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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天正年間(1573〜)
285/505

第284衝 堪忍の鑑連

「殿、石宗殿からの書状が届いております」

「ワシ宛ではないだろうが」

「い、いえ。殿宛になっております」

「ちっ。内容は」

「ははっ、少々お待ち下さい」

「どうせ吉利支丹の悪口に決まっているだろうがな。貴様だってワカるだろう」

「しょ、少々お待ち下さい」

「義鎮がヤツに期待しなくなったのはいつからかな。二度目の佐嘉攻め辺りではなかろうか。あのクソ坊主が易を立てて、布陣を決めたという噂。証拠は無くとも、ヤツの人格や過去の行いなどから見れば、実に真実味がある」

「は、はい。お、お待ちください」

「言ってみればヤツの如き卑しきイヌも、義鎮を通してこそ武士の如く振舞えた訳だ。つまり、国家大友から大いなる恵み受けている者の一人だ。ならば、武士の如くイヌ死にすることも覚悟せねばな。で、ヤツはなんと?」


 急いで書状の要点を掴んだ備中、顔を上げて曰く、


「く、件の伴天連に対する義鎮公の信頼と好意が実に大きく、国家大友の社稷の危機であると、石宗殿は書いています」

「社稷の危機、ね。クソ坊主は根拠まで書いているか?」

「は、はい。土佐から避難されてきた一条様が熱心にその説教を聴いているとのこと」

「吉利支丹宗門に入ったと?」

「まだそこまでは。しかし時間の問題、と書いてあります」

「一条のガキは逃げてきたばかりだというのに、随分気が早いな」

「義鎮公の気を惹きたいが為のお振る舞いでしょうか」

「備中貴様」

「は、はい」


 失言だったか、と緊張が高まる備中。


「随分意地の悪い意見だが、多分その通りなのだろうよ。一条も土佐に戻れねば只の一人でしかない」

「お、恐れ入ります」


 安堵し、その息を我慢する備中。


「一条ほどの身分の者が吉利支丹に入門すれば、確かに世論は沸騰するな。南蛮坊主どもめ、なかなか巧妙だ」

「その後、一条様ご復権のための土佐攻めですね」

「いや。無いな」

「はっ……?」

「土佐に対しては、金を出して終わりだな」


 つまり、佐伯紀伊守だけでなく、鑑連にも出番がないだろうという事だが、


「よ、義鎮公に動けぬ理由があるのですね」

「ワシも最近知ったが、土佐謀反勢の頭目のは、織田弾正の正室と同じ一門出身なのだという。織田弾正とせっかく友好を深めたのに、それを損なうようなことは義鎮には出来んだろうな。ワシも、そういった事情ならば見送るのもありだと思う」

「土佐と尾張で、随分と距離があるように思えるのですが、女性も大変ですね」


 その時、どこかで童の元気な声が聞こえた。今年、数え五つになる誾千代だ。問註所御前と楽しげに話をしている。この姫もいずれ、鑑連の政略に従い、武門誉れ高き家に嫁いでいくのだろう。


 ふと、脳裏に入田の方の姿を思い出した備中。鑑連から離縁されてはや十余年。平穏な生活を手にしていればよいけれど。


 そんなことを考えていると、鑑連が睨んでいた。


「し、失礼しました。い、いずれにせよ、石宗殿御懸念の新たな伴天連殿の件、土佐の情勢と関連するかもしれず、用心されたし、とのことでしょう」

「よこせ」


 備中から書状をひったくった鑑連、信じられない程の目の動きで文章を確認していく。


「土佐の情勢との関連は貴様の意見だろうが。クソ坊主は書いていないぞ」

「あ、敢えて書いていないのでしょう。書くまでもない事は書かず、書く危険は犯さない」


 備中が知る石宗はそういう人物のはずだ。鑑連は嗤った。


「クックックッ!やはりあのクソ坊主の相手は貴様でなければ務まらんぞ!」


 鑑連の声を聞きながら、義鎮公の道とは異なる方角を進む石宗に接近しすぎる事の危険を、備中は感じないではいられないのであった。だが、両者の距離を縮めるのは中々に難しく、その策を示すのは誰にとっても、と小野甥や吉弘嫡男の顔を思い浮かべる森下備中であった。



