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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
弘治年間(〜1558)
29/505

第28衝 僅及の鑑連

 肥後での戦いが終った。


 戸次邸広間に集まった幹部連へ、伝えられた戦果の発表を戸次叔父が行う。


「謀反人小原遠江は戦死、一万田勢の戦いぶり大いに功績あり。高橋勢も藟ヶ嶽城を焼き払うのに功績あり……」


 発表を聞きながら、誰もが主人鑑連の表情を気にしていた。さりとて、恐怖に彩られた家臣団に、羅刹の顔変化を直視する勇気など無い。だが一人、森下備中のみ違う。永く諂い侍ってきた経験が、鑑連の心を正確に捉える術を磨かせていたのだ。発表が終わった後、無言の広間にあって、備中は最初に発言を行った。これは大変勇気のある事である。


「小原遠江守様亡き後の肥後運営は、どのようになるのでしょうか」


 抑圧された不愉快が滲み出た口調の鑑連。


「志賀安房守が代わる」

「志賀様。またもご老中でございます。志賀様が守護代として着任するに際して、老中職を離れるのが慣例であれば、替わって殿がご老中となる絶好の好機ですね!」


 このゴマスリに広間はさんざめく。あからさまなゴマスリが鑑連の好む所では無いことは周知されていたからで、案の定、


「備中!下郎の分際で軽々しく大事に口を挟むつもりか!」


と鋭い雷が落ちた。しかし、広間に居ならぶ幾人か、勘の良い幹部たちは鑑連がこの阿諛を心中密かに歓迎している事に気がついた。すると、落雷後も幹部衆のおべんちゃらが続く。


「殿!」

「殿っ」

「殿しかおりません!」


 頬に紅い日の丸を拵えた鑑連。ついに、


「そういう要請があれば無論、責任から逃れたりはしない」


と発言するに至った。過去の事実や今後の未来がどうであれ、森下備中はおべんちゃらを用いて鑑連の深く傷ついた機嫌を修復させたのである。


 この頃の大友家老中衆の顔ぶれは、


 田北鑑生

 吉岡長増

 臼杵鑑続

 雄木治景

 志賀親守

×小原鑑元


 戦い破れ自害した小原遠江にゆっくり×印を付けた備中。色々考えるが、思考が湧かない。この様な権力闘争話が大好物な内田と話をする。


 最近活躍が少なく、備中の気力胆力を見せつけられている内田はあまりに乗り気では無い様子であった。そんな同僚を挑発して見る備中。


「近習筆頭殿、腰抜けたか。へっへっへ」

「なんだと!」


 ドカンと顔を紅潮させた内田は乗ってきてはくれたものの、好漢度が大きく下がってしまったかもしれない、と少々後悔の森下備中。


「殿が小原様の後任として老中衆に入れる可能性は?」

「なんとも言えないが、少ないだろう」

「どうして?」

「あんなおべんちゃらをぶっ飛ばして、怖くなったのだろう備中。後悔しているんだな」


 そういう訳でもないが、ここは無言で笑う備中。


「小原家は大友一門では無い。言ってみれば家格が低いのに老中職にあった。言わば大抜擢だ。そこに大友一門である殿が入ればどうなる?義鎮公としては面白くはないはずだ。もっと言えばメンツ丸潰れ……」

「成る程、義鎮公……メンツ……丸潰れ……」

「おい、妙な断片だけ覚えるのはよせ」

「へいへい」

「それに老中衆の定員も特に定められているワケでは無い。四名だったり五名だったり六名だったり。慣例によるのなら、六名を超える事はないんだろうが。お前の書いたそれ見せろ……こう書き加えてやる」


 田北鑑生 筆頭、豊前担当

 吉岡長増 豊後、肥後担当

 臼杵鑑続 大内家担当

 雄城治景 

 志賀親守 豊後南郡担当、肥後守護代へ。

×小原鑑元


「内田、これ正しいの?」

「んー、多分。お前の書いたこれ、偉い順になっているな。よく勉強しているじゃないか」

「見たままを書いただけだよ」


 褒められて、少し照れる備中。


「この中で小原様と雄城様だけが大友祖先の血を引いていない。田北様、吉岡様、臼杵様、志賀様、どこかで大友宗家から枝分かれしたり、養子を迎え入れて家督を繋いでいる。その意味では、小原様は信頼されていなかったのだろうなあ」

「誰から?」

「大友一門から」

「付け加えるものが何もない雄城様は?」

「高齢で温厚だし、前にでる方ではない。実質的には頭数合わせ。狙いがあるとすれば、卑しい血筋の者共を黙らせるための重石さ」


 酷く無礼な事を言う内田に驚く備中。それでも家中の意識などこんなものなのだろうなあ、としみじみとしてしまう。


「いずれ雄城様も退かれると言うのであれば、確かに活躍が目立つ殿が老中衆に迎え入れられる可能性は強いと思う……吉岡様次第だろうが」

「我々に出来ることは?」

「へえ備中、やる気あるのだね」

「まあ、殿との関わりが深くなり過ぎたし」

「む……」


 自分は特別だ、と言わんばかりの備中に腹をたてる内田に、しまった、と失言を悔やむ備中。実は、適当に話を合わせただけであったが、


「あとは知らん。自分で考えな」


と機嫌の悪くなった内田は、けんもほろろである。



 備中独り言ちる。


「このまま殿が出世出来るのであれば、無体な仕打ちにも耐えていける……いけるはず……いや、きっといけるだろう……そうだとも、いける!イケるイケる!」


 そこに雷鳴が聞こえた。


「備中!ここにいないのか!どこにいる!」


 主人の怒鳴り声が聞こえた。何かしくじったか、急いで参上しなければ、と急ぎ廊下を進む森下備中の頭の中には、もはや鑑連出世に伴う打算の事柄など、消え失せていた。

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