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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
弘治年間(〜1558)
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第27衝 虎視の鑑連

「殿、これは陰謀です」

「陰謀だと」


 片膝を突く備中をギョロりと凝視する主人鑑連。備中は滝の如し眼圧で体が麻痺するかの錯覚を覚えてしまう。


「誰の陰謀か」

「よ、吉岡様でしょう」


 ざわつく広間。


「ありえぬ。吉岡長増には、しっかりと根回しをした。それは貴様にも伝えただろう。それに他の事でも協力をしてやっているのだ。本庄、中村、佐伯を討ち取った後、ワシを討伐の責任者に推薦すると言っておったのだぞ!」


 本庄、中村、佐伯……佐伯?


 佐伯紀伊守も?という顔を一瞬する幹部連、怒りに任せて危ない機密事項を口にする鑑連。耳にした一同が顔を見合わせ始める前に、備中先んじて絶叫連呼し、印象打消しにかかる。


「殿!謀られたのです!殿!今回!小原討伐を任された一万田様!高橋様!それぞれを!吉岡邸で!目撃した事があったではありませんか!」

「……」

「……ぜえ、ぜえ」


 繰り出された備中の饒舌。無言の鑑連、ややあって、絶句の鑑連となる。天井が抜けるような声が放たれると、戸次邸が激震した。強烈な縦揺れの中、鑑連の声が響く。


「はっ謀られた、ハメられたのかワシは!」


「ぎょっ、御意!」


 恐怖のあまり妙な言葉の使い方になってしまった備中。


「おのれあの妖怪ジジイ!ワシをハメやがった!く、くそーー!」


 地を割るが如き叫びが、戸次館を揺るがしていた。


「この屈辱は忘れんぞ……!必ず!必ずだ!」


 刹那、広間に一陣の風が突き抜けた気がした一同。僅かな静寂の後、主人鑑連は足音をビリビリ響かせて自室へ去っていった。大荒れとなった諮問の後、幹部連額を寄せ合う。


「近年稀に見る凄まじさであった」


と戸次叔父がこぼせば、


「まだ体が痺れて……良く動きません」


 これは戸次弟。


「……」


 一門の前では決してでしゃばらない、由布は無言。


「しかし、今回出陣無しはどうしようもなく。出世の手がかりを失ったのは痛恨とは言え、ご不機嫌もしばらくは止むを得ないのでしょうか」


 出世のために遠慮のない内田の発言だがここから談義が始まるのだから、内田も軽薄なばかりではないのだな、と妙に感心する森下備中である。そして、軽んじられる事の多い自分はこんな時意見を求められる事も無いはずだが、


「備中、所存を述べよ」


と全員から視線を当てられる。雷鬼を抑え、去らしめたその弁論術が彼らの心を打ったのかな、と照れながら備中は語る。


「討伐隊がしくじれば、お喜びになるのでは……はい」


 言っていて情けなくなる。敵失ではなく、同胞のしくじりを待つなんて。


「しかし、一万田勢にとっては御家再興がかかっている。是が非でも討伐を成功させるつもりだろう」

「つまり、しばらくは怒りも治まらぬまま、か」

「……」

「あのう、義鎮公の御座所を守るため、敵を打ち滅ぼすのに功績があった殿のお働きで十分なのではないでしょうか」


 内田のこの発言、幹部の野次が飛ぶ。


「貴様何年殿に仕えているのか、甘いぞ」

「功績の大小じゃない。自身が一番でなければ気が済まないのだ、殿は」

「はっ……それにしても新しい謀反人を討つのに、前の謀反人の一族を用いるとは、恐れ入りますな。この手法、義鎮公がお考えか、それとも吉岡様か」


 一同、鑑連の吉岡長増へ復讐を誓う言葉を思い出す。


「吉岡様と事を構えることになりはしないかな」

「それはマズい。あの方は天狗の如きお方。義鎮公のご信頼も厚いという事だし」

「……吉岡様も殿の憎しみを無闇に買う事を良しとはしないはずでしょう」


 無口な由布が無駄なく核心を明らかにした。再び全員が備中を見る。ドキドキしながら備中返して、


「はっ、なんなりと」


と言ってしまう。恨むべきは己の性。その後の言葉は聞かずとも予想できてしまう森下備中であった。



 吉岡様に会って、善処してくるように。これが戸次家幹部達の合議で決まり、指名された備中は、吉岡邸へやって来る。吉岡家当主とあまりに身分差のある備中、面会の口実を頭でひねりながら来たが、良い案が思いつかない。ところが、


「おっ、今日は一人でどうした」


 鑑連の雷撃を受けてから同況相憐れむ仲の門番が便宜を図ってくれたため、こちらからの願いで吉岡長増に対面する事が出来た。天道の導きか、と日頃の行いを自尊しながら、備中平伏して挨拶する。吉岡長増は相変わらずの調子で、


「誰かを遣してくるとは思っていたが、まさか備中とはなあ。どうせ押し付けられたのだろう」


と軽く渋い声で、やや高く嗤った。恐らくこの人物は全てを知りつつ、鑑連を翻弄したのだろう。が、全てが予定通りというワケではなかろう、という推理を備中は持っていた。そこで率直にぶつけてみる事にした。


「主人鑑連は」

「さぞ悪鬼面をしているんだろ?」


 いきなり出鼻をくじかれる。しかしここで怯んではいけない。大きく平伏する仕草をとって、それでいてひそひそ声を搾り出す様に、喉を震わせる。


「主人鑑連は」

「……」

「あ、鑑連は……」


 あ、ここだけ切り取れば呼び捨てにしているみたいで何だか不思議な気分、と備中は高揚した。不意に黙ってしまった備中に関心をそそられたのか、少し身を乗り出してくる妖怪長増。その表情には余裕の笑みが湛えられている。


「鑑連は佐伯紀伊守が予想外に動かなかった事について、深く心を乱しております」


 言った。言ってやったぞ。平伏したまま、妖怪の発言を待つ備中。対して長増はやはり陽性な口調で、


「ああ、それは。ええと、うん。そう!あのためだろう……」


 備中の番。


「はっ。結果として、肥後への出陣が叶わなくなったためです」


 備中気配を感じ取るよう意識を全開にする。恐らく吉岡長増は笑顔になっているはず。備中、そなたは忠臣だな、とでも言ってくれ……と願い続ける。


「備中、そなたは良い奴だな」


 来た。この言葉にホッとする森下備中。続けて下りて来た言葉は、備中にとっては最高のご褒美であった。


「今回は借りだ、と伯耆守によく伝えておいてくれ。よしなにな」


 なんという有徳のご老中だろう。よしなに、とまでお言葉をかけてくれるとは……と、心底感激した森下備中。次は、またいつでも訪ねてきなさい、と言ってもらえるよう、距離を縮めたい。そして万が一にでも機会があれば、転籍したい、と締まりのない妄想を展開するのであった。

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