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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
元亀年間(〜1573)
257/505

第256衝 追惜の鑑連

 吉弘の逝去に伴い、その亡骸は火葬され、嫡男鎮信に伴われ故郷の豊後都甲(現豊後高田市)へ帰還した。その葬儀に出席するため、鑑連は内田を伴い不在にしている。


 その間にも、立花山城にはどんどん情報が入ってくる。曰く、義鎮公を筆頭に大友家の人々が悲嘆に暮れていること、吉弘家の所領がある国東郡のみならず数多くの地から葬儀へ出席する者がいること、吉利支丹の僧が加持祈祷を繰り返していたが効果がなかったこと


 さらにより下世話な話も入ってくる。曰く、義鎮公の近習筆頭格であった吉弘が死んだ事で、近習衆の間で熾烈な鍔迫り合いが行われていること。義鎮公は、自身の姉でもあり、未亡人となった吉弘の御台へ尼僧となることを命じたこと。相続に関する全ての事務を一身に背負う吉弘嫡男が日々欝々としていること、等々。


「下司だなあ、この仕事」


 しかし、嫌悪感を覚えながらも止める訳にはいかない。すべての情報収集は自身の仕事なのだから。そのうち、吉弘の死によって筑前筑後の諸将の動向に影響はなし、という前向きな情報も入ってくる。これなら鑑連が価値ありと認めるだろう。表向き通りに、吉弘次男が立場を弁えた姿勢を維持し続けている以上、という補足付きで。



 立花山の山桜が散り切る頃、鑑連主従が帰還した。


「殿、おかえりなさい」

「吉弘の所領はクソ田舎だったよ」

「あ、あの博多に比べて、でしょうか」

「なわけあるか。藤北に比べてもだ」

「は、はっ!」


 佞臣備中とりあえず敬礼しておく。すると珍しいことに、鑑連の感想は続く。


「多くの子孫に悼まれて、身代を豊かにして引き継いで、まあ不満の無い生涯だったのではないか」

「……はい」


 しみじみたる鑑連の表情だ。いつもより翳が深く見え、渋い。軍事的な相性は一致せずとも、吉弘が調和を重んずる良い性質の持ち主であったことを認めるのは吝かではないのだろう。顔面を蹴り上げた事や圧迫がその寿命を削っていたのだとしても。


 思うところあって、それ以上の発言を控えた森下備中。秋月攻め、門司合戦、そして佐嘉攻めでの吉弘の姿を良く思い出す。すると、主人鑑連ほど電撃的な武将ではなかったが、手堅く真面目な用兵が特徴の良将だったのではないか、との思いが募るのだ。功績はあった。なのに吉弘の死からこの日までの出来事に思いを致してみると、人が死んでも後に残った連中はめいめい無神経な振る舞いに専念している。死者の徳を慰めるものは残された家族たちしかいないのだ、と痛感する。自分自身はともかく、鑑連とてそうなるのだろうか。


 鑑連も思うところがあったのか、備中の心中を察してくれたのか、それ以上何も言及することはなかった……はずもなく、曰く、


「鎮信はまだ若い。忍耐を旨とした人格で親父の域に到達するにはまだかかるだろう。つまり、これで大友家臣団の力関係が微妙に変化する可能性がある」


 権謀の話になる。主人鑑連も備中に嫌悪感を与えてくる一人であった。ワカりきっていたことではあったが。不快をおくびにも出さず、備中はこれまで上がってきた情報を報告する。


「まず、吉弘様の生前の地位を誰が襲うか、というげれつ……し、失礼しました、えー噂があります。現在最有力なのは田北刑部様ということです」

「あの無鉄砲者か。家柄はともかく、人格に難ありだ。年もまだガキもいいとこ。吉弘と同じことはできまい。ヤツなら当然、軋轢を生む」

「当初は鎮信様、という当てずっぽう的な情報もありましたが……」

「取引だからな。ヤツにはワシの後の老中の地位を与える」

「本貫地の引き締めと、臼杵での仕事と、両輪はさぞ大変でしょう」

「田原民部の話では、遙任を認めることになる、ということだ」


 意外な思いの備中。


「た、田原民部様もご列席をされていたのですね」

「奴も老中筆頭として、吉弘家とは上手くやっていかねばならんだろうからな。前任の吉岡がそうしていたように」


 備中はそれよりも、鑑連と会話を交わしたことに感慨深くなる。


「お、それながら。田原民部様は他に何かは……」

「何かとはなんだ」

「あ、いえ、その。殿の此度の立花山入城についてなど……」

「何も無い。ただ事情は全て承知している、という面だったな。大方、吉岡ジジイから聞いているんだろ」


 この分だと、鑑連の吉岡への嫌悪は田原民部へ継承されてしまいそうである。備中は鑑連と吉弘家の友誼達成を自身の密かな功績と認識していた。次は、鑑連と田原民部のそれが重要なのかもしれない。


「いや、一つあったな」

「おお」

「博多の何とかという町年寄から義鎮好みの茶器を譲り受ける、という下らない話だ。鎮信が交渉中のようだが成果は芳しくなかったらしい。博多の町を引き締め直す際に思い出して欲しい、とさ。生意気な」

「そ、その茶器は義鎮公へ献上する、という」

「だろうな」


 主人鑑連は茶の湯の道具に関心がまるでない。みすぼらしい器に大枚はたく流行は悪習だと、謹厳実直を自認する備中は確信していたので、


「博多衆に対する交渉材料にはもってこいですね」

「うむ」


という会話の運びになる。


「こ、この仕事を引き継げば、吉弘様への顔立てにもなりはいたしませんか」


 それを聞いた鑑連、少し真面目な顔になる。備中の見立てにおいて、鑑連は親子の情を蔑ろにはしない。吉弘親子の事を想えばこそ、首を縦に振るはずだ。分析に違わず、


「では明日、博多に行こう」

「お疲れではありませんか?」

「いらぬ世話だ」


 筑前・立花山城から豊後・都甲谷まで往復で六十里を超える距離だ。僅か数日でこなしてきた鑑連の体力に恐れ入る備中である。


「で、では、急ぎ段取りをつけますので」

「不要だ。こちらから急に出向いてやるのだ。あの者ども。安芸勢襲来時に随分と都合の良い振る舞いをしていたこと、ワシは忘れてはおらんぞ」

「た、たしかにそれは……」

「早朝、貴様と内田のみ連れて行く。内田に用意をせよと言っておけ。ワシはもう休む」


 そう告げた主人鑑連、まだ女の匂いが欠けた奥へ去っていった。同僚思いの備中は急ぎ内田へ要件を伝える。旅支度を片付けて戻ってきたばかりの内田であったがお供を心底喜んでいるようで、


「まあ備中が護衛の役には立たない以上、私が行くしかあるまい」


と云々頷いて頬染める。お互いいい歳になってきたが、内田の忠なる幼げに愛らしさを感じる森下備中であった。

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