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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
元亀年間(〜1573)
249/505

第248衝 稀覯の鑑連

「仮に、我が叔父が斬った相手が影武者だった、としてみましょう。そして、命永らえた親貞公が人知れず隠棲していると、縁あって宗麟様の知られるところとなった、とします」

「誰が命拾いした親貞を、引き込んだかだ」

「国家大友と言う名の死地へ……」


 思わず呟いた備中の言葉を、両名とも気にしない。


「最初に見つけたのは田原民部様という話です。それを宗麟様に御報告したところ、一門として迎え直す、という話に至ったとのこと」

「ジジイと臼杵は?」

「その後、宗麟様からその話を告げられて、ご同意されています」

「なら決まりだ。同意したフリをして、端から親貞を始末するつもりでいたのだろうよ」

「……」

「極めて単純な話だ。人を殺すには、警戒されていないほうが殺りやすい。そんな時、最初は歓迎するもんだ」


 国家大友の暗部に触れ、気が滅入る備中。爽やか武士の小野甥は、悪の迸りに耐えられるのだろうか。


「臼杵様は、国家大友の利益を第一に考える方です」

「その割には、戦いで負けてばかりだがな。乱戦に紛れてワシを殺そうとするし」

「臼杵様はきっと、怒っているのですよ」

「何にだ」


 思わず備中、手を挙げる。


「あ、それならワカります。殿の勁さに、ですよね」

「はい」


 小野甥の頷きを受けた鑑連、やや嬉しげに胸の角度を反らせて曰く、


「それを言うならワシもだな。あの無能者の無能により、多くの者が死んだ」

「私は臼杵様の、戸次様への対応が良くなることを願っていましたし、そうなるよう振舞ってきたのです。残念ながら、全く無益だったようですが」

「そうだ。貴様どうしてくれる」


 鑑連は笑っている。この会話を楽しんでいるようだが、備中ここは小野甥を庇わねば、とまた手を挙げる。おずおずと。


「か、か、関係者の人格にそもそもの無理があったのでは……」

「なんだ備中、聞こえなかったぞ」

「い、いや、その……」

「今日はその責任を取りにきました」

「責任」


 思わず顔を見合わせた鑑連主従。鑑連は冗談半分で責任を問うただけだが、小野甥は本気のようだ。


「どのように?」

「戸次様を殿と致したく」

「え!」


 急な宣言に、備中どころか鑑連もおどろきとまどってしまう。それを見た小野甥は、


「戸次様を、殿と、致したく存じます」


 二回言った。聞き違いではないようだ。


「大友家はどうするのだ」

「暇乞いを」

「義鎮は承知せんぞ」

「いえ、もうしてきたのです」

「なんだと」


 また、思わず顔を見合わせた鑑連主従。


「ふ、不承知だったのでしょう」

「いいえ、承知して頂きました」

「まさか」


 信じ難い話だった。何と言おうが小野甥は異才の持ち主である。義鎮の近習衆の中でも、出色の存在だ。乞われた側も、簡単に承知できるものだろうか。鑑連は嗤う。


「何と言って、義鎮の首を縦に振らせた」

「親貞公の死について、責任を取る、と申し述べました」

「武士にとってのそれは、切腹以外無い」


 小野甥はニッコリと微笑んだ。


「腹を切ると申し上げました。が、臼杵様が止めて下さったのです」

「臼杵が?」


 またまた、思わず顔を見合わせた鑑連主従。


「あの方は、戸次様が思うほど、悪質な方ではありませんよ。国家大友への忠誠心厚く、道理も弁えていらっしゃいます。少々怒りっぽく、権謀に頼る悪癖があるだけです」

「それを悪質というのだ」


 鑑連は苦笑して返した。小野甥は続けて、軽い調子の諧謔を弄して曰く、


「腹を切ることを禁じられた私は、全ての禄を返上し浪人中、今は無禄渡世の身です」

「トカゲの尻尾切りを提供してやっておいて、良く言う。老中らは、館に貴様が来たときに、無下にはできなくなった」


 それを聞いた備中は、呆然と感心するしかない。こういう世渡りもあるのか、と。


「それよりも大切なことがあります。私は、安芸勢追撃の時に戸次様との賭けを行っています」

「そうだった。色々あって先延ばしになっていたがな」


 備中も思い出す。安芸勢追撃の折、立花山の西と東、どちらを進むべきか、という議論だった。この賭けは、結果的には鑑連が勝利している。


「あの時すでに、私は戸次様に破れています。本当ならもっと前に、申し上げるべきだったのです」

「貴様の以後の生涯は、ワシの下僕として終わる、そうだったな?」

「はい」

「備中の後輩としてワシに仕える、備中、そうだったな?」

「え!」


 鑑連はニヤニヤしている。


「この下郎の後輩だ。耐えられるか?」


 今度は備中が笑顔になる。だが爽やか武士は意に返さずして、


「望むところでございます」

「クックックッ」

「いかがでしょう」

「ワカった。だがワシは、貴様を譲ってくれ、などとは義鎮には言わんぞ。刀を捨てたのは義鎮だ。拾ったのはワシだ」

「恐れ入ります」


 この瞬間、戸次家に小野甥が加わった。


「では小野和泉守鎮幸」

「はっ、殿」

「ワシの役に立て」

「はっ」


 紆余曲折あったが、ついに小野が鑑連の傘下に収まった。今日という日は記録に値する日である。鑑連に才人がやってきた、これは主人の徳ゆえにかも、と喜びを噛みしめる備中であった。


「備中」

「……」

「おい、備中先生」

「えっ、あっ、はっ!」

「備中先生。小野に当家の武士の心構えを教えて差し上げてください」


 意地悪さ満点な、鑑連の言葉が飛んできた。たじろいだ備中。


「いや、その……」

「なんだ、先生」

「私が小野様へ教えることなど、何もないと思いますが……」

「そんなことありませんよ」


 鑑連の悪ノリに小野甥まで乗っかってきた。抗議の視線を込めて小野甥を見るが、彼の視線は爽やかだった。秋の陽光に照らされて、その男ぶりに磨きがかかっており、備中思わず仰け反ってしまう。祝福して曰く、


「あ、頭のどこかでこんな日が来るのでは、との予感もあったのです」


 備中は汗ばんだ手を袴でゴシゴシ吹いて、頭を下げた。


「よ、よろしくお願いします」

「はい、備中殿」


 優秀な後輩ができて嬉しさが大きい備中。早速仕事を共にしようと一歩前に出る備中だが、


「では小野。早速だが立花山の若造に会ってこい」

「殿。それは殿の名代として、ですね?」

「クックックッ、そうだ」

「承知いたしました。それでは」


 風の如く、小野甥は赤司城を出て行った。備中には、鑑連側近第一の自負が無いではなく、それが密かな誇りでもあった。が、


「まずい……」


 小野甥の戸次家転籍で、それが揺らぐのを感じざるを得ない。もっとも、それもまた、決して悪い気がするものではなかった。

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