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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
弘治年間(〜1558)
27/505

第26衝 鈍負の鑑連

 代替わりして三度目となった豊後府内の乱。三度目の火炎は、武士たちの辻を徹底して焼き尽くすものとなった。


「義鎮公が不安になっているらしいぞ」


 戦闘終了後、慌ただしく内田が話しかけて来る。ムカつき、あえて慇懃に返す備中。


「何がでガスか」

「謀反粛清が相次いでいるから府内を捨て、他の町に移りたい、とご老中らを困らせているそうだ」

「へえ、お引越しでガスか」

「金と手間がかかるな……おい、真面目に話せ、おい」

「真面目でゲスよ、でも府内の中心部が灰となった以上、不便は不便なんだろ」

「こら口の利き方!誰が近習筆頭か、忘れるな」

「そうでゲスね」



 噂は噂。それより備中としては主人の考えが気になる。鑑連の関心は、叛徒討伐によって実績を稼ぐ、この他にはないはずだから。


「この謀反には黒幕がいる」

「はっ」


 自信たっぷりに断言する鑑連。ごもっとも、という口調で返す備中、それは何を隠そうこのワシだ、という言葉を予想し待つ。


「今回、謀反した本庄と中村を討ち果たすのに功績があったのは何を隠そうこのワシだ」


 惜しいが違う、と無言で唸る備中。


「だから黒幕の討伐に最も適しているのもワシだ。が、邸宅が焼けなかったのは佐伯も同じ。あれと役目を競う事になるかもしれん」


 なかなか白状しない……ワクワクが止まらない様子の鑑連に対し、備中マヌケを装って質問する。


「殿。黒幕、とは」


 破顔する鑑連。備中ゴクリと息を飲む。


「このマヌケ。市井の噂を知らんのか。肥後守護代、小原遠江その人だ」


 主人の指摘した名にいささかがっかりした森下備中。また主人は罪をでっち上げようとしている。辟易するも、不機嫌落雷を避けるため、調子を合わせてしまう。


「市井の噂ですか」

「老中衆の間でも噂になっとる」


 よく見れば、我こそが流言を飛ばしたのだと顔に書いてある。付き合いの長さからワカってしまう森下備中。


「では、義鎮公からの出陣命令を待つだけですね」

「今回は他人に譲るわけにはいかんからな。あの気色悪い吉岡ジジイにも、たんと根回しをしたぞ」

「さすがは殿」

「クックックッ!」


 鑑連の宣った通り、謀反は肥後にいる小原遠江が糸を引いたものだという事になった。討伐が決まり、そして討伐隊出陣の日がやってきた。



 その日、焼け落ちた府内の辻を行進する討伐隊を眺める森下備中に、近づいてくる者がいた。


「やあ備中殿」

「これは吉岡様の門番殿」

「また肥後攻めですね」

「攻める相手が裏切り者というのも、またですが」


 二人は顔を見合わせてしばらく苦笑する。ふと、門番が行進する隊を指し示した。


「あれをご覧なさい、一万田様です」

「例のご嫡男ですね」

「ご嫡男が許されたのは、義鎮公の足元にひれ伏して詫びを入れたからだとか。絶対服従と同時に御家再興も誓っているはずです」

「しかし、その力はまだ復活していないでしょう。戦で役に立つでしょうか」

「そのために、今回、高橋様も支援に入られるとか」

「高橋様。誰でしたっけ」

「義鎮公弟君の補佐のため、周防山口に赴任されている高橋様」

「へえ」

「たまたま使者として戻っていた高橋様に出陣を命じるとは、義鎮公も随分ですね」

「うーん、確かに」

「高橋様も一万田一門のお一人。肩身も狭く、断れんでしょうよ」


 一万田様と呼ばれる人の後、高橋様と言う人物を見た森下備中は、あ、と嘆息した。それはいつか吉岡邸で目にした貴人であったからだ。彼らの出陣に、この門番の主である吉岡長増様も関わっているのだろうなあ、としみじみ思う備中であった。


「肥後討伐隊、行きましたね」

「そうですね」

「……」

「……」

「あれっ、戸次隊は?」

「えっ、でませんよ」

「えっ?」

「えっ?」

「……」

「でませんって。私も誰も戸次の者は肥後には行きません」

「なんで?」

「さぁ……」



「なぜワシが出陣してはならんのだ!」

「はっ」

「なぜワシが出陣してはならんのかと聞いている!備中!」

「はっ」

「は、ではないぞはでは!……なぜこうなってしまったのか!説明できる者!」


 広間に集まった幹部達に鉄扇を向けて問い質す主人鑑連。顔面は硬直し血管が浮き出ており、まさに狂える鬼の如し。


「叔父上!」

「は!」

「弟よ!」

「は!」

「由布!」

「……は!」

「内田!」

「は!」


 こ、この流れ。次は自分だ、と身構える森下備中。高い集中力が発揮される。ゆっくりと跳ねる動きで、鑑連の口元が開こうとしているのがよく見える。まるでここだけ世界が異なっているかのような独特の感触、主人の顔をじっくり眺める余裕すらある。毛穴の一つ一つまで確認できてしまう。これが我が才能の成せる業なのか。鉄扇がゆっくりと備中の側を向かんと動きだす。よし、答えてやるぞ。殿の満足する回答を……!


「どいつもこいつも、無駄な雁首ならべおって!おっ、おのれ!おのれおのれ!なぜなのだ!」


 扇は備中を通り過ぎた。


「……」


 心に虚しい風が吹いた瞬間、備中の集中力も切れる。するといきなり鑑連の手から放たれた鉄扇が、剛速で広間を通過していく。込められた怒りの如く、強烈な回転、轟音と共に襖、障子、伽藍を破壊貫通し、弧を描く。不思議なことに、再び鑑連の手中に収まった。誠、世の有様もなからむ、と居並ぶ全員首筋が寒くなる。


 よって誰も口を開かない。死の予感すらある。見境なしの落雷が力を使い果たすまで、せめて自分に落ちない事を祈るのみだが、こんな時に天道によって背を押されるのは、我らが森下備中その人しかいない。恐怖の鉄扇に妙なる徴を見出したこの男は、


「恐れながら」


と口を開くに至る。鑑連、悪鬼面を向け迫り、下郎に鉄扇顎クイす。居並ぶ幹部達、森下備中の蛮勇に驚愕し、


「あれは何を口にするつもりだろう」

「我が兄上の恐ろしさ、側近くにいるあいつが知らんはずがないのに」

「満足に槍刀を振るえん者が、大した度胸だ。成長したな」

「備中、骨は拾ってやるからな……」


 彼らの声無き声を尻目に、下郎は雷鬼に道理を説き始めた。

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