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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
元亀年間(〜1573)
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第249衝 驍果の鑑連

「……あの若者なら、殿の助けになるだろう」

「私もそう思います。さすがは殿ですな」


 談笑する由布と安東。これに危機感を覚えるは近習衆。備中の側に内田が近づいて来て曰く、


「おい備……」

「小野様のこと?」

「……」


 悔しげに去って行く内田を眺めて、思えば内田に負けなくなってきた、と心落ち着かせる備中であった。



 秋のとある日、


「立花山城を取る」


と鑑連は幹部連へ話した。皆、困惑するしかない。今、あの城には吉弘嫡男が入っている。が、それは織り込み済みなのだろう。こんな時、諌止の口火を切れた戸次叔父の他界が悔やまれる一同。が、鑑連、


「備中、ワシに阿るつもりか?」

「え?」

「あの城には鎮信がいるのに、どうやってそれを、とワシに諫言しない貴様は、阿諛追従の徒ということになる」

「し、失礼いたしました」

「小野はワシに諫言したのだがね」


 この発言に最も傷ついたのは内田だったが、それも織り込み済みなのかも、と備中、少し愉快になってくる。そこで、


「その小野様が筑前に行ってらっしゃいます。段取り済みなのだと思っていました」

「どんな?」

「……」


 今のゴマスリでは鑑連は満足しなかったようだ。頭を全回転させるしかない備中、意外にも瞬時に言葉が生まれ出た。


「と、殿が、た、立花山城を得るについて、鎮信様はきっと不満を漏らさないでしょう」

「そうか?担当する城を取られるのだ。しかも、立花山城にはもれなく博多の町が付いてくる。下司な旨味もあるだろうに。普通なら抵抗するだろう」

「鎮信様と殿のご関係なら心配はご無用かと」

「まあいい、それで?」

「は、はい。とは言えあの城の管轄権を得るには御老中衆が納得しなければなりません。納得させるには、功績が必要です。その……なんというか、生贄と言いますか、む、む」


 鉄扇をピシャリと鳴らす鑑連。


「はっきり言え」

「宗像大宮司様に仕掛けます!」


 うん、と由布が静かに頷いたのが言えた備中、これに自信を得た、


「と、とは言え安芸勢、佐嘉勢と和睦した今、戦争はできません」

「うむ」


 今度は安東が頷いてくれた。この考え、これなら問題無いだろう。と思っていると、内田が突っかかってくる。


「宗像様を脅して軍門に降れ、と言うのか」

「う、うん」

「そう容易く行くだろうか?」

「でも、西も東も和平でガチガチな今、宗像領になら仕掛けやすいし、立花山城に近いし……」

「それより、秋月家だよ。連中をあの山から引きずりおろした方が、よほど役に立つのではないか?」

「ほう、内田、聞こうか」

「はっ!」


 関心を示した鑑連へ、ノリノリの内田、居住まいを正して曰く、


「宗像勢へは、すでに薦野隊が幾度も攻撃を仕掛け、実質的に我が陣営に組み込まれています。交渉でこれを手にしたとて、訴求力に欠けます。しかし、秋月勢を駆逐すれば、功績は大きなものになります。その功績を持ってこそ、立花山城を得ることができるのではありますまいか」


 安東が質問する。


「しかし、秋月を攻めれば和平を破ることになる」


 内田は強きに反論する。


「前の和睦も、その前の和睦も安芸勢は破っています。我らが破ってはならぬということではありますまい」

「ま、それはそうだ」


 好戦的な安東は内田の案に乗り気のようだが、由布が警鐘を鳴らす。


「……横車を押す形になる。それで勝てれば良いが、勝ち切れなかった場合、相応の危険もあるだろう」


 由布であればこその窘め方に、内田も安東も言い返さない。が、鑑連曰く、


「何かを得るには、危険を覚悟せねばならん。その上で、宗像と秋月、どちらを天秤にかけるかだ。確かに、豊後の者なら遠い宗像より、要衝にあって目障り極まりない秋月を討った方が、より感激するには違いない」


