表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
元亀年間(〜1573)
276/505

第275衝 悠遠の鑑連

 備中、執務中の鑑連に近づいて曰く、


「殿、橋爪様からの書状が参りました」

「橋爪」


 視線を動かさず、鼻だけ鳴らす鑑連。


「開けてみろ」

「あの、私信ということですが……」

「構わん」

「は、はい……ええ、と。では、失礼して」


 備中はまず、巻きを開いて書の初めと花押を確認する。同じ筆跡であり、橋爪殿の直筆であることがワカる。


「は、橋爪様の直筆です。それによると、ご領地に良い桜があり、ご覧頂くため、お花見を催すので、もしも豊後国内にお戻りになる機会があれば、殿にもぜひお立ち寄り願います、とのことです」


 日頃書状を改める仕事の多い備中は、文章から伝わる気のようなものを感じることができる、と文系武士らしく密かに自負している。この書状はその類のものだったが、主人鑑連はけんもほろろに、


「そんな機会は無いな」


 備中、思い出した橋爪殿の善良な表情を後ろ支えに、踏ん張ってみる。


「は、はっ。ですが、目玉となる桜をぜひ見て頂きたいとのご希望が……」

「スミゾメだろ」

「スミゾメ?」


 書状には書いていないが、


「ご、ご存じなのですか」


 鑑連の博識は植物にも及んでいるのか、と一瞬驚いた備中。しかし、戸次家本貫の地である藤北から一つ山を越えればもう橋爪の地(現由布市)である。鑑連、過去を一瞥し解説して曰く、


「花びらに皺が寄っていてな。それが薄暗く見え、花全体がほんのり黒く見えるのだ」

「それは……珍しいですね」


 鑑連の顔は、必ずしも関心皆無という様子ではないように見える。備中の見立てでは、鑑連は風流に感じ入る情を備えているはずであった。が、


「珍しいがそれだけだ。まだワシが十代の時分、先代の橋爪がよく自慢していた」

「じ、自慢」


 それは、鑑連相手に危険すぎる行為ではあったはず。


「劣等意識を張り子の尊大さで隠す、嫌な野郎だった」

「……」

「この橋爪が追放された後、里の桜を世話するヤツも居なかったのだろうが、戦争も減った今、鑑実が庭いじりでもしてみたら桜が蘇った、という程度の話だろうよ」

「……」


 負の気を纏う主人鑑連。これはダメかな、と確信してしまった備中だが、それでも食い下がるのは下郎の務めである。


「お、恐れながら……」

「ワシは行かんぞ」

「し、しかし」

「桜を見るために豊後へ戻るほど、暇ではない」

「で、では。名代でも」

「不要だ」


 取り付く島もないとはまさにことのこと。こんな時、備中が相談する相手は小野甥である。


「……と、殿は全く関心をお示しでなく」

「あれで橋爪様は、社交的な方であり、顔も広いのです。豊後の諸将との親交を深める良い機会ではありますが、お言葉通り、不要とお考えなのでしょう」

「諸将はともかく、例の織田弾正との友好関係の維持について、殿は義鎮公と珍しく意見の合致を見ました。さらに関係を改善できればと思ったのですが」


 小さく微笑んだ小野甥曰く、


「殿と義鎮公との関係について、我らには立ち入ることは適いません。手段が無いですし、なによりお二人には過去の厚みがあります。良くも悪くも」

「はあ」

「ところで備中殿。義鎮公はともかく、殿はどの高位の方とのご関係を温める必要がある、とお考えですか?」

「やはりそれは」


 田原民部一択しかない。


「その上での話です。橋爪様が来る者拒まずの精神で、蘇りしスミゾメを披露する。義鎮公や御曹司も招かれるはず。これは規模の大きな会になるに違いありません」

「なるほど」

「その場に殿はおろかその名代すら不在と言うのは、如何にも挑戦的に見えませんか。では誰に挑戦しているのか。義鎮公、でないとすれば、橋爪殿でしょうか?それはないでしょう。橋爪殿はこうお誘い下さるように、殿にご好意をお持ちです。田原民部様を気に入っていない、と誰もがみなすのではないでしょうか」


 備中にしては、鑑連以外の人物へ雄弁に語る機会はそうは無いが、自分より一回り以上若いこの人物を完全に信頼していたので、舌が淀みなく動くのである。また、小野甥は熱意に動かされるような人間でないところが、備中は気に入っていた。今回も、冷静な視線を維持したまま、備中の目を見て応えを返してくれた。


「では、名代の件、私からも殿に薦めてみましょう」

「あ、ありがとうございます」

「名代の人選ですが」

「小野様以外、いないでしょう」


 愉快そうに笑った小野甥は、


「殿の名代であれば、一名では不足でしょう。二名で行くのも良ろしいのでは?」


 顔を明るくした備中。小野甥が言うもう一人とは自分以外いないではないか。


「は、はい!私もそう思います!」

「では、そのように殿に進言してみましょう」

「よ、よろしくお願いします!」


 やはり小野甥は傑物である。鑑連は薦野を傘下に得たことを殊のほか喜んでいるが、小野甥の気高さには及ばないのでは、と確信している備中、急ぎ家に戻り、出立の準備を始めた。



 翌日、小野甥は内田を連れ立って、一路豊後へ旅立って行った。


「……」


 登城してそれに気がついた森下備中、折れそうな心を支えるため懸命に笑顔を作り、いつもと同じように鑑連の前に参上するしかないのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