第243衝 今山の鑑連
鑑連の声が活き活きとし始める一方、臼杵弟の目が座ってきたようだ。
「私が暗殺を命じられ、従ったと言うのか」
「ワシが言ったことが聞こえなかったか?もう一度言ってや」
「いや結構。これ以上の会話は無益である。そしてここは私の陣地。そなたはそなたの陣地へ戻られよ」
臼杵弟が殺気を放ち出している。文系武士の備中にも深刻なほど伝わっているが、これが秋月武士を斬殺したもう一つの一面なのだかもしれない。対する鑑連は一切怯んでいない。いるはずがない。
「クックックッ!」
攻撃的な嗤いを避けて退出しようとする臼杵弟を、継ぎ足で妨害する鑑連はやる気だ。備中の少し前に立つ吉弘の息遣いが荒くなっていた。
「何をする」
「夜須見山で死んでいった我が一門の仇を逃すわけにはいかん」
「何……」
その言葉に、臼杵弟は明らかに動揺していた。
「永禄十年のあの夏の夜を、ワシは生涯忘れん」
「何を言っている」
「貴様は忘れたのか?」
「何の話だ」
「忘れたのか。なら思い出させてやる。あの日、兵どもの混乱に乗じてこのワシを始末しようとしたな」
「何の話だと言っている」
「上手く考えたものだ。その悪意に敬意すら感じている」
「やめろ」
「どこで陰謀を思い付いた。秋月の武士を斬った時からか?」
「戸次鑑連、妄想をやめよ」
「それとも吉弘の隊と同士討ちが起こった時に、閃いたか!」
「いい加減に」
二歩下がった臼杵弟、刀に手を掛けて鋭く抜き、斜めに斬り裂くように構えた。鑑連の挑発に我慢しきれなくなったのだろうが、太刀筋は速かった。臼杵弟も鑑連よりは若いはずだが五十代の武士、なのに老いを感じさせない何かがある。だが、この展開は鑑連の狙い通りではないか。
鑑連は嗤ってはいない。超真剣な眼差しで臼杵弟を見据えている。
「思い切りは良いようだな。その決意の力で、ワシを襲い、親貞を殺したか」
「これ以上の無礼は許さん」
「臼杵殿、おやめ下さい!」
見かねた吉弘が割って入った。
「吉弘殿、止めるなよ」
「臼杵殿、戸次殿が刀を抜かないのは、貴方に汚名を着せるためです。斬ってはなりません!」
吉弘の言葉に動きを止める臼杵弟。だがこれで終わるはずもなし。鑑連は言葉を続けるのだ。
「クックックッ、鑑理。臼杵は迷惑そうだぞ。これは武士として極めて正当な権利の行使と、ワシは認めるにやぶさかではないぞ」
そして一歩、前に得る。吉弘は押され、臼杵弟は構え直すしかない。
「戸次殿、もうこれ以上は……」
「そうは言うがな。我が一門の仇を討つ、という行いは誰に非難されるものでもない」
「夜須見山の出来事ならば、私も同罪です」
「貴様はただ単にダシにされただけだろう。こいつは違う」
臼杵弟は鑑連非難の声を上げる。
「逆恨みはやめよ。全てそなたの妄想ではないか。このような振る舞い、宗麟様はお許しにはならんぞ」
「二度目なのだ。それを偶然とは言わん。また偶然であっても、その責任は誰かが取らねばならん。義鎮が責任をとると?まさかな。臼杵、貴様が詰め腹を切らされるのだ」
「どこに証拠があろうか」
「状況が全てだ」
「それは証拠とは言わん」
「クックックッ。臼杵、貴様何年老中をやっている。国家大友では重臣一人始末するのに、証拠など不要だということを知らないのか。入田、一万田兄弟、小原遠江、佐伯、立花、高橋と皆そうだったろうが」
「待て!戸次鑑連、そなたが主導したものもあるではないか!」
「今更何を、貴様だってそれに加担してきたのだぞ」
「な……」
主人の悪行を承知している備中は、臼杵弟がそれを知っていることに驚いた。では老中衆はそれぞれの罪を承知で国家大友に仕えていることになる。表沙汰に出来ない事情を、お互いに抱えあっているのだ。それはすなわち、
「ようやく貴様にお鉢が廻ってきたと言う訳だ。今回貴様は、明らかに義鎮が意に反する成果を、報告するしかないのだからな」
「……」
「吉岡のジジイにハメられたのではないかね?」
その衝撃的かつ大胆な推理に、さすがの吉弘、驚いた顔で臼杵弟を見る。その視線が痛いのか、握る刀が微妙に揺れ始めた臼杵弟。心の動揺を現しているのか。
「馬鹿な、事を。親貞公を、一廉の将に仕立て、上げたのは、宗麟様からの命を、受けた、吉岡様だ。それを何故、ご自身で反故に」
言葉が固くなっている。これが鑑連のような巨人でなければ、臼杵弟も動揺などしなかったのだろうが。
「理由など幾らでも考えられるさ。そして、手を下した実行犯を始末できれば重畳極まる、ということだ。これはつまり、貴様の事だがね」
「吉岡様が、私を、始末する理由など」
「貴様は所詮、陰謀の実行役に過ぎん。代わりなど幾らでもいる。今頃、田原民部とそう打ち合わせているのかもな」
「私は国家大友の安寧に奉仕をしてきた!これまでも、またこれからも!」
「大層な自信だが、ならワシを斬ってみろ。国家大友が貴様をとるか、ワシをとるか」
「……」
「ちなみにワシには絶対の自信がある。なんせ戦争に強いから、ワシは」
軽く笑った鑑連は吉弘を押し退けて、さらに一歩出た。臼杵弟は退いた。このハッタリ勝負、鑑連の勝利が決まったようだ。
「私を」
臼杵弟が息を飲んで曰く、
「私を殺すのか」
鑑連は答えない。さらに前進する。退いた臼杵弟だが、肩が陣幕に当たる。追い詰められた。臼杵弟が背後に気を取られている刹那、鑑連は一気に距離を詰めた。
「あっ」
臼杵弟は刀を振るうしかなかった。横一文字にきらめいた鋭い閃撃は呆気なく躱され、その手は鑑連の脇によって固められていた。一瞬で勝負は決した。刀の刃先が頼りなく震える様子は、臼杵弟の心の衝撃を見る者に訴えているようであった。




