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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天正年間(1573〜)
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第289衝 兇手の鑑連

 本国豊後より鑑連宛に使者がやって来た。義鎮公直々に派遣された、大友の血筋に連なる高位者である。戦場での武勲は無いが、それがまた地位を高める類の人物で、鑑連と二人きりで話を行っていた。


 そのすぐ後、鑑連は幹部連を召集したから、緊急の話なのだろう。


「義鎮から指示が来た。備中」

「はっ」

「この有り難い書状を読み上げろ」

「よ、よろしいのですか?」

「早くしろ」

「はっ……」


 書状を放り投げた鑑連。だいぶ機嫌が悪いようで、急ぎ書状を拾い上げ、命の通りにする。


「えー」


 それは短い書状で、要件が簡潔に書き記されていた。曰く、


戸次鎮連の子・統連に立花氏の家督を譲ることに決したため、万事整えること


 沈黙する幹部連。義鎮公の意図は明らかで、


「平和が為った筑前から殿を追い払うつもりでしょうか……」

「さらに戸次一門を割るおつもりなのだろう。家督を兄弟の血統で割らせるとは、京の将軍家の如きお振舞いですな」

「大友家は九州探題なのだ。この地の将軍家と言っても過言ではあるまい」

「しかし、このような一方的な話、受け入れることはできません!我らこのような理不尽を賜るために長年戦って来たわけではありますまい!」


 と幹部連は紛糾する。鑑連は話が紛糾するに任せている。


「吉弘家は兄は老中、弟は城主、妹は御曹司の御台所となったというのに、余りに酷い待遇ではありませんか。安芸勢との戦いで、吉弘勢が我ら戸次勢より優れていたなど、誰が言えましょうや」


 憤慨する安東に、鑑連曰く、


「ま、ワシは立花の名乗りをしているわけではないからな。ワシと、従順に高橋を名乗っている鎮理とはそこが異なるのだろう」


 なんだ、ワカっているじゃない、と主人の安定にホッとする備中。だがすぐに疑問を持つ。このような仕打ちを受けて鑑連が激怒していないということは……


「お、恐れながら申し上げます」

「ん」

「もしや殿は、この事態を予測されていたのでは……」

「まあな。その内に来るだろう程度には考えていた」


 小さな歓声が上がる。


「で、では対策も!」

「クックックッ、決まっているだろうが。小野」

「はい」


 爽やか武士が前に出た。


「立花の倅から目は離していないな?」

「はい」

「よし。直ぐにここへ連れて来い」

「承知いたしました」

「到着までに、殺される恐れは?」

「特に度胸のある配下をつけております。必ず、立花山城へ連れて参ります」

「それが最重要だ。絶対に親貞のようにしてはならん」


 同僚に先行して全てを理解しているらしい小野甥が退出すると、鑑連が不通の一同へ解説を始める。


「この城に入って四年になるが、ワシは戸次者のままここにいる。立花名乗りは宙に浮いているのだが……この度、立花の倅から正式に譲り受けることにする。父親の死後、筑前に入れず放浪していた哀れな男だ。小野はこいつを迎えに行った」


 驚く幹部連を見て、ニヤリと不敵に嗤う鑑連。


「その地位と生命を保証し、筑前での居住を許可する。備中どうだこの温情は。これ以上の手当はあるまい」

「そ、それはそうですが」

「貴様、まだ足りんと言うか」

「い、いいえ!破格!まさしく破格です!しかしこの方、殿に大いなる怨み抱いているのでは……」

「その心配はない」

「で、ですが」

「立花が死んでもう七年になる。その間ずっと他国を放浪し、その所在をこちらに示し続けて来た男だ。一門のためイヌになる気があるからこその振舞だ。その素質もある。クックックッ」


