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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
元亀年間(〜1573)
255/505

第254衝 外廉の鑑連

「鑑理」

「こ、これは戸次殿」

「何を寝ている。臼杵鵺鳥の毒気に当てられたか」


 悪態を吐く鑑連に対して、苦笑を持っていなす病床の吉弘。羽織を重ね着しており、具合は相当悪そうだ。


「いや、まあ。戦い尽くしの十数年、遂に限界が来たのかもしれません」

「ワシを見ろ。全然何ともない」

「ははは……私とは作りが違うのでしょう」

「佐嘉攻めの後から不調だと聞いたが」

「それでもどうにか小康ではあったのです。気を失ったのは先日が初めてのことです」


 鑑連と吉弘嫡男の後ろで片膝付く備中、視線を少し上げてみる。吉弘の顔色はすこぶる悪い。目は窪み、光を失っているし、皮膚は灰色で水気を失っている。温泉療養は上手くいっていないのだろうか。鑑連の後ろでは、吉弘嫡男がそわそわしている。病身の父が鑑連の苛烈に晒されることを案じているのだろう。一方の鑑連は変化なし。それどころか本題に次ぐ話に切り込んでいく。


「倅に代わり、ワシが立花山城に入ることになった」


 傍で聞いていてもドキリとするが、吉弘は深々と頭を下げる。


「存じております。鎮信を老中にご推挙頂いたことも」


 吉弘親子間に秘密は無い様子だ。頷いた鑑連、


「よってワシが筑前に入る以上、これまでの方針を一新することになる」

「臼杵殿のご政道をですか」

「奴は成果が出せなかったのだ。文句は言わせん」

「そう……ですか」


 口よどんだ吉弘は、佐嘉の陣における鑑連と臼杵弟の対決を見ている。そのため、もはや鑑連に苦言を呈したりはしない。鑑連と臼杵弟の対決について、知る者にとってはすでに勝負がついているのだ。だが、備中には、吉弘は言いたいことが無くはないようにも見えた。鑑連も同じく視たようだが、その間合いの詰め方は鑑連流である。


「やはり、臼杵鵺鳥の邪悪は養生の敵だ。耳を塞ぎ、領地へ戻ることを大切にするとよい」


 鵺鳥の件に苦々しく笑う吉弘。


「私が去った後、鵺鳥をどう遇するのですか」

「筑前からは出て行ってもらう」

「その息のかかった者どもも、この筑前に数多くおりますし、怡土・志摩の臼杵勢は簡単には出ていかんでしょう」

「だろうな。で、心配かね」

「すこぶる」

「どのへんが」

「かつて京の都を跳梁跋扈した鵺鳥を討ったのは源頼政公。その末路は哀れでした」


 下手な戦争一筋の吉弘にしては妙に学があるな、と感心する備中、


「意外に学があるな」


 ふふんと鼻を鳴らした主人の感想に、備中心の中で手を叩く。


「その意味するところは、鵺鳥を討つ者も滅びる、ということ。私の心配はそれに尽きます」


 腕を組んで少し考えた鑑連。


「狡兎死して良狗烹らるという世に隠れなき名言を知ってるか」

「韓信の名言ですね。彼もまた哀れな末路を」

「最初に言ったのは范蠡だがね。こちらの末路は悠々自適もいいとこだ。ワシならどちらになると思うかね?」


 吉弘は直答を避けて曰く、


「肥前での無様な敗北から筑前筑後を守るために、国家大友はどうしてもあなたの存在が欠かせない。しかし危機が去った後、どうします」

「ワシが義鎮に消されると?」

「国家大友に」

「それも懸念している、ということか」

「あるいはその時に、鎮信が戸次殿との対立の矢面に立つやも」

「え!」


 鑑連、首を大きく曲げて、一驚した吉弘嫡男を見る。そして、口を半円に開けて嗤う。


「いつでも相手になってやるぞ」

「め、滅相もありません」

「その言い訳、ウチの下郎に似てきたな」


 その場の全員が自分を振り返ったため、思わず首をすくめ目を伏せる備中。


「戸次殿」


 居住まいを正す吉弘。刹那、眉目秀麗ではなく魁夷に近いその風貌が輝いた。


「どうぞ倅を頼みます」

「何のつもりだ」

「倅の将来を、戸次殿にお願いしたいのです」

「何故」

「倅は私より、貴方に近い」

「軍配はそうだな」


 苦笑する吉弘。これは素直に認めているようだ。


「血筋に思いを致してもらいたい。倅にとって義鎮公は伯父上に当たります。宗家ともよほど近いのです。いずれ必ず国家大友の重鎮となります」

「よほどの間抜けでなければな」

「そして倅は戸次殿を尊敬している。きっと、筑前と豊後良く結んでくれるはずです」

「ワシよりも若輩者の貴様が長生きすれば、全く問題のない話だ」

「残念ながら、それは叶いません」


 吉弘は落ち着いて、穏やかにそう述べた。すでに死を覚悟している静けさが漂っている。そんな吉弘へ、鑑連は場違いな質問を投げかける。


「熱や下痢はあるか」

「いえ」

「腸満は」

「ございません」

「飯は喉を通るか」

「あいにくと」

「湯は」

「戸次殿のご好意を頂戴しています」


 鑑連は手に持っていた袋を吉弘の脇に置いた。


「茶だ。体に良い効果もあるらしい。ワシはやらんがね」

「これは、ありがとうございます。茶の道は、倅が多少の心得を持っております」

「戸次様、何とお礼を申し上げればよいか」


 感激して片膝付く吉弘嫡男へ、鑑連は抑揚なく話しかける。


「立花山のことはワシに任せろ。もう話は済んでいることでもある。精々親孝行することだ」

「はい……」


 鑑連は立ち上がり、簡素な別れを告げる。


「ワシからも義鎮に使者を送る。良い医者を送ってくるかもしれん。例えばあの南蛮の僧とかな」


 短い時間だが、これで見舞いは終わりのようだった。退出する鑑連主従を見送る吉弘嫡男。出口まで来て鑑連に述べる。


「本日は誠にありがとうございました。父は、戸次様に伝えねばならないことを、今日伝えることができたと思います」

「思えば」


 鑑連は遠い目をして空を眺める。


「同僚の死に目にて、語り合えたのは初めてかもしれん。一万田兄弟、小原遠江、本庄、中村、臼杵の兄貴、田北の兄貴、親貞と、みな急に死んでいた」

「はい」


 鑑連が死へ誘った者も混じっていたが、素直に返事を返しておく備中。


 ただ備中の目から見ても、吉弘の恢復は望み薄である。吉弘嫡男はもう覚悟しているのだろう。鑑連、重ねて曰く、


「立花山城は任せろ。何も心配することはない」

「はい」

「近日中には赤司城から越す。次は立花山城で会おう」


 鑑連と備中は筑後へ戻る道すがら、多くを語らなかった。懸命に同じ時代を生きた人間が、この世を去ろうとしている。言葉は不要であった。

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