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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
元亀年間(〜1573)
273/505

第272衝 清流の鑑連

 鑑連の帰城を待つ森下備中と招かれざる客。すでに内田が厄介者の来訪を連絡をしているはずだが、備中は今しばらく破戒坊主の接待を続けなければならない。便所から戻ってきた石宗に自分から話しかけてみる。


「と、ところで。例の文書をお届けした使者に失礼はありませんでしたか?」


 後ろに両手を広げ、だらし無く横になっている石宗は、面倒くさそうに顔を上げた。


「備中、あれはそこもとの倅だろ?」

「は、はい」


 はっきり言うと、私の息子の出来はいかがでしょうか?聞きたいことはそれのみだ。親の気持ちと近習の考えが混ざり合って、気の利いた言葉が中々出てこない。石宗曰く、


「不出来な親父よりは落ち着いていた」

「そ、そうでしたか」


 息子の評価を一端でも得ることができ、安堵の備中。


「へえ、嬉しそうだな」

「そ、そうですか?」

「そうだよ。そこもとが如き下郎近習も、人の父親の顔をするのだな」

「い、石宗殿のご子息は?」

「ははっ!この世の森羅万象全てが息子であり、同時に父でもある……」

「ああ、そうですか」


 石宗が禅僧の如き言葉を弄すると、胸が悪くなる備中だが、ふと、突っ込んでみたくなる。


「では石宗殿の敵も、子であり父なのですか?」

「ははっ、そうかもな」


 真面目に問答をする気は無いようだ。が、何も話さずしてこの人物と同じ部屋にいるのは苦痛でしかない。一生懸命に口を開く備中。


「と、殿の今の関心ごとは都の動向です」


 話題を提供する。


「博多に行かれているのも、町年寄から情報を得るためでして」


 もう一つ提供する。


「石宗殿は、関心はありませんか?」

「……」


 反応がない。さらにつついてみる。


「都には憧れますね。上洛すれば、よりよい生活を得ることができるかもしれませんし」

「じゃあそこもとは、なぜ国家大友に居る?」


 乗ってきた。慎重かつ、相手を飽きさせないような話を心がける備中。


「ま、まあ私は戸次家で働いているので……」

「何故かね」

「えっ?」

「下働きでも、将軍様や織田弾正の系列に仕えることだってできるだろう。何故戸次殿の下に居続ける?」

「えー、ええっと」


 思わぬ反撃にたじろいでしまう。


「森下の家は名門とでも?」

「い、いえそんなことは。ですが、殿の家は紛う事なき名門です」

「まあそうだな。認めてやる」

「縁あって仕えているのですが、それだけでなくもしかしたら、苦労して都に上がるより、こちらに居た方が楽に稼げる、と頭のどこかで考えているからでしょうか……」


 志の低さに我ながら情けなくなる備中に、爆笑が飛ぶ。


「はっはっはっ!持たざる下郎の哀れなる考えとはまさにこのこと」


 さすがにカチンと来た備中、やりかえす。


「あ、あんたねえ。最初会った時は、あんたこそ持たざる下郎だったくせに、よく言うよ」

「そんな昔の事は忘れたよ、ははっ」

「二十二、三年前のことですよ」

「はっはっはっ!」

「我が殿が、津賀牟礼城を攻めるか攻めないかの頃」

「知らん知らん!」

「あんただって、都を目指さずに豊後府内で一旗上げるつもりだったのだろう。よくもまあ人の事をとやかく言える……も……の」


 気がつけば石宗の顔が鬼瓦のようになっていた。まずい、よく見なくても憤慨している様子。石宗が何事かを叫ぼうと、喉を振わせた刹那、


ガラッ


 障子が開いた。鑑連その人であった。


「これは石宗殿」

「と、殿!」

「む」


 危うく泣かされ兼ねなかった森下備中。最高の時宜で戻ってきた主人鑑連へ向け、感謝の意を目で捧げる。そんな鑑連、備中を無視して石宗の前に座る。


「遠路ご苦労なことだ。豊後からでは骨が折れただろう」

「いや全くその通りで」

「ところで、何かあったかね。臼杵は平和だと聞いているが」

「臼杵は平和ではありませ」

「私的な相談事かね。では話を伺おう」

「う、臼杵だけではなく府内についても」

「義鎮公や老中どもでは話にならんと言うことか。重い案件のようだ」

「お、重く。国家大友だけでなくこの神州六十六」

「では森下備中。まずは貴様が石宗殿からよくよく話を聞いておくように。報告は明日で良い。ワシはまた出かける。戻る日時は追って伝える」

「はっ」

「へ、戸次殿?」

「では石宗殿、御機嫌よう」

「あ、あ……」


 鑑連は廊下をどしどし進んで出て行った。流水の如し話し方、清流もかくやの受け流し。それでいて稲妻のような疾さ。鑑連は石宗の相手をしたという形を残して去って行った。


「はっ」

「は?」

「はっはっはっ!」


 石宗の高らかな馬鹿笑いが立花山城にこだまする。国家大友に仕える高僧の表情は心底困った人のそれであった。


「なんだこの応対は」

「はあ」


 石宗は顔を歪めたまま、キッと備中に向き直った。


「こうなったら仕方がない。森下備中、それがしの話しに付き合ってもらうぞ」

「ええ……?」

「主人の命だろうが」

「ま、まあ」


 命令となれば仕方がないのであった。


「では、手短に……」

「話を始めるのに、酒肴の用意もないのか」

「……ちっ」

「ははっ、今、何か聞こえたぞ」

「……すぐに用意させます」

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