 春、立花山城に使者が飛び込んできた。荒平山城主小田部からのその使者は、大いに慌てて曰く、


「申し上げます!先日、臼杵鎮続様が原田勢高祖城を訪問し、結果原田隆種嫡男が自害を致しました!」


 顔を見合わせ合う幹部連。脈絡の無さに、すぐの理解をしかねたが、


「容易でない事態が起こりましたな」


とは薦野の呟きで、鑑連は怒りを溜めぶるぶる痙攣している。まずい、と直感した備中、声を上げようとしたが、内田が先行した。


「ええと。臼杵鎮続殿が高祖城を訪ね、その結果、原田の嫡男が自害した、と。何が起こったんだろう……」


 間抜けた様子で、周囲をキョロキョロ見渡す。由布がそれを止めて曰く、


「……お使者。子細をもう少し教えてくれ」

「はっ!二年前に起こった臼杵隊の敗北の責任を、鎮続様が原田家へ求めたところ、憤慨した隆種嫡男が自害したとのこと!後に続き殉死した者もいるとのことですが、これ以上の事は現在我が主人が調査を続けています!」

「臼杵家による落し前清算ということか」


 そう述べた安東に、鑑連声で空を震がして曰く、


「このワシに何の断りも無くな……臼杵のクズめ!ワシを軽くみたか!」


 鑑連、懐から雷の速さで鉄扇を取り出した。久々の投擲が発生するか、とこの技を知らぬ薦野以外の皆が頭を下げる中、我らが森下備中はただ一人、座前に飛び出して曰く、


「殿!これは義鎮公の独断専行です!」


 解き放たれる直前の鉄扇がビタ!と止まる。が、


「貴様如きになぜそうとワカるのか!これが臼杵のやり口というものだ!おのれ!」


 もう一度振りかぶる鑑連。幹部連、今度は薦野も額を下げるが、備中、さらに食い下がる。


「もう臼杵様はこの筑前に力を持ちません!それは殿もご存知の通りで!」


 解き放たれる直前の鉄扇がビシ!と止まる。しかし、


「たわけ!高祖城でやりたい放題したのはあのクズの舎弟だろうが!」


 三度振りかぶる鑑連。今度は動作が余りにも大きい。幹部連、全員額を下げるに留まらず、カエルのように床に伏した。


「本件の動き田原民部様の影が見えません全く!」


 解き放たれる直前の鉄扇がギャン!と止まる。そして鑑連の動きも遂に止まった。


「そういえばそうだな」


 唐突に普通に戻った鑑連を前に、備中も落ち着きを取り戻して曰く、


「筑前は殿の管轄です。そこに触れるのですから、田原民部様ならば、何か事前の打診があるのではないでしょうか」

「吉岡様亡き今、田原民部様は名実共に義鎮公の最側近。その動きは全て公式なものとなり、田原民部様ならば、いたずらに自身の評判を落とすような行為はなさいますまい!」

「田原民部様ならば、原田勢を敢えて刺激するようなことは致しません!なぜなら!原田勢が撃発すれば、対応するのは殿以外にいないためです!殿の力がさらに大きくなることを、義鎮公はお望みでない!つまり!田原民部様も同じはずなのです!」


 つい熱弁してしまった備中へ鑑連曰く、


「貴様今、田原民部様ならばと何回口にしたかワカるか?」

「え、あの、い、いえ……」


 縮こまる備中へ鑑連は舌打ちを放つ。


「つまりこれは義鎮が田原民部の頭上で行ったことか」

「ぜ、前後の辻褄を合わせると、そうなるかと」

「小野」


 鑑連に呼ばれて、小野が前に出た。曰く、


「そういうことならば殿の取る上策としては、本件には関わらないこと、になります。つまり、これは原田勢と臼杵家の私闘である。義鎮公はそれに許可を出しましたが、殿には何も知らせなかった。つまり一切の関わりは無い、と」

「それが上策か?貴様がかくも凡人だったとは思わなんだ」


 嗤う鑑連へ小野甥、咲い返すように述べはじめる。


「あるいは直ちに高祖城へ兵を寄せるという最下策も、お好み次第ではよろしいかと」

「なんだと」

「なぜなら、原田勢はまだ蜂起していない今、兵を出すという事はこちらから仕掛けるということになるからです。なるほど、臼杵鎮続殿が何か仕掛けたのかもしれません。結果、原田殿の嫡男が腹を切った。追腹を切る者もでた。しかしまだ、国家大友に戦いを挑んできてはおりません。さらにもう一つ、今兵を出すということは、殿も臼杵家の私闘を支援することに繋がります」

「馬鹿な、誰がそんなことするか!」

「あるいは多方面から軽蔑を買うのみでしょうが、原田殿に慰めの使者でも送りますか?嫡男を失った男を慰めることで、西の安全は確保できるかもしれません」

「む」

「いずれにせよ、本件を糧に戦を起こしても、得る物は僅か、

失うばかりでしょう」


 小野甥の言葉に黙考した鑑連、内田を向いて曰く、


「小田部のガキに会い、高祖城の様子を探れ」

「はっ!」


 直ちに飛び出していった内田。腕組みをしてさらに黙考を続ける鑑連。そんな主人の様子を前に、首尾良く説得が進んだことを、小野甥と目線で喜びあう森下備中であった。

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