 まだ見ぬ譲渡人の心を読んでみせる相続人鑑連へ、安東が備中の意見に加勢する。


「殿、備中の言うことも一理あるのでは。経緯はともかく、立花家は祖父、父と国家大友に命奪われる形になっています」

「計り知れない憎しみを抱いていると?」

「というよりも、ふとした拍子で激発する怖れも……」

「あり得なくもない。ならば、家督を譲らせた後、二度と会わない、としよう」

「殿、必要とあらばお命じ下さい」


 低い声でそう述べた内田、刀を意識するよう座りなおした。要は、暗殺を示唆しているのだ。


「譲渡させるまでは、命を守るのだ。忘れるなよ」



 翌日、執務中の鑑連に備中が付いていると、小野甥が戻ってきた。


「殿」

「ご苦労。で、立花の倅は」

「ご安心を。昼過ぎには無事到着いたします」


 小野甥の爽やか報告に、怒りを示し始める鑑連。


「馬鹿者。貴様が付いていないでどうする。殺されでもしたら、ワシが貴様を殺すぞ!」

「どうぞ。それよりも興味深い報告を得たので先行して戻りました」


 憤慨をあっさりと躱され悪鬼面を呈する鑑連へ、小野甥曰く、


「薩摩の島津家の人間が筑前に入ったとのことです」

「島津?」

「しかも、筑後内で騒動を起こしたようで、柳川の蒲池殿からのお使者を連れて参りました」


 備中は島津と聞き、南の田舎侍か、としか思わなかったが、主人鑑連はそれだけではなかったようで、立ち上がり、


「広間へ行く」

「はっ」


 広間にて、筑後柳川から送られて来たという武者曰く、


「お伊勢参りを称する薩摩の侍衆数十名が筑後を通過中です。このまま筑前に入る事明らかであるため、我が主蒲池近江守鑑盛、戸次様へ急ぎ知らせるため、私を送りました」


 鑑連は満足そうに頷いて、威厳ある声を発する。筑前を預かる立場を強く意識しているようだ。


「ご苦労である。蒲池殿には厚く礼を述べる。で、薩摩の侍衆に島津家の者が居るということだが」

「はい。現当主の弟、島津家久が衆を率いている模様」

「何故、それがワカった」

「その薩摩からのお蔭参衆はいくつかの集まりに分かれて移動していますが、矢部川を越えた先、西牟田殿の関所を通過する時に、騒動を起こしています。恐らく、お蔭参衆全員が侍です」

「つまり関所を破ったと?」

「はい!その時に島津家久の顔がわれたとのこと。年齢は三十路程です」

「良い度胸をしてるな。で、西牟田殿はなんと?」

「大事にはしないご様子ですが大変憤慨され、薩摩の侍衆を見つけ次第首を刎ねると息巻き、密かに追っ手を放っているとのこと」

「では、蒲池殿はその責任において西牟田殿を押し止めねばなるまい」

「はい。我が主は宗麟様のお手を煩わせることのないよう、すでに手筈を済ませております。筑後において、騒動になる事はありません」

「結構」


  柳川武士が去ると、鑑連は安東を呼んだ。そして事態を説明し、


「我が筑前に入った薩摩勢を追跡し、斬れ」

「はっ!」


 老いてもまだ旺盛さを維持する安東、笑顔で腕が鳴る、という仕草をする。


「伊勢参りというから、薩摩勢の目的地は門司だ。途中、必ず秋月領を通り、豊前に抜けるだろう」

「では、彦山領内に入るまでが勝負ですな」

「参拝者を斬るのは臼杵家の無礼をなぞるようでぞっとしないが、相手はすでに筑後で騒動を起こしている。このような汚れた連中の通行を許可することこそ、天照大神の御心に背くことだ。行け」

「御意!」


 今、安東は十時隊を含めて最も精鋭なる戸次武士を擁している。その彼らに討伐を託すのだ。鑑連が是が非でも島津の公子の首を討ちとりたいというのは本心なのだろう。安東が退出すると、内田がやってきた。これまた笑顔で腕が鳴る、という仕草をしているのであった。

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