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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
元亀年間(〜1573)
278/505

第277衝 指南の鑑連

 内田が豊後より一人、立花山城へ帰還した。そして広間にて、話したくて仕方が無いことを備中へ語りまくる。


「いやあ、素晴らしい花見だったよ。スミゾメ。この花も素晴らしいけど何より国家大友の数多い重鎮たちが顔を並べたのだから。それは壮々たるものだったわけさ」

「へえ凄いね」

「田原民部様と佐伯様も居たよ。今をときめく御二方だ。取り巻きもたくさん。ああいうのを権臣というのだろうな」

「皆さんお酒飲んでた?」

「そりゃ飲んでたとも!私も飲んだぞ!」

「他のご老」

「他のご老中だって?朽網様、志賀様もご出席だったぞ。しかし、なんだかな。今のご老中衆はみんな仲が良さそうだ。和気藹々としている」

「わ、和気藹々……ご筆頭が吉岡様の頃とは違うのか」

「そうそう、そう言うこと」

「そう言えば、吉岡様と臼杵様は来ていた?」

「ええと、いや。両家とも倅が来てたよ」

「まあ、吉岡様はもうご高齢だし。臼杵様は……」

「臼杵様には義鎮公の寵愛が薄れているなんて噂もあったがね。それでも義鎮公も義統公も、親子して親しげにしていたよ」

「臼杵様ご嫡子の印象はどう?」

「格別には何も。父君と比べるといささか地味……だな!」

「お、御曹司はどのようなご様子だった?」

「ふふん」


 それまで聞かれたことから聞かれもしない事までベラベラ喋っていた内田、不適に微笑むと、


「殿に報告するのが先だよ、私に質問ばかりの君」


 優越感たっぷりのその表情を不思議と不快に思わなかった森下備中。腰を浮かして、


「じゃあ、殿を呼んで来るよ」

「いらんよ。私が直接話をすれば十分だ」


 そんな尊大な内田の背後でガラッと急に障子が動いたと思ったら、鑑連が出た。


「戻ったな」


 主人の奇襲的出現を前に声もなく平伏する内田。備中も恭しくそれに倣う。上座に腰を下ろした鑑連、威厳たっぷりに曰く、


「名代の役目、どうだったか」

「はっ!殿の名代という事で、花見の参加者全員が、殿にどうぞよろしく、と口々に」

「クックックッ。まあ、当然だな」


 虚栄心にも不足しない我らが鑑連は、嬉し気に嗤った。


「では聞こう」

「あ、その……」

「なんだ」

「……はっ」


 恐らく、内田には直接鑑連にのみ報告をしたいこともあったのだろうが、急な主人の登場により、この場で全てを述べ伝えることとなった。


「あ……」


 これは鑑連なりの備中への配慮なのかもしれなかった。そう感じ、じわじわと心と体が温まっていく森下備中。確かに、鑑連の近習の中で内田が最も家柄が良いのだから、


「名代の役目を内田が担うことは、対外的にも当然の成り行きなのだろう。寧ろこの複雑な気遣いは……」


 恐らくも鑑連の気配りであるこの場について、深く感じ入り、主人鑑連への心を一新する森下備中であった。



「では、都に関する話、噂はどうであった」


 内田によるお花見報告を聞く鑑連の関心が、国家大友の新たなる上層部が何に関心を持っているか、に移ったようだ。


「はい。豊後出立の直前に織田弾正が都を焼いた、という知らせが飛び込んできました。義鎮公は、大徳寺に火の手が及んでいないか、しきりに心配をされていたようです」

「その情報源は」

「宗悦様の筋からです。義鎮公には幸いなることに、織田弾正は大徳寺には遠慮をしたようですが」


 備中は、義鎮公が都より招いたというその名声高き禅僧について想像を巡らせて、内田に質問する。


「そ、そのお方も、やはり石宗殿のようなお方なのかな」

「んなワケあるか。立派なお方さ」

「クックックッ」


 備中と内田の掛合いが嗤えた様子の鑑連。


「焼けた崇福寺を建て直す為に、十年来義鎮がゴマすりと支出を続けている相手だ。毎度回答も渋い。まあ、碌な者ではあるまい」

「と、殿……」


 天下の高僧への辛辣な意見に絶句する内田だが、勇気を出して意見を示した。曰く、


「で、ですが、都より遠い臼杵までご下向下さいましたお方です……」

「戦乱で都が危なくなったから、平和な豊後に逃げてきたのだろう。都の連中はいつもそうさ。自分たちで戦おうとは決してしない」

「ど、同感です」

「ほう」


 鑑連、同意を示した備中を見て反応する。その備中は、内田が凄い目つきで睨んでくるのを感じながら曰く、


「目下、崇福寺領は鎮理様の管轄下にありますが、復興が進んでいるか否か、宗悦様というお方も義鎮公のご依頼に対して誠意を見せるためにはこの筑前へ赴いて然るべきではないのでしょうか」

