第270衝 潜思の鑑連
立花山城に幹部連が召集される風景、備中の目にも見慣れたものになってきた。この日の議題は、中央の動向への対処法立案だ。中央に座する鑑連の前に平伏した一同を前に、場の取り仕切りが板についてきた小野甥がまず曰く、
「今回、将軍家と織田弾正の諍いに、甲斐勢が割って入ることになったとのこと。無論、将軍家の味方として、です」
「甲斐の武田勢か」
騒つき、目を輝かせる幹部たち。が、鑑連はいつもと変わらぬまま、腕を組み所見を述べる。
「甲斐は山深い国だという。耕作地は限られ、つまりは貧しい。故に生きる為に他国を攻めるは宿命のようなものだろう」
大きく頷いた内田が、これもいつもの如く知識を披露する。なんだかいつも同じことの繰り返しだな、と独り言ちた備中。
「掘り当てた金、これが甲斐の力の源だとも言います」
「甲州金か」
「はい。博多でも目にいたします。甲斐勢の強勢は豊かな資金無くしては語れません」
「そうだな」
同調したのは安東。
「戦争ばかりこなし、そもそも戦に強かったところ、金の力に乗って諸国を攻め、刈り取った、ということか。織田弾正も悪い相手を敵にしてしまったものだな」
安東の言い方が気に入ったのか、鑑連が嗤った。
「その蛮勇にみな恐れを為している。だがこれは攻める側にとって有利だろう」
鑑連お気に入りの薦野も負けじと発言する。
「甲斐勢は上洛を目指す、ということ。織田勢は西と東の敵を相手にすることになります。いかに織田弾正と言えども、そのような事が出来るでしょうか」
「そうだ。織田を快く思わぬ連中はみな、勇気付けられるだろうな」
「一斉に立ち上がるかもしれん」
「そして、謀反を潰していると、東から甲斐勢が来る。織田弾正は尾張ではなく美濃を本拠にしているそうだが、甲斐勢が支配する信濃は隣国だ。時間はかかるまい」
「敗れれば、尾張・美濃勢と言えども、死ぬか売られるのみだ」
「この九州でも、東国から売られてきた者を見かけます」
「有力な供給元なのだろうよ」
薦野の若さに押された話題があちこちに展開し始めると、小野甥が爽やかに場をまとめる。
「今日の議題は、この事態に対して国家大友はどうするべきか、です。つまり戸次家として義鎮公へ提示する案を、殿にお示し頂きたい」
小野甥の言葉に列席者一同の心胆が身構えた様子である。鑑連に自分を主張する好機だった。
そもそも野心的な内田はともかく、安東は誾千代の相手に孫を推したがっているし、薦野も内田に負けじ勢い強き武者だ。似たような事を考えているのかもしれない。
「将軍家を助け兵を送るというのはいかがでしょうか。響灘をひたすら東へ進めば、安芸勢を相手にする事なく、海路越前越後へ到達可能です。朝倉勢、上杉勢との連携も可能です」
「この事情であれば、安芸勢も妨害はいたしますまい。瀬戸の海を進めば良い」
「甲斐勢の勝利が見えているなら、金子を送り、今のうちに国家大友の権益を確保するべきでしょう。金子なら兵より速く、東へ到達します」
甲斐勢勝利を前提に突飛な意見も出てきているようだ。それに賛成は出来ない備中だが、遠い他国の話、不真面目にも積極参加する気にもならずに、ぼにゃりとしていると、活発な議論を縫って、痛い程の視線を感じた備中。案の定、鑑連が凝視していた。反射的に首をすくめてしまうが、お声がかかってしまう。
「備中、貴様も議論に参加せよ」
「あ、あの、その」
「意見が無いのか」
「な、なんといいましょうか」
鑑連は自身ため息はつかない。代わりに、鼻を噴、と鳴らすのだ。
「どんな意見か、期待していたのだがな」
途端に、野心持つ武士たちの目が光った。
「と、殿!今一度私の意見を!」
「お待ち下さい順番から言って次は私が」
「ずるいですな、ここは私が!」
醜き競合いを横目に見る鑑連だが、この物の言い方は珍しい。ならば期待には応えねばなるまい、と備中、そろりそろりと挙手をする。
「お、恐れながら」
野心ある武士たちの動きが止まる。彼らにとって、備中は思わぬ伏兵ではない、何だかんだで主人に構われている手強い寵臣なのだ。
「よ、義鎮公はかねてより織田弾正と友誼を交わしておいでです。よって、ここは織田弾正を支援する姿勢を示すべきかと」
「ほう、逆張りか」
鑑連の言葉に是非の不在を見た諸将より、反論が飛ぶ。
「将軍家に背くなど、逆賊となるぞ!」
「そうとも!そのようなことをして良い道理が無い!」
「義鎮公は九州探題なのだぞ!」
備中が思った以上に平凡な意見を述べる内田や安東である。物怖じすることなく、発言ができそうだった。
「都は遠く、甲斐はさらに先です。どのような決定をしても、この九州に即効の影響を与えることは難しく、それであれば、権威は劣りつつも権勢では凌ぐ織田弾正を支援する行為が、大きな害をもたらすものとは考え難いのです」
備中の常に無い冷静さにやや気圧された様子の安東。もう一つの懸念を述べる。
「だが、義鎮公の持つ探題の役職が剥奪でもされれば、ことではないか」
これも予想された発言で、すでに想定問答が出来上がっていた備中。淀みなく答える。
「仮に、織田弾正が敗北しても、すぐに都の第一人者が決まることはないでしょう。野蛮な甲斐勢を快く思わない勢力も出てくるはずですし、武田信玄殿が第二の織田弾正となることだって考えられます」
「た、確かにそうだ」
「将軍家に対する挽回は、それからでも遅くはありません。なにより、織田弾正の意見書にある通り、将軍家には金が最も有効の様子。戦争が遠ざかった今の国家大友ならば、何の心配もありません」
安東も内田も静まった。すると、薦野が同調して、
「味方した織田弾正が勝てば、国家大友への友情は深まる、ということですね」
おっ、この若造中々ワカっているじゃないか、と思った備中。大きく頷くが、
「しかし、織田弾正が敗れた時、将軍家が安芸勢に豊前筑前攻略の大義名分を与えるかもしれません。この危険については如何ですか?」
あっ、と息が止まった備中。安芸勢のことは考えていなかったからだ。ここで、小野甥が備中を助けるように発言をしてくれる。
「実は安芸勢も織田弾正とは懇意な仲なのです。これは毛利元就殿ご存命の時から続いている関係です。仮に、今の安芸の頭領が関門海峡を越え、さらなる勢力拡大を望んでも、将軍家がそれを容認するには大きな代償が必要になるのではありませんか。今の安芸勢にはその余裕はありますまい」
小野甥の発言に、一同納得した様子であった。鑑連も頷いて曰く、
「では、織田弾正への友誼を継続するよう、義鎮に書き送ろう」
鑑連の決定が為され、全員が平伏した。その中で備中は己の意見が採用された喜びに、心を踊らせていたが、この提案の真の狙い、主人鑑連と義鎮公の方向性の一致による融和達成の是非を、頭の醒めた箇所で考え続けていた。




