えていると思うのか?」

「そ、それはその……」


 鑑連が身を乗り出して備中を凝視している。さては主人鑑連、どんな言葉が出てくるのか、勘付いているのではないか。が、眼力に突き動かされた備中、口を動かして曰く、


「こ、こ、こ、こ」

「こ?」

「こ、国家大友の軍事力を、お信じで無いためかと……」


 そう発言した後、虚しい風が通り抜けた気がした備中。


「し、しかし信頼に足る軍が無いということは、大変な問題なのだと思います。将来の不安でもある。よ、よってですね、義鎮公は信頼にたる軍の創設を目指されるのではないか、と」

「なんだそれは」

「た、例えばですが、吉利支丹のみで編成した軍など……」

「クックックッ!」


 嘲笑の鑑連に云々頷く小野甥。


「なるほど。例えばも何も、それ以外の何物でもない気がします」

「たわけ!そんなもの、物の数ではない!戦とは技術なのだ!」


 それでも小野甥は、備中の意見を肯定して続ける。


「義鎮公は京の大徳寺を通じて織田弾正と社交されているとのこと。ならば、畿内を騒がす一向一揆の力も当然ご存じでしょう」

「一向一揆……」

「あれか。狂信者たちか」

「義鎮公は、良くも悪くも多面的な視点をお持ちの方。吉利支丹を味方につけて、一向一揆の如き軍勢を備えることができれば、領国の安寧を得ることができる、とお考えなのかもしれません」

「正気の沙汰ではないな」

「殿、西肥前の大村殿についてご存知でしょう」

「あのぶっとび野郎か。もちろんだ」

「ぶ、ぶっとび?」

「領民全て、吉利支丹へ宗旨替えを強行した」

「え!は、反発もあったのでしょう……」

「なんとか乗り切ったらしいがね」

「その決断によって所領を維持しており、弱小勢力ながら上手くやっていると言って良い。義鎮公は、この大村殿とも懇意です」

「で、では臼杵の住民全員を吉利支丹へ変えるお考え、ということですか!」


 驚愕の備中を鑑連は嗤う。


「義鎮の命で宗旨替えをする羽目になったら、貴様ならどうする?」

「……」

「勘弁してくれ、と泣いて慰留を求めるか、他国へ逃げるか、それとも武器を取るか?」

「え、選べません……」

「選べないだと?言っておくが、吉利支丹宗門は、他の宗派とはまるで異なるぞ。天台宗と日蓮宗との違いなど、比べるべくもない。言葉も文字も何もかもだ」

「だ、だからこそ、人を集める力があるのでしょうか」

「まあ、そういうことだな。軽佻浮薄の体現者たる義鎮には良く似合っているがね」


 義鎮公を悪し様に言う鑑連だが、公は主人自身が盛り立ててきた貴人であり、絶大な権力を持っている。やろうと思えば、踏み切ることもあるのではないか。備中のそんな不安を、小野甥が払って除ける。


「国家大友の領国全てに宗旨替えを迫るか、ですが、そこまでは難しいでしょう。そもそも、義鎮公ご自身が招聘した禅宗が、しっかりと根を下ろしていますから」

「そうだったな。まして、一向一揆勢と全面衝突真っただ中の織田弾正が、新たな武装宗教勢力を是とすることもあるまい」


 大きく脱線した話が、元に戻った。


「では、織田弾正と謀って安芸勢を挟み撃ち、とは簡単にはいかんな」

「鎮信様へのご返信は、如何いたしますか」

「義鎮にその気が無くても、前関白を臼杵へ呼んでもてなす位はするはずだ。小野」

「はい」

「返書はすぐに作成する。貴様は鎮信へ直接手渡し、織田弾正と結ぶ事の意味をしかと伝えてこい」

「承知いたしました」

「鎮信が望むなら、ワシの名代としてしばらく豊後への出張も許す」


 どうやら、また小野甥の豊後出張が続くようだ。それにしても、なかなか過密な日程だ。難なくこなせる小野甥には、内田や備中から失われつつある若き体力が変わらず備わっているに違いない。


「なんならワシが前関白の馳走役を務めても良いとも言っておけ、クックックッ!」


 前関白をもてなし、畿内と鎮西を結ぶ壮大な戦略について雄弁する己が姿を想像しているのだろうか、その鑑連の笑声にはキレがあった。


 だが、備中の心配事は別にある。戦争から遠ざかる国家大友の内部で、何か取り返しのつかないことが進行中なのではないか、という類のものだ。主人は国家大友の変化をどのように捉えているのか、今一つ釈然としないが、備中や小野甥を使って本国豊後との連絡を密にする行為は、きっと良いことに違いない。鑑連にとって道徳を維持する一つの紐である吉弘鎮信の存在を、何よりも有難く感じるのであった。



 そして、また年が明ける。平和の中、天文四年の正月を迎えた。

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