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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天正年間(1573〜)
279/505

第278衝 処暑の鑑連

 筑前の地から都を心の目で眺めた時、そこは思いがけない業火の只中にあるように、誰もが想像してしまうのではないか。


 それ程までに、刻一刻と状況が推移している。


 衆目の予想とは異なり、織田弾正が都における勝利を掴みつつある。将軍家に対する反撃は、全国の人々が注視しているに違いない。


「それにしても……」


と、備中は極めて単純なことに思いを馳せる。世の流れに比して、主人鑑連はどれほどの人物なのだろうかと。国家大友の重臣とはいえ、老中衆という選ばれし枢密者集団からは離れている。ここ何年か、相変わらず立花山城の主でしかない。それが、義鎮公の親政下に収まる不利を避けた結果としてもだ。


 世を騒がす織田弾正は、義鎮公ほど恵まれた生まれではない。それでも、父親から強力で革新的な武士団を引き継いだという。一方の鑑連が引き継いだものは、特筆する実績のない伝統的武士団でしかなかった。


「それを思えば……いやしかし」


 還暦を迎えようとする鑑連は、野心を支えにここまでひた走ってきた。これだけでも人はよくやってきた、と評するに違いない。だが、鑑連に虐げられ、ごく稀に降る気まぐれの恵みのみを頼りに二十数年主人を観察してきた備中には、それだけでは物足りないのだ。主人鑑連をさらに飛躍させたい。良くも悪くも残酷な御館である鑑連が、立花山城の主程度で終わって良いはずが無い。


「……中途半端、あるいはしょぼくれてる」


 では、鑑連がさらに飛躍するために何が必要か。まず同士だ。これは心労の末、吉弘家が成ってくれた。あとは戦争での勝利。これしかない。今、国家大友の周辺ではかつて程の混沌は無く、せいぜいが志摩郡の原田勢に始末をつけること程度。今は勢力を養い好機を伺うしかない。


 肥前では、安芸勢と繋がりを持つ佐嘉勢が勢力拡大のために相変わらず暗躍しているという。国家大友の再攻撃を招かぬよう、細心の注意を払いつつ。狙い目はここしかないではないか。



 備中はこの着想をすぐにでも小野甥に相談したかった。自分一人で主人へ持ち込んでも効果が見込めない気がしたからだ。


 だが、その小野甥自身も臼杵で活動中である。志摩郡へ兵を送る障害になるものがないか、調査に専念しつつ、同僚の帰りを待ちわびる森下備中であった。



 そうこうするうちに、改元が為されたという都からの使者が筑前を訪問した。それによると、元亀、が改められ、天正、となったと言う。


「ついに織田弾正は将軍様を都から追放してしまった。改元を望む織田弾正を無碍にすることなど、もはやお上にもできません」


 その声には、世の動乱の只中にある者のみが放つ困惑と緊張、そして期待の念が混じっていると感じた備中。今や戦ばかりの永禄年間が懐かしい。季節も夏になっていた。



 ある日、小野甥と内田が帰還した。


「殿の意を受けられた義鎮公は、織田弾正との関係を深められ、今回の都の騒動の結果、国家大友と織田弾正はさらに関係を深めるに至りました」

「そうか」


 満足を示して頷いた鑑連曰く、


「織田弾正が将軍を害さずに追放したことは、想定通りだ。が、越前を制したというのは予想外であったな」


 内田は形容を正して同調する。


「確かに、あまりにも速い決着になりました。近江制圧も時間の問題でしょう」

「勝者が席巻すること自体は折込み済みです。武田信玄が撤退していなければ、美濃尾張を制していたでしょうから」


 この話題に、備中は挙動不審に割り込んでみる。小野甥との打ち合わせも無いが、きっと通じるものがあると信じて。


「こ、これは好機ではないでしょうか」

「好機?」

「あ、あ、安芸勢を攻める」


 一瞬の沈黙が流れたあと、


「ええ?」

「なるほど」

「ほう」


 内田、小野甥、鑑連の順に反応がった。これはイケるかも、と備中さらに畳み掛ける。


「あ、安芸勢が当家ほど織田弾正に手を差し伸べなかったのであれば、西からが我ら、東からが織田弾正と挟み撃ちに出来るのではないでしょうか?」

「クックックッ」


 鑑連の笑い声。機嫌の良さは伝わってくる。


「面白い話だが、それを実現するには今の織田弾正を安芸勢に向かせなければならん。難しかろうよ」

「こ、工作を行うというのは」

「クックックッ!」


 笑い声が一層強くなった。心配したらしい内田が間に入ってくる


「備中、大言壮語は控えろ。織田勢も安芸勢も互いに戦いは望んでいないはず。工作など無理だ」

「で、でも……」


 真剣な眼差しで語る内田。黙っていた方が良い、と。それでも、備中の提案に関心は持っていたらしい小野甥が続けて曰く、


「備中殿の仰ることもワカります。織田も毛利も大国の主です。それでいて距離は遠すぎるという程でも無い。蹴散らされた反織田勢の集結する先の一つにはなるでしょう」

「甲斐勢を忘れていないか」

「所領の広さ、抱える兵の多さという点では、甲斐勢より安芸勢の方が上でしょう」

「それに今回、甲斐勢は撤退した。理由はよくワカらんが、これは負けたということだ」

「都を追放された将軍家が頼る先は、甲斐勢ではありえないでしょう。安芸勢か、越後勢か」


 話が諸国を巡りはじめたため、思考があちこちに飛び始めた一同。それについて行けない様子の内田が困惑している。


「つ、つまりそれは?」

「いずれ、安芸勢は中央の戦に引き摺り込まれる、ということです」

「クックックッ、備中が大言壮語の妄言下郎か、気宇壮大な輩かがそこでワカる」


 否定されなくてよかった、と胸を撫で下ろす備中。内田も、自身が鑑連に叱られたばかりゆえの心配だったようで、珍しくその友情に感謝して、熱い視線を返した。が、内田には届かなかった。安堵し感動している間に、すでに別の話が始まっていた。


「殿。義鎮公が大きく嘆いてた話がありました」

「ほう」


 妙に嬉しそうな鑑連。


「伴天連に依頼していた船が行方不明になったそうです」

「船だと?」

「なんでも天竺で荷を満載した金のなる船だったそうですが……」

「どこで行方不明になった?」

「肥後高瀬(現玉名市)で荷揚げをする予定だったということなので、その前ではないかと……」

「島原、天草で何かあればすぐにワカるだろう。伴天連どもが義鎮に泣きつくだろうからな」

「それが無いとすると……」

「事が起こったのはそれより前。荷は薩摩勢の手に落ちていると見るべきだ」

「薩摩勢」


 薩摩。薩摩とは普段、ほとんど聞き慣れない名前である。この九州の南のさらに南の果てにあるという国だ。備中は、去年収集した情報の中にその名があったことを朧げに思い出すのであった。

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