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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天正年間(1573〜)
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第299衝 遠謀の鑑連

 中夏、鑑連の執務中、小野甥が珍しい情報を届けに来た。


「申し上げます。先日より、前関白ご一行が薩摩に向け、筑前を通行中とのことです」

「ほう」


 興味深く感じたようで、手の書状を置く鑑連。


「島津の公子の次は、前関白か」

「珍しい客ですな」

「前関白がわざわざド辺境まで何の用事ですかな」


 相変わらず、言葉使いまで鑑連に感化されている内田であるが、思い直したように付け加える。


「そのド辺境民どもが招いたのだとしたら、先の島津の公子といい、何やら活発な気配を感じます」

「羨ましいことですね……」


 備中思わず飛び出た本音に、小野甥は微笑み、内田は頷いていた。博識なる鑑連曰く、


「近衛家と言えば島津荘の荘園領主だ。年貢の未収金をせびりに行くのだろうが、それだけではないのだろうな」


 小野甥、内田、備中三名、視線を交わし合って頷き合う。備中はつられて、首を動かしただけであり、そんな下郎を嗤うように、説明を加える鑑連であった。


「このご時世、どこの公家がだ。好き好み危険を侵してまで本領へ赴くだろうか、ということだよ」


 要領を得ない様子の備中へ、内田も曰く、


「都を追放されたのかもしれんぞ」


 ようやく話に追いついた備中、笑って曰く、


「では、織田弾正に嫌われてしまった……とか」


 さもありなんと笑う二人の発言を機に、小野甥が政略話の口火を切る。


「博多からの情報によると、前関白は織田弾正と大変親しい関係にあるそうです。特別なかんけいとのことです」

「ほう。それほどか。ならば、織田弾正の依頼ないし命令によるものかもしれんな」


 貴族とか位高きものに首を垂れるのが大好きな内田、勇んで鑑連に向き直る。


「では、この立花山城へお招き致しますか?」

「クックックッ、いかにワシが筑前の国主の如き存在であっても、そうはいかんだろう」


 確かに、先方からのご下命無く、義鎮公を差し置いて、そのようなことは不穏当である。


「道中の安全について、便宜は計る所までだな。備中」

「はっ」

「宝満山城と柳川へ前関白来るの使者を送れ」

「承知いたしました」

「貴様が行く必要はないからな。それと内田は道中事故が無いよう手配しろ」

「ははっ!」


 島津の公子の時はその命を狙い、前関白の時は身の安全を手配する。このような事が意のままである鑑連は、確かにこの筑前の支配者であった。そして、小野甥は、鑑連へその地位に見合った役割の履行を求めるのである。


「殿」

「うん」

「前関白が御下向、目的があるとすれば先の話の通り、一つだと存じます」

「だろうな」


 つまり、将軍家対策、ということだろう。小野甥は続ける。


「となれば本国豊後へ、お伝えせねばなりませんが、まず吉弘様へお伝えしてみてはいかがでしょうか」

「ほう」


 かなり意地の悪い顔になった鑑連。


「奈多のガキでは無く、か」

「はい」

「何故?」

「今の田原民部様では、限界があるためです」

「クックックッ!」


 備中は驚いた。今の発言の通りであれば、先の面会の後、小野甥は田原民部の国家大友を率いる力を見限ったということになる。


「それで、鎮信ならば良いという理由は?」

「では、他に人がいますか、ということに尽きます」

「だが、あれも同じく固い気質だと思うがね」


 吉弘鎮信だけでなく、田原民部の性格も評した鑑連、良くも悪くも、ということだろうが、良い部分が入るのはなかなか珍しい。


 それにしても、小野甥は他の老中、佐伯紀伊守、朽網殿、志賀殿、吉岡倅をも除外している。この不遜、鑑連なら歓迎すると備中は確信する。案の定、


「いいだろう。で、また貴様が行くのか?」

「はい。そして、備中殿にもご同行頂きたいのですが」

「えっ!」


 急な要求にびっくりの備中。が、小野甥は涼しげに微笑むのみで、備中、思わず頬染めて俯いてしまい、そのまま悩乱する。確かに、そういえば二十代も終わりに近づいている小野甥は颯爽とした美男子侍であり、仮に自分との関係を誤解する者あれば、まるで年長の自分が端なくも要求しているようにも見えはしないか。身分低い備中が、元宗家近習に強いていると。


