第25衝 闊歩の鑑連
府内。それは九州で最も奥行き深く幽玄なる国、と豊後人が確信している国の首府だ。だが、国主の代替り以降、既に三度戦場になっている。その全てに関係しているかもしれない主人鑑連が、愛刀千鳥を手に寝巻姿で夜の町に屹立している。
紅に染まった夜空の下を、二人歩きはじめる戸次主従。備中は、腕に自信のない文系武士の自分しか連れずに出歩くのはマズいんじゃないか、とハラハラする。
鑑連といえば、愛刀千鳥を抜刀もせず、激しく館が燃えているだろう方角を眺めていたかと思うと、くるりと逆の方角をみやる。現在の敵の動きと、それへの対抗策、あるいは増援の兆しを調べているのだろうか。
「遅い」
ふと、鑑連が呟いた。
遅い……何がだろうか。救援か、敵の増援か、それとも何かの連絡か。
次第に腕を組み、踵を鳴らしてイライラし始める鑑連。主人の気まぐれな不機嫌に付き合いたくない備中だが、幸い無理難題は飛んでこない。数えきれない程に踵を鳴らした後、鑑連は無言で邸宅に戻った。急ぎ後を追って備中も門に入ると、邸宅周りには異常なし、と由布が鑑連に報告をしていた。
「うん、ご苦労」
ああ、私もその言葉が欲しいんですよ、殿……とぼにゃりと遠い目をする備中。無事に邸に帰れた。とりあえず一つの危機は何事も無く去った。
今、府内は戦場となっている。それは間違いなく、義鎮公の館付近、激しい戦闘が繰り広げられている。空気の痺れからも確実だ。なのに、主人鑑連は動かない。
「どういうことか」
そう詰め寄ってくる内田に、ワカらんとしか言えない備中。戸次叔父、戸次弟からも外で何をしてきたか諮問を受けるが、答えようがない。一同が頭を悩ませていると急に襖が開いた。
「出陣だ」
「はっ!」
ようやく来た、と良く揃った返答を為す一同。が、鑑連は部隊を二つに分けると言う。
「直接に義鎮公の館へ向かう隊と、府内を巡って、つまり遠回りして反対側に出る隊とだ。この隊は由布が指揮を執る」
「御一門衆は?」
「ワシと一緒だ」
「館の警備は?」
「すでに老中らの館は燃えている、だろう。この後に及んで戸次邸を警備しても意味がない。よってナシだ。火の粉が飛んで燃えて来たとしても、それは後日義鎮公に補償してもらうとしよう」
とんでもない放言、言いも言ったり無責任に絶句する一同。下手すれば自分達の財産が燃えてしまうではないか。が、反論を許さない鑑連だ。
「出るぞ」
出撃後も、しきりに背後を気にする様子の主人鑑連。何か敵追撃の知らせでもあるのだろうか。鑑連が背後を気にしていることは将兵らにも伝わり、直ちに敵へ猛攻を仕掛けるというわけにも行かない。そんな主人の散漫なザマを、なにやらワクワクしながら眺める備中、
「ついに悪鬼撹乱の日が来たのかな」
イマイチ乗らない戸次隊。業を煮やした戸次弟が前線まで走り叫ぶ。
「何をしている!叛徒は目の前!気合い入れろ!」
すると鑑連、弟の鼓舞に小さく舌打ちをする。
備中は考える。これはどういう事だろう。鑑連は敵を痛打する事を望んでいない。大友家の首脳らが危機に陥ってこそ、機が熟したと見なすのか。戸次叔父が鑑連の様子をチラリと見て、ボソボソと何やらを呟いた。それは風に乗り備中の耳に届き、
「フン、何ともしまらぬ戦いぶりだ」
との事。ああ、ここまで全部聞こえています。と言うことは、位置的に殿の耳にも聞こえているのです、と嘆く備中であった。
しばらく緩慢な戦いが続いた後、由布の分隊が敵の側面に出た。挟み撃ちの態勢となり、敵の本庄隊、中村隊は退路を失い、見ていて気の毒になるほど大きく動揺した。
内田が小走りにやって来る。由布指揮の分隊では目立った仕事も無くヒマなのだろうか、と意地悪い視線を内田に投げかける備中。一瞬、目が合い、バツが悪そうに目を背けて鑑連へ報告する。
「大回りに移動して敵側面を突く事に成功しました!」
が、鑑連はそれに関心薄そうに尋ねる。
「他家の動きはどうだった」
「はっ!どの方々の邸宅も門を閉じ兵を固め、出撃の気配はありません!」
すると鑑連、やや狼狽して、
「あー、佐伯邸はどうだったかな」
「はっ、佐伯紀伊守様とは由布様がお話をされていました」
「佐伯は何と言っていた」
「出撃の支度が整い次第、我らが通りし道から打って出るとの事!」
それを聞いた鑑連は腕を組んで思案をはじめてしまう。
「うーむ、佐伯……あれにワシを出し抜く頭はないだろ。なら……決まり……だ……な!」
顔を上げた鑑連には、いつかその背中に感じた気が漂っていた。逡巡を振り払い、決断がついた様子で、備中は、案外速かったな、と感心する事しきり。
「聞け者共。これより側面から佐伯隊が増援に来る。それまでに挟撃した前面の敵を撃破するぞ。気合いを入れろ!兜の緒を締めなおせ!槍刀振るうのだ!では、叛逆者を皆殺しにせよ!」
戸次隊に緊張が漏れなく走った刹那、瞬く間に改まった半端でしまらぬ戦いぶり。由布、戸次叔父、戸次弟、内田と言った侍大将たちは、次いで鑑連が放った言葉、
「許しなく退く者、これを許さず!」
を聞くに及び前進以外の選択肢が無くなってしまっていた。敵を撃破しつつ、戸次隊は燃え壊れゆく町並みを驀進していった。
率いる隊も無く、伝令係として侍る備中だが、鑑連の指揮ぶりを見てさすがに称賛せずにはいられない。鑑連の表情は、圧倒的勝利の予感に紅潮していた。




