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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
弘治年間(〜1558)
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第29衝 引越の鑑連

「さあ者共、引越しだ!気合い入れろ!」

「はっ!……ああ、また引越か」


 返事をしながらもうんざりして黙って溢す者多数。



 焼け野原が広がった府内(現大分市)を抜けて臼杵(現臼杵市)に義鎮公が越す事が決まると、大友家重臣達もそれに続く事になる。


「何故引越を?」

「近所が、三回も燃やされれば誰だってイヤになるよ」

「府内の景気が悪くなるなあ」


 これが世間の感想であった。耳にした森下備中、皮肉に独り言ちる。


「燻りを煽った者を、私は知っているぞ」



 戸次邸。


「迅速正確にやれ!」

「費用は最小にしろ!大工以外の外注、これを許さず!」

「無駄に人足に頼るな、自分の足腰で持っていくんだ!」


 家臣をこき使う鑑連の辛い命令に、やはりこんな時こそ事務方が強いのだとばかり、森下備中も腕を振るう。だが案の定、内田がちっとも手伝ってくれない。


「ねえ左衛門、引越の段取を、また、わたしばかり、やらねば、ならない、のか」


 これに内田は備中の目を見ずして平然と言い放つ。


「日頃の勤務態度がよくないよ、お前」


 好漢度が低いのだろうか。嫌味に去っていく内田。が、戻りて憎々しげに備中に曰く、


「私は近習筆頭だ。私の命令は殿のそれと思え」


 心の中で舌を速連打しつつ、


「はい、内田殿……チッ」

「いま何か聞こえたぞ」

「気のせいで……」

「そうか」


 自身の心も鍛え上がってきた、と我褒めの森下備中。


「臼杵に行って、良い事もあるかもしれないな」


 そこに毎度の雷が飛ぶ。


「備中!支度は出来たか!」

「はっ、あらかた」

「あらかただと!迅速正確にやれと言っただろうが!」

「い、いえ!バッチリです!」

「ならよいんだ。では皆を集めろ」

「御意!」


 ビリビリしながらも、手足は自然と動くから不思議だ。指示通り、広間に全員を集めると、そこで鑑連は引越しに際しての必要な心構えを述べる。


「此度の内乱で、義鎮公のお気持ちは深く深く傷ついている。当然だ。裏切り者達は、ご先代に重用され、次代を頼むとご遺言されていたのに暴挙に出たのだからな」


 遺言の下りが真っ赤な嘘であることを知るのは、この広間には自分しかいない……のだろうか。前の前の内乱ではそう考えた備中だが。並み居る幹部たちは本当に主人鑑連の謀略を知らないのか、信じられない気持ちの森下備中。


「者共臼杵にあっても正しい自覚を持って、心身ともに引き締めて、忠節を尽くすように。引越隊は内田が指揮する。遅くとも明日の夜には着くはずだ。では道中心してゆけ」


 内田が嬉しそうに寄ってくる。


「引越隊の責任者はまた私だ。絶対に遅れるなよ」


 要は足を引っ張るなという事だ。


「はーい……」


 森下備中の役目は、府内戸次邸の一部臼杵へ移設する木材を解体してからの出発というイマイチなもの。全て持っていくわけではなく、残留役の戸次弟に怒られる事もある。


「備中、この間取りまで片すのか」

「はっ、殿の御命にございますので」

「兄上には私が伝えておく。ここの解体は無しにせよ」

「承知いたしました。おーい、ここの解体は無しだ。元に戻せ」

「もう半分くらいやっちゃいましたが」

「とにかく戻せ。殿のご舎弟様の命令だ」

「構いませんが、解体と組み直しでは労力が違います。割増分は頂きますよ」

「うるさいぞ、この」


 余とて戸次武者の端くれぞ、と意気込み生意気な大工をはたこうとするもスルッと交わされ、逆に足を引っ掛けられる始末。転んで土に塗れる森下備中を笑う者多数。


「体を鍛えた方がいいのだろうか……それとも、出奔……しようかな」



 大友家の頭脳が府内から臼杵へ本拠を変えるとはいえ、豊後最大の経済力を持つ府内に都合残留する者たちも居る。その同僚への挨拶回りを終えた主人鑑連がやってきた。


「臼杵へ向かう準備は出来たか……なんだ木材の数が見積もりより少ないではないか、備中」

「はっ……それはかくかくでして」


 事情を聞き、小さな雷を落とす鑑連。


「貴様が悪い」

「ええっ?は、ははっ」


 とりあえず平伏しておく備中。怖い解説が、降りてくる。


「備中、貴様にはワシが直接命じたのだぞ。それをワシの弟に言われたからとて許可も得ずに作業を変えおって」

「はっ」

「貴様は残って解体を指揮しろ。木材とは別に後からもってこい」

「はっ……木材隊の指揮は」

「ワシがやる」

「……はっ」


 組み直した木材の解体を泣き顔で指揮する森下備中。鬼気迫る表情でそれを命じる備中に文句をつける職人は今度は居なかった。みなすまなそうな顔だ。


 戸次弟はそんな備中と目があった時、フイ、と視線を外した。誰もが鑑連が怖いので、無かった事にしたいのである。そんな心情もワカってしまう卑賎根性、哀れなる下郎は静かに自己批判する。


「独裁者と佞臣の家……ふ、私も佞臣の一人か」


 備中の明日はまだ昏い。

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