「ダメだ」


 鑑連の低い声で正気に戻った備中。共の出張が続いたせいで、ドキドキしながら考え悩む備中の不埒な考えは、幸いにも誰にも感づかれずに済んでいたようだった。戸次家は、この点では健全であり、備中は己の汚濁を恥じ恥じ入るのであった。


「鎮信相手なら貴様一人で十分だろ」

「承知いたしました」


 小野甥との旅も悪く無いが、本音では真夏の出張をかったるく感じていた備中、小野甥を見送る。


「お気をつけて」

「道中一人は味気ないですが仕方ありません」



 小野甥を送り出した備中、また鑑連に呼ばれ、執務室ではなく庭へ出る。


「殿」

「先に貴様も同席した田原民部との会談の話について、報告しろ」

「は、はっ。ですが、お、小野様からのご報告は……」

「ヤツめ、何かワシに報告をしていないような気がするのだ」


 相変わらず、勘の感度たるや凄まじい。が、小野甥が何を報告しなかったか、心当たりのある備中、


「恐らく、報告する程で無いとのご判断なのだと思いますが……」


 田原民部の養子への誾千代輿入れの可能性が話されたことを述べる備中。


「小野がそれを口の端に乗せた理由は?」


 ひとえに国家大友のためだろうが、備中それは隠しておく。


「ぶ、豊前における殿の足場を築くためではないでしょうか」

「何のためだ」

「そ、それは」


 殿に戦争を贈るためとも言えず、備中、同じ意味の言葉を述べてみる。


「小野様の見立てでは、今豊前の安定が損なわれつつあるため、と、殿の活躍の場がそこにあるのだとお考えだから、のはず、です、はい」


 鑑連らしくなく、すぐの反応はなかった。長考しているのだが、それはかつてなく長い刻を要して、その間、備中はただ待ち続けるしかない。唐突に、鑑連が口を開いた。


「豊前を手に入れるため、奈多のガキと結ぶか」

「……」

「そうだな、悪くはない」


 身分の貴賤にこだわりのある鑑連が、田原民部の縁を結ぶはずなど無いと思っていたため、備中これには大変驚いた。が、誾千代の出自を思えば、日頃娘を可愛がっている実、心に痛痒を感じる事も無いのかもしれない。父が格下に見なす田原民部の家に嫁いでいくことを思えば、誾千代も哀れである。


「ワシは少なくとも百歳まで生きるつもりだ。後四十年近くある。筑前を我が物とできたように、豊前も手中に収めることもできるだろう。そして、誰もがワシの前に平伏す。そんな日も遠くはあるまい。クックックッ!」


 陽気な鑑連のような気分になれない備中、


「ところで、小野のヤツは何故ワシにその件を報告しなかったのだろうな」

「そ、それは田原民部様にその気が少なかったからだと……」

「見込みなしか、そうとも思えんがな」

「田原民部様の側が、殿から好まれていないとお考えのようなので……」

「それは事実だ。安須見山の件もある。だが、だからと言って縁組を結ばないという事は無いだろうが」

「は、はっ」

「奈多のクソガキめ、好き嫌いで老中筆頭をやってるのか?度し難いクズだな」


 備中は、主人の悪口を聞き流しつつ、この場に居ない小野甥の才能を改めて貴重なものと感じていた。田原民部と縁を結ぶなど、戸次生粋の武士には考えられない案である。それを考え、相手から言葉を引き出し、主人へも他人の口を用いて伝えることに成功しているのだから。小野甥への尊敬の念が一段と増した備中、その帰還を心から待つのであった。



 小野甥の帰還は速かった。


「前関白の動向への注視について、吉弘様はすぐに義鎮公へ直接お伝えするとのことです」

「ご苦労。ま、義鎮が何もしないという可能性もあるがね」

「それよりも、現在の府内は一つの話題で持ちきりでした」

「話題……さほどの事は無いように思えますが」

「義統公の弟君親家様から始まった家庭内不和がそれです」

「か、家庭内不和ですと」


 思わず問い返した備中、計らずも鑑連を見る。すると、主人のその表情から、非情をも辞さない戦略家の気配を感じ、そう遠くない所に動乱の兆しを見た気がした。すなわちそれは、鑑連が待ち望んだ状況であるはずであった。

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