第259衝 面談の鑑連
夏、立花山城へ、鑑連の面談を受けるために妙齢の女性が入った。いつもの来客と同様に主人の元へ案内をする備中だが、そこまでであった。鑑連は、面談に独りで臨んだ。恭しく下がった備中に、内田が近づいてきた。
「間近で見た、大宮司の妹御はどうだった」
「び、美人だったよ。ドキドキした」
「宗像三女神の末裔だしな。清楚さが、容姿を引き立てているのかもな」
嬉しそうに頷いた内田だが、いきなり表情を引き締めて曰く、
「備中違うだろ。刀とか、隠し持っていないか、検めたか?」
「か、確認していない」
「おい」
「と、殿には必要ないかと思って」
「それはまあ。いや、だが母の喉に喰らいついた女という噂だし……」
「殿からも格別な指示は無かったから、まあ大丈夫だよ」
納得しきれていない様子の内田から焦点を外した備中、宗像大宮司の妹御について考えてみる。彼女は、戸次隊の安芸勢との戦いにおいて、芦屋津までの追撃戦の後、休戦の条件として豊後府内へ送られた人質である。今回、鑑連の立花山城入城に伴う和睦成立の証として、いくらかの土地とともに鑑連の下に贈られることとなった。側室として。
本国豊後へ帰還準備中の吉弘武士は声を顰めて噂する。
「人質を側室に迎えるとは、戸次伯耆守はなかなか恐ろしいお方」
「いや、逆だよ。義鎮公は、宗像の姫には手を出すどころか対面を避けたらしい」
「あの恐ろしい噂、戸次様はどう考えているのか……」
その女は、鑑連の継室である問註所御前より若いが、宗像家を取り巻く噂によってか、その婚姻は遅れていた。また彼女はどちらかと言えば今は亡き陶家の血を濃く引くため、毛利家との縁組は難しく、それだけでなく秋月、筑紫、麻生、原田といった反大友連合のどの家にも宗像家は彼女を嫁に出さなかった。
「出せなかったのか……」
旧主大内家を哀悼する念により、反逆者の血が忌避されているのかもしれない。
ともかくも、今回この話が順調に進むことは間違いない。鑑連はおそらく、吉弘嫡男に大宮司の妹の件を話した時から、想定していたのだろう。
登城の日から、大宮司の妹は立花山城に留まる事となり、数日後には大宮司の使者がやってきて、簡素な祝言が執り行われた。鑑連は側室を持つこととなった。
立花山城、広間。幹部連が集う。夜須見山の悲劇から長老格たる一門武将が不在となり、幹部連の招集は内田が企画立案して安東が招集する、という形式になっている。というわけで安東が話し始める。
「この数ヵ月で情勢は大きく変わった。近くでは吉弘様のご逝去、外では毛利元就の死、そして内では殿が側室を持たれたということ」
安東は一同を見回す。内田、由布、小野甥、薦野、備中が並ぶ。おや、自分はいつも端に座っているな、と一瞬疑問を持った備中だが、話は続く。
「状況の変化の中で不明に思うこともあるだろうから、ここで考えを統一しておこうと思う。戸次家家臣たるものとして、異存がある者は」
無し。亡き戸次叔父に比べると、やはり一歩引いてしまうのは致し方ないのだろう。頷いた安東、内田が話し始める。やはりこいつが黒幕か。
「では宗像勢との和睦について」
いきなりそれか、と独り言ちる備中。
「この度、宗像勢より西郷の地の割譲を受けた。そして大宮司殿の妹御が奥に入られた。以後、宗像勢と戦になる可能性について確認をしたい。薦野」
「はい」
薦野が発言する。
「一連の戦争により、宗像家は大きな損害を受けています。河津の処刑、割譲、人質、と先方にとっては全てこれ以上の被害を防ぐ為の苦肉の策です。よってこちらから仕掛けない限り、しばらくは平和が続くでしょう」
