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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
元亀年間(〜1573)
262/505

第261衝 和順の鑑連

 鑑連が立花山城の城主となって初の冬が訪れた。その日は雪となり、鑑連は問註所母子が庭で戯れるのを眺めている。備中は側に侍る。


 筑前は平穏である。鑑連の威圧が功を奏しているのか、とりあえずの秩序を保っている。宗像では秋の放生会も無事に開催され、鑑連の代理として小野甥が出席している。


 鑑連の出陣が無いせいか、平和である反面あまり活動的では無いようにも見えてしまう。問註所午前の支えをすり抜けた誾千代が、雪の小山に突っ伏して泣いた。鑑連はそれを見て父親らしく笑っている。


「らしくない」


 そう独り言ちる森下備中自身、最近は奥向きの用事を仰せ付かることが多い。武闘派の安東や内田は何がしか外出することが多いのだが、一先ず戦が止み、遊ばせないためにそうしているのかもしれない、とも思うが、


「備中、誾千代が泣き止まん。笑わせてこい」

「はっ……はっ?」

「貴様、気に入られているからな。行け、ほら行け」

「はい……」


 誾千代もはや二歳。自己主張が強くなり母親や侍女の手を煩わせることが多くなった。泣き喚いてぐずる誾千代の近づき、片膝ついた鑑連。懐から紙を取り出して曰く、


「ひ、姫、これが国家大友における只今のご老中衆です」


 田原親賢 筆頭、義鎮公代理担当

 臼杵鑑速 外交担当

 志賀親度 豊後南郡、肥後担当

 朽網鑑康 豊後北部、筑後担当

 佐伯惟教 義鎮公直轄水軍担当

 吉弘鎮信 豊前担当


「こ、この中でお、お、お、お父君が期待をし目をかけているのがこちらの御仁です。こちらの御仁とは少なからず因縁がございます。あと、こちらのお方とも浅からぬ諍いが。この、次の御仁はお父君とちょっと波長が合う方のご嫡男で、可もなく不可もない方でして、えー、次のこの方は宿命とも言える間柄にあってとても一言三言で言い表せぬものがあります。極め付けがこの方。お父君とこの方との折衝がどう進むか、この国家大友の命運はそれに委ねられているのです」

「何を言っているバカもの」

「あいた!」


 頭を掌底打ちされた備中、雪に突っぷす。必死に顔を上げた備中、一転溢れる笑顔の誾千代を見た。


 問註所御前に手を引かれて奥に去っていくご機嫌な誾千代。お陰でお咎めなしの備中だが、そんな鑑連の振る舞いにすら、心に靄がかかるのを感じてしまう。雪を払った備中、鑑連ににじり寄る。


「と、殿、申し上げます」

「どうした」


 やはり毒気が無い。続けて曰く、


「う、臼杵のことで少々気がかりなことが」

「鎮信の入府が遅れていることか」

「は、はい」


 家督を継いだ吉弘嫡男は、未だに家中や本領地の掌握のため臼杵に入れていない。つまり、鑑連が期待して譲った老中の地位を活かせていない。


「これは由々しき事態と存じます」

「で、どうすればいいと考えているね」

「ご老中の一角たる志賀様と友好を深められては如何でしょうか」

「ほう」


 ここに到り鑑連、ようやく備中へ向き直る。 


「志賀はほとんど肥後に居る。どんな情報を得るつもりだ」

「あ、あの、志賀様のお父君の、府内の前安房守様が、あの」


 眼圧にビビり萎縮する備中だが、


「あの変態か。確かに情報には通じているだろうが、如何せん、不道徳なヤツだからな。親しい付き合いをすればワシの評判に関わる。よって却下だ」

「はっ……そ、それでは」

「それではも何も無い。残る全員は却下だ」


 確かに、残る臼杵弟とは論外だし、佐伯紀伊、朽網殿の両名は鑑連の悪行に苦しんだのだ。むしろ、結託して陰謀を策してくるかもしれない。だが、未だ好悪の念に囚われない人物が一人いるではないか。


「た、田原民部様は……」

「議論を待たんな」

「と、殿」

「この話は終わりだ。そんな事より、この筑前には国家大友の直参のくせして、未だワシに挨拶をしない不届き者が二人いる」

「は、はい」

「名前を言えるか?」

「はい。柑子岳城主の臼杵鎮氏様、鷲ヶ岳城主の大津留様です」


 これは公式な大身を通した情報収集は不可能と判断せざるを得ない備中。こうなると、自身の任務をこなすためにも隠密の役を誰かに依頼するしかない。鑑連の口から流れる不届き者への悪口を聞き流しながら、だれが適任か、頭の中で考え続けるのであった。

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