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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天正年間(1573〜)
289/505

第288衝 椿堂の鑑連

 天正三年となってから幾日後。毎年恒例の鑑連詣りの季節だ。


 今年は柑子岳城主として臼杵弟の弟が城にやって来た。戸次家とは不仲の臼杵家重鎮の訪問を、固唾を飲んで見守る戸次武士。原田勢に付けた落し前を背に、堂々たる登城である。そして、小田部、大津留、吉岡次男とともに、謁見側に並ぶ。臼杵に近い小田部や大津留は、どことなく嬉し気なそわそわを隠せない様子。一方の、吉弘次男はいつも通り、静かな湖面の如く落ち着いている。そんな彼らを見て我らが鑑連は如何なる心境にあるのか。


 備中は因果の妙なるに思いを馳せざるを得ない。両者はかつて博多の町を巡り、一触即発の危機えたこともある。兄の臼杵弟も、鑑連とは白刃奔る対峙をしている。臼杵家も鑑連ほどではなくとも短気の血統なのかもしれない


 それでもこの日、正装で身を整えた臼杵弟の弟は、鑑連に対して簡素な挨拶を示すのみ。鑑連も型通りの返事を返すに留めている。


 だが、この冷たい関係も時を置かずして、熱く、変わる。宗像大宮司、麻生勢頭領、秋月勢家臣などいつもの面子が見参していく最中、最上座の鑑連を差し置いての発言を臼杵弟の弟は連発するのだ。


「宗像殿、私たちは見ているのだ」

「麻生殿、私たちは良く見ているのだ」

「内田殿、私たちは良く良く見ているのだ」


 一事が万事この調子で、尽く威圧する始末。鑑連を意識した態度であることは明らかであったが、他の大友方諸城主は、こんな事をして良いのだろうか、と張り詰めた空気に無言を貫くのみである。


 厳しい年始の挨拶となった、と備中が内田や小野甥と目配せしていると、この年一番の大物がやってきた。原田殿である。


「謹んで、新年の祝詞を申し上げます」


 地味過ぎ返って目立つ袈裟をまとった入道姿の原田殿、重厚な声でそう述べた。備中は、西筑前の実力者の姿を初めて見て、隠された味のある雅味に感心する。こいつは大物だ、と。原田殿は続ける。


「また、旧年中は温かいご指導をありがとうございました」

「それは嫌味か、原田殿」


 臼杵弟の弟は何てことを言うのだろう。その面持ちで備中横に待機する内田を見る。内田も同じ表情で隣を見ている。その隣の小野甥も、その隣の薦野も同じ表情のようだ。が、彼らの視線の先にあったのは我らが主人鑑連その人であった。


「げ」


 臼杵の発言では無く、鑑連の発言だったことに、つい声が漏れてしまった備中。しかし、みな下郎の呻きなど気にしてはおれない様子。目の前で修羅場が展開されようとしている。臼杵弟の弟も、驚愕の表情で鑑連を見ている。何のつもりか、というように。これまた驚いて声も無い原田殿に、鑑連は続ける。


「こちらの臼杵に怨みごとがあるのだろう。述べられよ」

「……」

「原田殿」

「いえ」

「怨みなど無い。そういうことか」

「はい」

「愛しい嫡男殺されて、怨み持たないことなどあるだろうか」

「……」

「どうかね」

「無論、ございません」


 非常識にも正論を発する鑑連へ、冷えた声の原田殿。歳の頃は、鑑連より一回りは若い五十代の人物のように、その姿形から備中想像するが、振舞いからは鑑連と同年齢のようにも感じる。鑑連の独壇場が続く。


「そなたこの臼杵とは、まあ臼杵と言っても色々居るが、ここに座る臼杵とは因縁が深いはず」

「……」

「特にな。どうかね?」

「はい」


 肯定した原田殿に頷いて、鑑連続けて曰く、


「もう二十年前かな。高祖城をそなたがこの臼杵から奪ったことがあったが、あれは弘治年間のことだったか」

「……」

「原田殿」

「……はい、弘治元年の出来事です」


 過去の敗戦の話題を出され、思わず鑑連を見返す臼杵弟の弟。目が大きく開かれ、そんな話するな、との声無き不満の声が備中にもすぐにワカる。そして確信する、これは意趣返しであると。


「そなたの知謀武勇、抜群と」

「恐れ多いことです」

「鎮続殿、原田殿のお手並はどうだった?」

「……」


 話の矛先の急展開に、無言を貫く臼杵弟の弟。鑑連、ではと、


「小田部殿はどうかね。そなたの父上は原田殿と剣戟を交えているはず。原田殿のお手並は如何?」

「は、はっ……あ、あの……」


 黙ってしまう小田部殿。強い胆力を持つ人物ではないようだ。沈黙が続き、臼杵弟の弟も黙っている。


「答えられんかね。誰も答えられんか。クックックッ」


 鑑連の嗤い声が不気味な調子で広間に響き渡る。それでも鑑連は止まらない。


「原田殿。臼杵鎮氏を斬ったのはそなたか?それとも、親種殿かね?」


 問われた原田殿、さらに深く平伏して曰く、


「御容赦くださいませ」

「クックックッ、そうだな。何れにせよ、倅殿は命を失ったのだ。追及する意味もないのかもしれんな、御一同」


 鑑連の喚起に、広間の全員が背筋を伸ばした。


「原田親種殿は、父を守らんとして、自ら命を絶った。これは孔孟の教えにすら適うだろう美挙である。その事を忘れてはならん。原田殿」

「はい」

「親種殿の死、お悔やみ申し上げる」

「……はい」



 松の内の挨拶が終わり、諸将が去った後の立花山城。夕焼けを眺める鑑連に、小野甥が語りかける。


「殿。原田殿への御肩入れ、いささか過ぎているように感じました」

「貴様は、あれが臼杵への意趣返しだと思うか」

「いいえ」

「では、この話はこれで終わりだ」


 奥に去って行く鑑連。小野甥は備中を振り返り苦笑いして曰く、


「あれだけ恥をかかされたのです。臼杵家からの復讐、あると見るべきでしょう」

「で、では対策を。例えば、鎮信様や石宗殿にネマワシを依頼するなど……」

「相手がどう出るかはワカりません。できる限りの事は、試みてみましょう。しかし、いやはや」


 困った様子の小野甥だが、鑑連が感情に従っての振る舞いは、時に強運をもたらすこともある。主人との付き合いの長い備中は、さほど心配することもないのであった。

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