「そうだ、そういうことだ。さらに言えば、正当な評価を得るためにもそうするべきなのだが、遺憾な事にそういう前向きな話をワシは一切聞いたことが無い」

「……」


 沈黙してしまった内田へ、鑑連は続ける。気のせいか、一切の配慮は見えない。


「都に関する他の情報は?」

「はっ……この春まで消極的な軍事活動しかしていなかった織田弾正が一気なる攻勢に出た理由について、誰も彼も背景を知りたがっておりました。しかし、皆が納得できる意見を述べた者はおりませんでした」

「銘々意見だけは出たわけか」

「はっ」

「ではその中で、お前が最も妥当と考える意見はどのようなものだったか」

「はっ……その……」

「ん?」

「さ、左様ですな……ええと」

「まさか、内田」


 鑑連の凝視がギロリと宙を走った。射抜かれた内田はビクッと痙攣する。


「考えていなかったというのか?」

「も、申し訳ありません」

「愚か者」


 鑑連の重くシビれる叱責が飛んだ。


「ワシは貴様をガキの使いで豊後に戻らせたワケではない」

「……はっ!申し訳ございません!」

「備中」

「はっ?はっ!」


 急に話しかけられたため、心臓がキリリと痛んだ森下備中。いつもより深く平伏しておく。


「これから内田が豊後で聞いた情報を貴様に述べる。その中から妥当なものを選抜しろ」

「あ……ああああの……はっ!」


 何やらご機嫌斜めな主人鑑連である。最近珍しい気もするが、雷の前に内田は震えきっている。こんなんで情報詳らかに出来るのだろうか。気遣いの人である森下備中、同僚へ柔らかな声を心がけて曰く、


「さささ、左衛門、よ、よろしく」


 吃ってしまう。元気の無い近習同士向かい合う。


「あ、ああ……」


 内田は得た情報を述べていく。収集は問題なく行なっているが、それを腑に落としていなかったため、鑑連の御意に敵わなかったのだろう。だが、遠い都の事象について、そこまで考えることのできる人物など、どれほどいるだろうか……自分を除いて。


「近江勢の焦土的抵抗、安芸勢の中立、越前朝倉勢の撤退、三好勢の混乱と衰退、摂津勢との和睦、甲斐勢の遅延」

「それだよ左衛門」

「えっどれ?」

「妥当なものは甲斐勢の遅延」

「そりゃそうだけど、戦えば敵なしの甲斐勢でもあるよ」

「しかし、織田弾正はまだ決定的な敗北を受けていない。だからその前に、甲斐勢の遅さを後ろ支えに勝負に出た、ということではないかしら。将軍家に負けじと」

「ホントにそ、それだけかな」

「全ての情報がこの九州に来ているわけじゃないだろうけど……永禄三年の今川義元公の進軍は、もっと速かったはずだし。出発から戦死までどれくらいだったっけ?」

「確か、出発から討死まで一週間強だったと思うけど」

「比べても、甲斐勢の進軍が遅すぎる。もしかしたら、甲斐勢に何かが起こっているのかもしれない」

「何か?」

「進軍を止めなければいけないほどの何か……領国での謀反とか、近隣諸国の攻撃とか」


 鑑連が口を挟む。


「将軍家が織田弾正攻撃のため、諸国間の戦を一時的に預かる旨、御内書を出していたはず。となると謀反かもな」

「そ、そうだ。先年、甲斐では父子間で争いがありました。もしやその続きが……」


 ようやく内田も乗ってきた。引き続き内田を応援する備中。


「織田弾正はそういった極秘情報を手にして、東の戦線は放置しても良い、と考えたのかもしれないね」

「と、殿!確証はありませんが……」

「妥当な考えだが、義鎮の周囲でこの考えに至った者はいるかな」

「はっ。花見の席上では、甲斐勢が異常を抱えている旨、発言していた人はおりませんでした」

「内田、戻ったばかりだが、向こうに残っている小野と協力して今の話を義鎮に伝えろ」

「はい!」

「急げよ」

「ははっ!ありがたき幸せ!」


 疾風の如く出立していった内田。鑑連、その姿を見ながら曰く、


「貴様も同僚の使い方を心得てきたようだな」

「お、恐れ入ります」


 内田は同僚ではなく近習筆頭で上司にあたるが、備中は過剰に畏まることなく賛意を示した。すると、鑑連は鋭く嗤った。


「貴様も部下以外の人を動かすことを覚えるようにしろ。自分で動くばかりが全てではないからな」

「は、はい……」


 甲斐勢撤退の知らせが立花山城に届いたのは、それから数日後のことであった。

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