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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天正年間(1573〜)
283/505

第282衝 鑑定の鑑連

「ところでワシが知る限り、伴天連の頭はその尊大野郎で三人目だったと思うが」

「はい。前の頭は数年前、肥後天草で死去したとのこと」

「確か、評判の伴天連だったな」

「遠いこの国での死を感受するくらいですから」

「さらにその前任、つまり最初の伴天連は、当時の今よりもさらに遥かに青い義鎮を虜にしたものだった。多分、あのたどたどしい話し方でな」


 話し振りからして、鑑連が吉利支丹伴天連を軽視している事は誰もがワカるが、


「明に渡り命を失ったというその末路が義鎮にとっては強烈な感動だったらしくてな。類稀なる献身だと、よくヌカしてた」


 備中はおや、と気づく。これまで吉利支丹宗門に特別な関心を示してこなかった鑑連なのに. どうも事情には通じている様子。


「しかし、異国で死ぬことが献身とは……単なる親不孝な気がしますが」

「ヤツらは親兄弟を捨てて神に自分自身を捧げるというからな。まあ、道理は通る」

「な、なるほど」


 頷いた幾人かの幹部連だが、備中はふと心に重い不快を感じた。吉利支丹は神に自身を捧げるという。神の意を告げる伴天連に逆らう宗徒はおらず、そんな伴天連と結びつけば、謀反の不安は無くなる……国家大友と家臣の闘争を倦んだ義鎮公がそんな未来を夢想して、伴天連に懸想しているのだとすれば、義鎮公と主人鑑連の間が上手く行かないのは当然のことだ。関係改善も夢のまた夢ではないか。


「では、義鎮公は禅宗から離れるのでしょうか?」

「あの極端な性格ならあり得るな」

「臼杵に立派な寺まで建てたのに、もったいないですな」


 しかし、翻って、戸次家中はどうだろう?鑑連は、同じような献身を家来衆に求めているのだろうか。急に背筋が寒くなる森下備中。


「となれば、崇福寺復興も無くなるかもな」

「やるやると言ってから何年も経ります。関係者はみな怒るでしょうな。謀反の原因になるやも」

「なに、その時は我々の出番でしょう」


 義鎮公と同じように絶対服従を求めている節はある。かつて鑑連は、備中のこめかみに小筒を押し当てたこともある。その原因は、備中の忠誠心が今は亡き立花殿に向いているのでは、という疑念で、ある面でこれは真実であり、勘も鋭い。最近の鑑連と備中の関係は比較的安定かつ良好とはいえ、いつまたそうなるかワカらない隠然たる恐怖もある。


「そう言えば、南肥前の大村勢は、頭領が吉利支丹に肩入れしすぎて、内乱を起こしていたはずでしたね」

「肩入れは、南蛮渡来の品が金になるからとのこと。浅ましき限りですな」

「家中で、宗論はあったのか?」

「それすら無かったようで、吉利支丹になるに際して伴天連から、先祖の位牌や菩提寺を焼け、と要求があり、誰もが憤慨して立ち上がった、と情報にはあります」


 そう報告する内田は、仮に鑑連からそんな理不尽を突きつけられた時、耐えられるのだろうか。寡黙な由布や、勇敢な安東はどうか。備中思うに、彼らは鑑連のためであれば、多少の躊躇はあったとしても、従容として理不尽に挑むだろう。それは死に対してすらも。


「それで言いなりになった大村殿は、家臣領民を激怒させたと。頭に来て当然ですな」

「国家大友にも吉利支丹になった人はいますが、彼らもみな……その、同じ事を、しているのでしょうか」

「きっとな」

「罰当たりなことです」


 会話の流れを縫って、小野甥を見る備中。いきなり目が合い、微笑みを与えられた。彼は今日も爽やかだ。備中確信するに、この人物だけは純粋な意味で、鑑連のためのみに死ぬことはあるまい。どこかもう少し、高い舞台を見ている気がする。


「この筑前でそのような命が下れば一大事ですな」

「義鎮公もそこまではしないさ。博多の衆が敵に回れば、身入りが減る。それはお望みではあるまい」

「確かに」


 鑑連お気に入りの薦野についてはよくワカらない。この日は静かに座して、合議に耳を傾けているようではある。付き合いが長くなればワカってくるのだろうか。


「傲岸な伴天連か。これは新たなる石宗の登場だな」

「そういえば石宗殿の振る舞いも、そちらの気ですな」

「クックックッ!これまでの阿諛便佞を後悔するだろうよ!」


 鑑連の悪しき嗤いにより、内省より戻った備中。ゆめうつつを叱られる前に、おぼろげに聞いていた話に言葉を合わせて曰く、


「ま、また、殿に近づいてくるかもしれません」

「事と次第によってはワシの力、貸してやってもよい。出来るだけ高くだがな」


 鑑連は備中を睨んだ後、嗤った。石宗が近づいてくるとすれば、やはり森下備中以外にいない、というような嘲笑がそこにあった。



 それにしても、鑑連から命を差し出すことを求められた時、心を奮え立たせる熱狂がなければ自分はとても付いていく事はできない、と備中、続くこの平和の中で心の澱みを自覚するのであった。


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