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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
元亀年間(〜1573)
259/505

第258衝 弔問の鑑連

 夏、立花山城に重大な知らせが飛び込んできた。城の広間に情報を持ち込んできたのは、宗像領境で活動中の薦野である。


「申し上げます!安芸の統領毛利元就、先日この世を去ったとのことです!」

「なに」


 優雅に小筒を整備中の鑑連も、さすがに手を止める。


「確実な情報か」

「はい!」


 一大事である。由布、安東、内田、小野甥、備中、皆が鑑連に向き直り、意見具申を行う。


「家督相続を廻り、安芸で内乱となるやもしれません」

「あるいはこの筑前を含む隣国でも異変が起こるやも。何か備えねばなりますまい」

「……備えか。安芸勢との休戦は、どちらも破らないという形で生きている。備えるとすれば、安芸勢が休戦を破ることに対して、となる」

「では、門司の領域まで兵を進めてはいかがでしょうか」


 好戦的な意見を前に小野甥は黙っている。この颯爽とした武者に意見が無いということはあり得ない。つまり積極策に同意していないということだ。備中も様子見で黙っていることにする。


「……吉弘様が亡くなられたばかりで我らも兵数を揃えるのに手間取るかもしれない」

「なんの。一気呵成に攻めれば抜けるはず!安芸勢は毛利元就一人で持っていたようなものではありませんか。それに安芸勢は出雲に出兵中。こ、これは絶好の好機!」


 鼻息荒く嬉し気に立ち上がる内田。若いなあ、と思いつつ、ある事に思いが至り、備中はその口を開いていた。


「こ、小倉には高橋殿がおります」


 門司の出城には、あの高橋鑑種が居る。彼は毛利元就には恩がある故、死に物狂いで立ちはだかるに違いない。幸いにも、広間の全員がそのことに思いを致したようだ。備中、自身の存念を続けて述べて曰く、


「そ、それより誰かを弔問に向かわせるというのは……」

「何」

「つい先ごろまで最も危険な敵の総大将だった男だぞ、祝杯をあげても良い程なのに、弔問とは」


 小野甥の態度からも好戦策に危惧を感じたため、備中は対案を出したが、内田や安東は手厳しい。小野甥と薦野は黙っている。これに対し鑑連が意見を述べた。


「先を見越した弔問については、田原民部が手配をしているだろうよ」


 主人のこの発言に満足できなかった備中。存念がいまいち伝わっていない様子、と備中は鑑連をジッと見ては目を反らす、という合図を繰り返してみる。筑前に勢力を扶植する、ということは外交的にも独自の采配を用意しておかねば覚束無いのでは、ということだ。すると、


