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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天正年間(1573〜)
282/505

第281衝 天拝の鑑連

 吉岡長増の逝去に対して、鑑連は小野甥と内田を再度豊後へ送り出す。すでに第一線を退いていたとは言え、元実力者の死であるのだから。


「では行ってくる。納骨の式には間に合うかもな」

「左衛門も小野様も、行きつ戻りつで大変だね」

「なに、殿の近くに居るよりは楽ですよ」


 三人は顔を見合せて、苦笑する。


 二人が南へ立った後、備中はおもむろに鑑連へ近づいた。広間から庭を眺めている主人。故郷から遠いこの地で、同僚の冥福を祈っているのであろうか。妖怪ジジイと罵りながらも、吉岡長増の存在が無ければ鑑連が運命を切り拓くことは適わなかったかもしれず、国家大友の秘密を共有し、共に立った過去を悼む、男のその背は誇りに満ち溢れ、見る者の胸を打つ、感動的な姿であった。


 ふと、鑑連曰く、


「カササギが来ている」


 荘厳な口調だ。備中には見えないが、庭に居るのだろう。


「この日本において肥前で見ることはあっても、この辺りでは珍しい。奇瑞と言える」


 どこかで鳥が居ッ、と啼いた。間髪入れずに鑑連は反応する。


「知っているか備中。明において、カササギは慶事を知らせる吉鳥とされている」

「……いいえ」

「ジジイの死は、ワシにとってどうなのだろうな」


 鑑連は遠い目をしていない。故に、これは問いかけだ。備中はここまで得ていた感覚を言葉に直す。


「良くも悪くも、信頼できないという点では信頼できるお方が世を去られたのであれば、慶事では無いのでは……」

「その取って付けた言葉はなんだ」


 鑑連の気に召さなかったらしい。備中は言い直す。


「よ、吉岡様は、殿が筑前で力を持ちすぎる事に反対されてました」

「そんなこと言われた気がするな」

「二年前のことです。し、しかし、吉岡様は、ついには殿の立花山城担当をお認めになりました。ご嫡男の老中ご就任の支援との引き換えに」

「その約束が果たされる前に、ジジイは死んだ。らしくないな」

「そ、それは確かに」

「ならば、そんな約束など塵芥となり果てたも同然だな」

「……」


 だが、鑑連はそれをしないだろう。この種の行為について、鑑連には出来ない、と吉岡長増は宣った。主人がどう行動をするのか、備中は見守るしかないが、吉岡の見識は正しく見事な看破でさえあると考えていた。如何にその振る舞いが悪鬼羅刹の如しとは言え、鑑連は義理知らずではなかったし、利を取り忘恩の徒となる事など考えもしないはずであった。


 しばらくカササギの啼き声を聞いていた鑑連。ふと、立ち上がると自ら書状をしたためる。曰く、


「これを鎮信へ届けさせろ」

「し、鎮信様ですね。はっ!そ、それでは私も豊後へ」

「いや、貴様でなくて……」

「……殿?」

「そうだな、鎮理を経由して鎮信へ送れ」

「は、はい。承知いたしました。では、宝満山城へ参ります」


 鑑連にしては珍しい政治的な配慮かもしれない。だとすれば、この書状は、吉弘兄弟を経由して、田原民部の下へ届けられるに違いない、と予測する。では何をしたためているか。決まっている。吉岡長増の死に伴う、その嫡男の老中就任推薦だろう。やはり鑑連は吉岡長増とは異なり、恩盗人ではないのだ。そして、亡き吉岡の宣言通り、それこそが鑑連が持つ何かの限界なのかもしれない。備中の妄想は広がるのであった。



 秋が深まる前に、小野甥と内田は戻ってきた。


「納骨式には間に合いました」

「そうか。ご苦労だった」


 両名、鑑連に平伏して、報告をする。


「国家大友の老中筆頭を務められた方にしては、とても質素な葬儀だった、という評判です」

「クックックッ、泣ける配慮だな。派手にやれば憎まれる。力が無ければ憎しみを跳ね除けられん。よほど、倅の能力を信用できなかったのだろう」

「鑑興様からは、殿へどうぞよしなに、と御言葉を頂きました」

「ふ……」


 鑑連が口吹いた乾きの嗤いに、若干だが感情の湿りを感じた備中。老中の地位に推薦する行為について、吉岡嫡男は父親から伝え聞いているのだとすれば、鑑連が弱い父と子の情愛があったのだろう。それ以上、罵倒も賞賛も無く、吉岡長増の話は終わった。


 何かを我慢していた様子の内田が、いきなり口火を切る。


「それより聞いてください。なにやら凄い伴天連が義鎮公の前に現れたそうですよ」

「凄い?」

「け、見識が深い、ということ?」

「吉利支丹宗門の見識は知らんし、子細まではワカらないが、新たにやってきたその伴天連に、義鎮公は夢中だという」

「ほう」


 こういう話には必ず反応する鑑連である。表情に軽蔑が滲んでいる。


「伴天連ということなら、やはりはるか南の国から海を渡りやってきたのだろうな」

「き、聞けば南蛮から日本まで、船で二年もかかるとのことです」

「二年」

「凄まじいなあ。で、どんな南蛮人だった」

「いえ、私たちは見ることはできませんでしたが、志賀様が印象を教えてくれまして」

「親父の方か、倅の方か」

「御嫡子の方です。曰く、尊大で、嫌な野郎だった、とのこと」

「ほーう」


 鑑連が興味深そうに首を伸ばした。主人の首はこんなに伸びるのか、とちょっと驚愕の備中。内田も怯みつつ、口を動かす。


「し、しかし、義鎮公はその傲岸不遜を威風堂々、と評されて甚くお気に入りのご様子だとか」

「心の渇いた義鎮らしいな」


 そう述べた鑑連、互いに利用し合ってきた刹那的な関係に心を痛めたのか、少し遠い目になるのであった。

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