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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
元亀年間(〜1573)
243/505

第242衝 指弾の鑑連

 白々明けの空の下、混乱の収拾が確認できた鑑連は、臼杵隊の陣へ向かう。対決になるのだろうか、と動悸が激しくなってきた森下備中、


「私も参ります」


 そう口にしようとした矢先、同じセリフを吉弘に奪われていた。鑑連は承知する。


「いいだろう。貴様にできることが何か一つでもあればいいな」

「私が居れば、まさか斬り合うことはないでしょう」

「ワカらんぞ。貴様も知っての通り、あれは頭に血が上りやすいからな。追い詰められて逆上するかもしれん」


 歩き始める二人。ここは控えていた方が良いのかも、と備中が逡巡していると、鑑連から声が飛ぶ。


「備中、とっとと歩け」



 親貞公の陣と川上の地の間に、臼杵弟は急拵えの陣幕を立て始めていた。規模からして、全兵を持って来たのでは無さそうだが、その部隊は異様に殺気立っていた。


 鑑連一行が陣の中に入ると、臼杵武士が止めに入る。が、


「うわっ」


 鑑連得意の足払いで臼杵武士を転がす。その後ろを、吉弘と備中がついていく。今度は三名の臼杵武士が立ち塞がるが、


「うわっ」

「うわっ」

「うわっ」


 鑑連は左手と右手でそれぞれ武士の関節を捻り上げ、正面の武士の顔面を足の裏で蹴り飛ばした。


 激痛に耐えかねた臼杵武士二人が悲鳴をあげる。それを見た吉弘曰く、


「私の時は蹴り上げられたのだ」

「た、大変失礼なことを……」

「この様子なら大丈夫。今日の戸次殿は手加減している」


 鑑連との付き合いでは安易な安心は禁物と知り尽くしている備中、吉弘の言葉を聞き流す。


「何事か」


 敵襲とは違う悲鳴だったからだろう。臼杵弟が出てきた。そして無頼の鑑連を見た。この時備中は、傍から見てもはっきりとワカる程に重武装の臼杵弟が動揺した瞬間を、見た気がした。そして確信する。これはクロだ、と。


「戸次鑑連、この無礼はなんだ」

「無礼?無礼だって?」

「その手を離し、二人を解放しろ」


 一切の遠慮を放棄している鑑連。左手と右手に加える力を増していく。悲鳴も募るばかりとなる。鑑連はその声を割るように吼えた。


「臼杵、親貞は死んだぞ!」

「何だと?」


 驚いたフリをする臼杵弟、のように見えてしまう。本心から驚いているように見えなくもないのだが、


「そなた、何を言っている」

「なら繰り返してやる。親貞が死んだ」

「親貞様が、一体、何故」

「佐嘉勢の夜襲のため、ということになる」

「側近たちは何をしていたのだ!」


 今度は激昂した。演技に見え……なくなってきた森下備中。だが、鑑連は手を緩めない。


「さて、何をしていたんだろうな」

「そも、戸次鑑連、そなたも近くに居たはずではないか。吉弘も、斎藤も」

「その通り、居たとも。親貞はワシの目の前で死んだよ」

「親貞様が殺されるのを見過ごしたのか」


 この発言を受け、鑑連は悪鬼面と化した。まずい、と備中が思った時、吉弘が動いていた。


「それはお言葉が過ぎます。私もその場に居たのです。そして、臼杵殿はその場に居なかった」


 その発言に、鑑連の放つ熱気が少し和らいだ。そして鑑連、ニヤリと嗤って曰く、


「ワシは貴様を訊問するために来た」

「……」


 臼杵弟は質問の意図が理解できない、という顔をしている。


「どういうことだ?」


 応えとして鑑連、二人の臼杵武士を投棄てる。


「下郎どもを下がらせろ」


 鑑連は吉弘と備中しか従えていない。吉弘の存在に安心をしたからか、それとも衆人の前で恥をかきたくないからか、臼杵弟は三人を一つの陣幕の中に案内する。臼杵弟が吉弘に何かを言おうと口を開いた時、鑑連は口火を切った。


「貴様の隊の混乱が親貞の本陣にまで波及した。混戦が生じ、巻き込まれた親貞は死んだのだ。首を取られなかったのは幸いだがね。陣に居た者どもの総意として、全ては貴様の責任だ、ということになっている」


 えっ、そこまではなっていないはず、と備中は反応しそうになるが、踏みとどまる。これは鑑連一流の駆け引きなのだろう。臼杵弟、押し黙っているかのよう。


「そもそもが副将を定めなかった義鎮に原因があることだが、この佐嘉攻め、貴様が主導してきた。よってこの不始末の責任を、貴様は取らなければならん」

「責任を取るのはやぶさかでは」

「まだワシが話をしている」


 場の空気が岑、とする。それほど鑑連の声には恐ろしげな凄みがあった。


「ワシの話を聞けよ。臼杵、貴様は連歌の会を中座した。その為に、親貞の死に目に会えなかったのだが、あの時に何があった?」


 これが臼杵弟の陰謀だとすれば、あの時すでに謀略は動いていたということか。発言を許された臼杵弟、


「敵の夜襲に関する報告があった。嘉瀬川の向こう側で」

「実際に敵は現れたか」

「現れたとも。迎撃後、親貞公の陣の夜襲に備えさせる為、隊を引き連れて戻ったのだ」


 衷心からなのか。これがなければ親貞公は死なずに済んだのかもしれない。


「ふん、それがあの大混乱だ」

「思いもよらなかった」

「何があった」

「川を渡る時に敵に攻められ、混乱が生じた。夜陰の中、みな必死に戦ったのだ」

「武士たる者、夜の中ではより慎重に戦わねばならん」

「そう訓練している」

「では貴様の隊は迎撃したのではなく、逃げ出してきたのではないかね?」

「なに」

「黙って聞け。襲撃は無いと油断していたのだ。だからあっという間に混乱し、親貞の陣へみなで逃げ込んだ」

「私はこの場で踏ん張っ」

「黙って聞け。混乱は親貞の陣へも波及し、親貞を始め多くの者が損なわれた。どう考えても貴様の責任だ」


 鑑連の断定が続く。この間、吉弘は一言も口を挟まない。


「ワシは川上の地に陣を引くことに反対した。覚えているか」

「……」

「おい」

「……覚えている。だがここは今山だ。川上の地より西寄りだ」

「そんなことはどうでもいい。これもワシの言う通りに、ワシや貴様の陣の背後に控えさせていれば、親貞は今も武士どものご機嫌をとっていただろうな」

「……」

「どうも貴様は親貞を敢えて危地に追いやっていたように思える」


 話が確信に入ってきた気がして手に汗握り始めた森下備中。


「膠着した戦局を打開する為に、あの布陣は必要だったのだ」

「親貞を始末しろと言われて、従ったのか」


 急にやってきたその言葉は、その場の全員の動きを止めるに十分過ぎる程の冷酷さを放っていた。

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