 嬉しい顔で、平伏する内田。最近影が薄いので、主人に意見が肯定されて嬉しそうである。備中はどちらでも良かった。


「だがワシの腹は決まっている。小野の奴を筑前へ送ったのはその為の布石だ」


 なんだ、やはりそうなんだ、という空気が流れる。内田の提案も活かされんことを、と備中神仏に祈る。


「皆よく聞け。ワシはこれまでの功績に対して実に質素に振舞ってきた。臼杵を見ろ、本拠地に義鎮を迎えた上、筑前の志摩郡怡土郡に奴らは蔓延っている。 吉弘を見よ、家督を継がせるという離れ業で旧高橋領の多くを掌握した」


 全て義鎮公の寵愛の賜物でしょう、と言いたい備中。


「ワシなど質素なものさ。しかも領地は諸国に散らばっている。管理するのも楽ではない」

「……」

「備中貴様、今、義鎮の娘を大人しく娶っていれば良かったのに、と思ったな」

「え!」

「ワシにはワカるのだ」

「め、滅相もありません」

「まあ良い。ともかく、ワシにはあの城を手に入れる資格がある。周りがちんたらしているのであれば、自分で都合するまでだ」


 その宣言通り、鑑連は宗像大宮司家に対して容赦ない調略を開始する。同時に、本国豊後からの使者の到来も増えた。


 さらに安東も筑前へ向かったというが、


「兵を動かすのだろうか」

「いや、単身でだってさ」


 鑑連は備中にも全てを話してはくれていない。前に披露した内容を聞いて、話す必要が無い、と感じているのだろう、と備中は考えている。その内、内田も何処かへ外出して帰らない日が増えた。


「ま、まさか自分だけ除け者にされているとか……」


 今更それは無いだろう、と考える備中。自分を納得させながら業務処理に専念する日が続く。そして年が明け、元亀二年となる。新年の祝いは鑑連らしく質素に行われ、前年の同じ頃とは異なり、戦争の噂も聞かない。平和な日々が過ぎていく中で、ある時、備中は鑑連に呼ばれた。


「殿、お呼び頂き参りました」


 その場には旅装束の安東が居た。


「備中、久しぶりだな」

「安東様」

「殿のご指示で宗像領に行っていた。今し方帰ってきたところだ」


 安東が動くという事は純軍事的な活動なのだろうことを、備中が想像していると、


「今日は安東が土産を持って帰ってきた」

「お土産ですか」


 ワクワクする備中に、鑑連曰く、


「そこの桶だ」


 と指し示した先の庭に桶が置いてあった。今の季節なら酒だろうか。


「貴様にも見せてやるから備中、ワシの前に持って来い」

「あっ、ありがとうございます」


 庭に降りた備中。視界に、慌てる安東の姿が見えたので振り向くと、やはり慌てている。


「安東様?」

「いや備中、あのな」

「備中、早くしろ」

「はい、はい、ただ今」


 庭に降りて桶を持つと、ずっしりと重い。が、持てない程ではなく、どうやら酒でも無い様子だ。何かな、と想像を逞しくしながら、桶を運ぶと、安東が風呂敷を敷いた。彼は渋い顔をしているし、何やら嫌な汗をかいている。こちらを見ては何かを言いたげにするが、


「備中、その風呂敷の上へ」

「はい、ただ今、はい」


 桶を置く。鑑連続けて、


「開けて中の物を取り出せ」

「はい」


 蓋を取る。そして中に手を入れ、髻様な部分を持って掴み上げると、それは生首だった。


「ひぃ!」


 思わず悲鳴をあげる備中へ、鑑連は凝視を差してきた。血の糸引く生首を掴んだまま上手い具合に固まった備中が掴む代物を、鑑連は一瞥して、


「安東、良くやった」

「は、はぃ」


 苦渋感漂う安東の小さな声を聞こえる。広間には異臭が漂い始めている。異常な事態にあって体の麻痺が進行中の備中へ、


「備中、この者は亀山城主河津隆家という忠義者で、といっても宗像のガキにとってのだが、この度、薦野隊を引かせるに当たってこの者の首を要求したのだ」

「……」

「別にもう十数年前、この者に手こずった事を恨んでのことでは無い。ワシが立花山城を得るには、生贄が必要なのだ」

「……」

「理由はまあ、大体貴様の推理通りだがな。この首を足掛かりに、ワシは立花山城を得て見せるぞ!」


 雄弁な鑑連とは対照的に、備中は何も言わない。生首の感触と鑑連の凝視はどちらも衝撃的だった。備中はすでに立ったまま気を失ってしまっていた。

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