鑑連に対している時とはやや印象が異なる。立花山城を擁する糟屋郡について己が一番熟知している、という自信が見えるのだ。隠れていない。確かに鑑連が評価する通り、宗像勢との野戦はこの若武者が一人で平らげたようなものだった。
それにしてもさりげなく幹部連に席を連ねている薦野の如才なさは、これまでの戸次家には無い性格だった。内田がややイライラしている様子だ。
「では窮状にあるということだ。窮状を打開するため、暗殺を選択する可能性は?」
薦野はやや呆れた顔で、だが丁寧に述べる。
「ありえません。すでに、大宮司氏貞殿は臼杵様の娘を正室にお迎えされています。仮に妹に命じて殿を害したとして、関係はそれだけではありません。無意味な行為で国力を損なうようなことは避けるのではありませんか」
「ではなぜ、大宮司の妹御が殿の奥に入られたのだ」
内田はそこまでの事情は知らされていないようだ。そしてこの会合は情報と意志の統一にある。もう良いか、と備中。
「それは殿が望まれたからでしょう」
「殿が何を望まれたというのだ」
「この立花山城の主となることを、です。殿は早速、隣接する宗像家に楔を打ち込んだのです。誰が殿の地位に文句をつけることができるでしょうか」
我ながら良い言葉だ、と自賛する備中。他の幹部連も納得したのか、それ以上何も言わない。と思っていると、内田が不満そうな顔をしている。その意味するところは、古参のくせにそちら側へ行くのか、というところだろうか。ではと備中、補足をして古参らしい姿勢を示す。
「そ、そろそろ殿は赤司城に残っている御台様を呼び寄せられるのでしょう。内田は何か聞いてる?」
「盆までには、と仰せだった」
これでこの話は終わりだろう。次いで、安芸勢の話になるが、今の時点では何も知りようがない。仕掛けるか、様子見か。仕掛けるなら門司をどう攻めるか、という前にもした内容に終始する。ここまで小野甥は発言をしていない。重要時とは思っていないのか、関心が無いのか。新参の薦野が活発なだけに、小野甥が目立っていない。
最後、吉弘の死後のことについて。この話題になるや、小野甥が初めて口を開いた。
「筑前入りが落ち着く頃には、殿は正式に老中を退かれます。これは他国を治める地位に就いた重臣の習いで、国家大友では必ずそうなります。その後継に、殿としては親しい方をご推挙されるはず」
「小野はそれが誰か、聞いているのか?」
「聞いてはおりませんが、思うに吉弘鎮信様であれば当家にとって最適でしょう」
「それはそうだが……」
「はい。今回の父君がご逝去。殿もそこまでは予測していないはずです」
「では殿の後任が決まるのはまだ先かな」
安穏な意見で場を落ち着かせた安東に内田が険しい顔で曰く、
「それよりも吉岡様はいかがです?引退すると聞いてもう二年経ちますが」
「と、殿が老中の地位にいるまま、退くことなどできないのでしょう」
「ははは、確かに」
どっと笑う一同。
「それはともかく、あの殿が側室を持つとは。意外だったな」
「どのような形であれな。だが、あの鎮信様だって側室を持っている」
「鎮信様の正室は臼杵様の娘だろう。側室でも持たねば息が詰まる」
「側室と言えば志賀様ですよ」
「親父?倅?」
「どちらもです」
改めて笑い合う安東と内田。薦野は微笑みを浮かべるが黙っている。小野甥も同様だ。ここはこれが下品で無い振る舞いなのだろう。備中もそれに倣った。どうも古参と新参で、波長が異なる。これが戦場でなら気にならないのだろうが、調子の合わない違和感に首をひねる森下備中、この解決案をあれこれ考えるのであった。
その後、筑後赤司城から、問註所午前が誾千代を連れ、立花山城へ入った。これで鑑連の本拠地の体制は整ったことになった。




