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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天正年間(1573〜)
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第279衝 南北の鑑連

 薩摩とは、菩薩の薩と書き、摩利支天の摩と書くはずである。文字からは、救いを求めて合わせた手を揺り動かす、と縁起の良さを感じるが、この国についてはよく知らない森下備中。内田が報告を続けている。


「薩摩勢については、臼杵でもそんな噂が頻りでした」

「海賊行為とは、誰がそれをやったかは問題ではない。誰がそれを認めたかを見極めねばならん。備中」

「は、はっ!」


 ぼにゃりとしていた備中に、鑑連の鋭い声が飛んだ。


「報告しろ。最近の薩摩勢の動きは?」

「ははっ!さ、昨年!ええと、元亀……三年ですが……確か、日向国内で佐土原……の?伊東勢と戦い、これを派手に粉砕したというものが……」

「それは知ってる。その後は?」

「ひゅ、日向国内の混乱著しく、伊東勢は反撃もままならず、それを好機と薩摩勢の侵食が進んでいる、とのことですが……子細は特に……」

「貴様、情報収集を怠っていないか」

「め、滅相も」

「日向は豊後の隣国。手抜きは許さんぞ」


 鑑連、備中の返事を聞かずして、内田を向いて曰く、


「ド辺境はクソ田舎の事案だが、荷の回収についてどうするつもりか、義鎮は何か言っていたか?」

「いいえ。薩摩勢が糸を引いている、というのも憶測のみなので。それに、薩摩と日向の話題が一緒に出ることはありませんでした」

「呑気な奴め」

「しかし、船の追跡は球磨勢に依頼するとのことでした」

「クックックッ、人間、物欲が勝った時でも正しい判断をとれるようだ」


 義鎮公のこの処置については、異存無しの鑑連、幹部連を睥睨する。


「皆、日向の動きについて、注視せよ」

「ははっ!」

「佐土原の伊東家は土佐一条家を通して、国家大友の縁戚でもある。この連中が敗北すること事態は問題では無いが、意外とワシらの出番はそこにあるのかもしれん。この船の一件、薩摩勢が積極的に関わっているとすれば、今後の戦場は南に移動するということもありえる。今、ワシが何の為にこの立花山城にいるか。よく考えろ。豊かな地で兵を養ったとして、使う場所が無ければ全くの無意味ということだ」

 

 いつに無く饒舌な鑑連は、戦場の気配を感じたのか高揚しているようである。無理もないだろう、国家大友はともかく、戸次隊は元亀元年の第二次佐嘉攻めを最後に戦場に出ていないのだから、と自身の昂りつつ得心する備中であった。


「そうだ」


 何かを思い出した鑑連、内田と小野甥に尋ねる。


「志摩郡の原田勢への懲罰については?」

「はっ!義鎮公やご老中からは特に何も」

「カスめ!」


 鑑連は吐き捨てたが、何を指してそう述べたのかは備中にはワカらなかった。そして、主人の視線が南へ向くことに小さくない不安を感じるのであった。そこじゃないでしょ、と。



 翌月、博多の商人から都の情報が伝えられる。近江における織田弾正の完勝。敵対者の中核を成していた越前近江を制したことで、織田壇上は国家大友や安芸勢を凌ぐ勢力と名声を得ることになるのだろう。


「事態は激変した。国家大友は都を向くべきではないのか」


 森下備中はこの新たな思いを、積もった存念とともに、待望の小野甥へ相談する。


「私も同感ですが、視点の異なる危機感もあるのですよ」

「視点ですか」

「近似と言ってもいい。つまり、臼杵において、殿の存在が薄らぎ始めているようなのです」

「え」


 備中は周囲に鑑連がいないか、見渡し確認する。


「ほ、本当ですか。いや、しかしですよ」


 小野甥に反論する。


「最近、義鎮公は殿の提案を受け入れてくれているではありませんか。織田弾正の件とか」

「はい。しかしそれは、田原民部様も同じ意見であったため、ということもあります」

「それは殿には……」

「もう少し固めてからですね」

「田原民部様……」


 その名を呟いた備中は、門司の戦場や問本城で見た姿を思い出す。そして、石宗に却下された、鑑連と田原民部の協力について夢想する。本当に実現不可能なのだろうか。


 改めてこの提案を小野甥に聞いてもらうと、


「石宗殿の言う通りかもしれません。義鎮公が殿を避けている以上、田原民部様が進んで殿に近づくことはないでしょう」


 義鎮公は鑑連を避けているのか。公の元近習から聞くと、説得力がある。主人の不徳とともに、あるいは織田家でもこういった人間関係の不和はあるのだろうか。それが無いのだとしたら、当主である織田弾正の前ではみな等しい権能しか持たないのかもしれない、と織田弾正を想像する備中であった。

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