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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
元亀年間(〜1573)
256/505

第255衝 贏昇の鑑連

 元亀二年の春、戸次鑑連は筑後赤司城から、筑前立花山城へ移る。通常の進軍であれば三日の距離だが、多くの荷がある。ゆっくりと時間を費やし、東の秋月領や西の筑紫領を睨み付けて進む。途中、鑑連は筑前・岩屋城の吉弘次男を訪ねた。


「親父の具合は」

「卒倒してから一進一退です」

「そうか」

「父と兄が、戸次様より良き茶を頂いた、と喜んでおりました。誠にありがとうございます」


 吉弘次男の淡然たる態度は、聞く者を安心させる。鑑連が、佐嘉攻めにおいて忠実かつ確実な仕事をしたこの若者を買っているのは間違いないところだ。


「東の動向は」

「秋月種実は野心的です。時折、秋月武者が出没することもあります。機会を突くだけでなく、自分自身で作ることすら躊躇わない様子です」

「西は」

「筑紫勢は」

「先の戦いでの大敗が利いています。今は家勢を取り戻すためにも我らに従うこと、決めているようです」

「新しい家督は女を通してそなたの義理の兄弟でもある。付き合いは?」

「素直です」

「秋月はともかく、筑紫は家督がまだ若い。成長した後もワシらに従うかはワカらん。異変があればすぐに連絡せよ」

「はっ」


 父が病に伏し、その父に付き添う兄がいずれ本国へ戻る以上、筑前における吉弘一門の繁栄はこの次男にかかっているが、高橋家家督としての在筑である。それも容易ではないのだろう。



「備中、どう思う」

「はっ。このような時でも、相変わらずの高橋様で」

「他には」

「ご家中から、吉弘家のご家来が少なくなったように思えました」

「高橋は吉弘家から離れるか?」

「そ、それはどうでしょうか」

「高橋家臣団も今は大人しくしているが、許された連中であるということを忘れてはいかん。よって吉弘家から離れた場合、ワシが鎮理を傘下に収めようと考えている」

「そ、それはまた……」

「どうするのが最適と思うか」


 備中が考える近道は一つしかない。


「ぎ、誾千代様を」

「鎮理の倅にか。年の差は一つか二つだったな」

「は、はい」

「ふむ」


 顎を撫でた鑑連。ニヤリと笑って曰く、


「考えておこう」


 鑑連はそう言っても、相手が承知しなければ動かぬ話のはず。それを心配する備中の気配を察したらしい鑑連は、


「ワシがそれを求めれば、拒否権など無いのだ」

「……」

「クックックッ!」



 一行は立花山城に入った。吉弘家の重臣だろう、すでに迎えに出てきている。


「戸次様。主君鎮信不在のため誠に恐れなが」

「ワカっておる」

「ははっ!」

「うん、これは見事な山だ。格好の位置だ。クックックッ」


 鑑連は見るからに浮かれている。動きがどことなくぎこちない。目も泳いでおり、拙い振る舞いで備中へ命令を出す。


「備中、引っ越しの割り付けや振り替えについて、滞りなく打ち合わせろ。ワシは山を廻る」

「と、殿、打ち合わせはすでに完了しております」

「なんだと?誰が済ませたんだ」

「お、小野様が」

「小野はどこだ」

「さ、さあ……?」


 なにやら宙を睨んでいる鑑連。まずい、この緊張を追いかけねば後が怖い。


「いやその、あ、あとは方々搬入するのみなので、と、殿はどうぞごゆるりと」

「クックックッ!」

「ははは……」


 一人去っていく鑑連を動悸激しく見送る備中ら幹部連と吉弘武士衆。嗤い声が遠のいて行くと、恐る恐る吉弘武士が声をかけてくる。


「奥の方々のご到着は、万事落ち着いた後、後日で間違いはありませんね?」

「あ、はい」

「ではどうぞ、ご案内いたします」


 鑑連の奇矯はともかく、吉弘武士らが戸次武士へ親切に接してくれたことは有難い備中であった。戸次家と吉弘家の親睦を主張してきたことから、この好待遇が備中への評価に繋がったからだ。城主交代に付きものの感情的な衝突が無いということは、吉弘嫡男が配慮が忍ばれる。


 備中、立花山城に登り、景色を振り返る。夕陽に空が染まり、海の中道と志賀島が映える。博多の湾に目を凝らせば、野鳥の群れが北に飛んでいく。その下には博多の町も。この城の主になったということは、あの豊かな博多を掌握したということになる。例え今、焼け野原が広がっているとはいえ。


 さらによく見れば、吉弘嫡男が先鞭をつけていたのだろう、町の復興は始まっている。博多の町が今後どうなるかは、鑑連の統治次第にかかっているのだろう。遠からず町の有力者へ会いに行くことになる。その時に恥をかかないよう、博多にまつわる知識を仕入れておかねば、と地平線の下に沈む夕陽へ宣誓する森下備中であった。



 鑑連の立花山城入城の後、吉弘鑑理の死の知らせが豊後臼杵より発表された。

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