「まあ、弔問か。誰が適任かな」

「え!」


 驚く内田と安東を尻目に考え始めた鑑連。幸いにも、合図は届いたようだった。備中は名案を思い付く。


「殿は最近、博多の町年寄を服従させました。あの人物はいかがですか」


 ここで初めて小野甥が発言する。


「それは悪手です。本国が知った時、悪しき意図を勘繰られるかもしれません」

「あ……」


 なるほど、確かにその通りである。自身の軽薄を反省する備中だが、鑑連は気にしてはいないようだ。そして、何故か嗤いだした。


「クックックッ!小原遠江、立花、高橋と他国勤めが如何に危険か、国家大友で知らぬ者はいないだろう!」

「私は弔問は良い手段だと考えます。国家大友の度量を示すことにもなりますし、外聞も良い。よってその役目を行うにしても、誰が適任か」


 幹部連を見回す鑑連。すると、互いの顔を四望する幹部連。鑑連の表情に変化はない。あまり気は進まない様子だが、


「恐れながら申し上げます。宗像氏貞殿に命じてはいかがですか」


と若い薦野が提案をする。


「宗像勢が大友方の一員としての地位は固いのだ、と示す好機です。最も、義鎮公の名代としての戸次伯耆守の代理、という形が限界になります」

「ふむ、ふむ」


 鑑連が二回頷く。所作が何やら優しげだ。この筑前土着の武将、鑑連に大変重宝されている。これに負けてはならじ、と備中さらに一歩前に出て曰く、


「大宮司殿の妹御との婚姻も目前です。この和睦を台無しにしないためにも、先方は承知するしかないと思います」

「よし。そうするか。では増時、手配を頼む」

「はっ!では!」


 思わず口がカコと開いた備中。鑑連は、内田は内田と呼ぶし、安東は安東と呼ぶ。小野甥は甥をとる。それが薦野に対して、諱で呼びかけた。この厚遇ぶりは尋常ならざるものがあると言わざるを得ない。備中、内田を見ると、嫉妬で顔が固まっていた。


薦野が退出すると、鑑連は満足気に鼻を鳴らして曰く、


「あれは得難いな。良い拾いものをした。戦も勁く、頭も回る。おい備中」

「はっ?はっ!」

「先の博多でも貴様の腑抜けぶりを嘆かわしく思っていた。剣術の腕を磨かない貴様と薦野の役目を変える理由は十分ではないかね?」

「あ、あの、その」


 言葉が出てこない備中。近習の中では最も鑑連に呼ばれる事が多いと自負しているが、それが無くなれば嬉しい反面、寂しくなるのではないか。ここで内田が備中を擁護する。


「殿、備中には私が稽古をつけることもあります。たまに」

「上達の程は?」

「……」


 あっさり沈黙する内田。それを見て笑う備中。


「思えば内田も備中も四十路を超えているな。早期引退して、倅共に替えてみるか?」

「と、殿!」


 どうぞお許しを、と哀願する様子の内田。一方、故郷の長男を思い出してそれも良いかな、と思わないでもない備中。この微妙な空気を、小野甥が和らげてくれる。


「殿、由布殿や安東殿も、後継者たる男子が育っておりますよ。みな、若返りを策すので?」


 鼻で笑う鑑連。


「今すぐとはいかんがな。故郷の所領のこともあるだろう」

「では、早めにこの筑前に呼び寄せ、その生活を保障するべきでしょう。でなければ、義鎮公に青田刈りされてしまうかもしれません」


 さすが、義鎮公の元近習はその提案もシビれるほどの出色さ。


「確かにな。その辺りの整理、都合をつけておけ」

「すでに粗方ついています」

「ほう……ではこれから聞かせてもらうとしようか」

「はっ」


 さすがに人事情報は機密中の機密である。鑑連は小野甥を連れて別室へ移動してしまった。後に残されし、安東、内田、備中はぼんやりと空中を見つめている。


「戦場が恋しいなあ」

「安東様……」

「備中、この空しい気持ちがワカるか。貴様が殿と秘密の打ち合わせをしている間、我ら一様にこんな気持ちに苛んでいたのだぞ」

「な、なるほど」


 確かに良くワカる。鑑連が優秀な若者を重用することで、古参の自分たちが軽く見られてしまうことを恐れているのではない。それより、自分たちの才能が時代遅れになっているのではないか、というより根源的な恐れが、武に自信たっぷりの安東と内田の脳裏に浮かんでいるのだろう。だが、備中の戦場は頭脳とゴマすりでもある。その恐れが、我が事のものとまでは至らないのだ。


「ま、毛利元就が死んで、安芸勢に内乱が起こらんとも言えんだろう。せいぜい手慣れた刀を磨いておくことにしよう」

「私は早速倅を本国から呼び寄せることにします。鍛えて、鍛えて、殿の覚えを良くしないと」


 人それぞれの対応である。


「備中、お前は?」

「わ、私?そ、そうね……」


 息子の顔を思い浮かべるが、どうも今の状況に相応しくないようだ。それよりもまだ筑後にて待機している誾千代の笑顔が頭を過る。この子の婚姻を斡旋する方が、主人の望みに叶うのではないか、という気がする。


 最もそれは口に出せる類の話ではない。不器用な備中には笑って誤魔化すしかないのであった。

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