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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
元亀年間(〜1573)
236/505

第235衝 撃方の鑑連

 控えの陣に待機する戸次家幹部連。安東は本陣の周辺の哨戒に出たため、備中は内田と二人で会の終了を待つ。暇を持て余している内田は時折備中にちょっかいを出してくるが、一方の備中、会場の去り際に鑑連の表情を見た時から不思議と精神が冴え渡っていた。そのため、同僚の茶々を愛想で流しながらも耳を研ぎ澄まし、漏れ聞こえてくる連歌の響きを確実に捉えていた。句座が始まった。


 発句。これは主催者たる親貞公が詠む。「鳥」であった。水の鳥、との親貞公が声とともに、どこかで鴨が鳴いた。


 この粋な演出により、陣の空気は見事に風流なものとなった。その歌は、水気の多い佐嘉の地での苦労多い長滞在を労うものだった。参加者一同の心が貴人の思いやりに洗われた様子が、備中の目には浮かぶようだった。


 次ぎは臼杵弟の番だ。彼はここで踏み込んで「鴛鴦」よ、と来た。優雅で悪くない響きである。親貞公が義鎮公にとって良い輔弼となることを願っているのだろうか、と備中推測する。


 そして待ってました我が主人。ここで鑑連は連歌のお約束ギリギリを攻める。「百舌鳥」を登場させ、ひたすらに戦いを称揚する。名声を追求せよ、貪欲に、と歌う。鑑連の意外な教養の高さを知る武将も多いが、彼らは、佐嘉の棟梁はもはやハヤニエの身だ、と捉えたようで、これが大いに湧いた。だが備中は、ハヤニエは佐嘉の棟梁だけとは限らないではないか、と皮肉に笑う。


 鳥が三種類続き、ゴテゴテした歌となったことは否めないが、この戦場の重要人物たちが、まあ良好な開始を成したことで、会場のぎこちない空気は消えたようだ。そして、その後も歌は連なっていく。参加者全員相互いに好漢度が高まっていた。肥前の田舎侍も苦心の末にゴテゴテした句を詠んだが、親貞公がその解釈について一々誠実な答酬をするため、彼らも劣等感に悩まされることはない様子だった。


 ここまでこの連歌会、実に上手くいっていると言わざるを得ないだろう。主催者が菊池の縁者で、鑑連には気に入らない人物だろうが、今のところそれが親貞公の教養と人徳によることは疑いない。


 句座は一巡し、再び親貞公の番となる。



 公は鶫の別名「鳥馬」を詠む。これは備中でもピンと来た。今年の干支は午なのに、という小さな洒落であろう。二巡目だからこそできる題材に、座からは陽性な笑い声が上がる。が、これもまた、深読みすれば、鶫という取るに足らぬ存在が奇妙にも立派な名前を与えられたのですよ、と我が身を咲っているようにも聴こえる。その通りなら、親貞公はその立ち振る舞いはともかく、心に確固たる己が屹立しているのだろうか。


 次いで臼杵弟。ふと、その声の調子は一変していた。詠んだものは「鵺鳥」。その歌の意味は不明類であった。批判を込めているのか、あるいは親貞公が己を鶫に例えたように、鵺鳥とは臼杵弟自身のことについて述べているのか。昼夜無く国歌大友のために働く己の一生を、嘲り笑っているのか。灰色を愉しむのも連歌の粋だが、それにしても鵺鳥という言葉はあまりに飛躍していて、連歌の付合として如何なものか。句座一同も同じ感情を抱いたのだろうか、沈黙が支配している、などと備中が考えていると、真竹を割るが如き鑑連の声が疾った。


 曰く、ここまで誰も「鳩」を詠まずにいるが、一体全体誰へのご機嫌とりなのやら。備中には、自身の感情を優先した臼杵弟への痛烈な皮肉にも聞こえた。また、武門にとって尊崇すべき八幡の象徴たる霊鳥の名を最初にあげるべきなのはこの陣の大将である親貞公ではないのか、という批判も籠っている。


 確かに聞けば一々もっともなことである。それだけに、親貞公と臼杵弟の面子も丸潰れとなった。


 気まずい空気が句座を支配する。次の詠者である吉弘には、このような場面を打破し得る機知は備わっていない。耳をすませば、窮するような吉弘の息遣いが聞こえてくるようである。


 そこに誰か一人が臼杵弟へ近づいたようだ。何事か耳打ちで伝えているようである。内容までは拾えないが、臼杵弟は、


「陣に戻るべき用事が出来ましたので誠に勝手ながら中座します」


と宣言して、会場から立ち去ろうとしているようだった。そこに鋭い声が疾る。鑑連だ。曰く、


「ワシの手は必要かね?」

「然程のことでは」

「中座を要する異常があったのだ。皆で対処すべきだろうが」

「いや、異常というわけではなく。ただ私が戻る必要はあるということだ」


 異様な空気の中、臼杵弟は静かに会場を出た。が、鑑連は沈黙の継続を許さない。


「こうも時間をたっぷり使うとは。吉弘殿、ワシは期待している」

「……はい」


 吉弘は鑑連の「鳩」を活かすため、「寄生」と詠む。意味は明らかで自身も宗家の繁栄に沿いたい、ということだろう。鑑連は嗤った。及第点ということなのか。


 その後は誰もが鑑連と吉弘に倣い、鳩とその季節を取り巻く霊験あらたかを無難に歌う、冷めた内容となった。鑑連が歌に乗せた叱責が誰も彼もにも届いたということだろう。三度目の歌を詠んだ時の親貞公の口調には、苦笑を堪えているような調子が感じられた。


 そして百句も終局に至る。挙句を飾る人物は、橋爪殿となったようだ。ここで彼は勇気を振りしぼったのか、国歌大友の安寧は我々の双肩にかかっている、という意味のことを強い口調で詠んだ。それは感動的な口調であり、句座は万雷の拍手に包まれた。鑑連は……上位者故、拍手をしていないようだ。備中にはそれもワカってしまうのだが、主人の感情も伝わってくる。そもそも国歌大友を守る実力が貴様らに備わっているのか、という。


 だが、気まずい空気を打破した橋爪殿を誰もが讃えたい気持ちでいたのだろう。豊後侍も筑後侍も肥前侍も、みなが彼を褒め称えるのを止めない。親貞公も、この一体感を生じさせた橋爪殿に功績あり、として太刀一振りをかずけ取らせた。ありがたく拝領する橋爪殿。


 句座はそのまま宴会へと移行した。鑑連は酒も滅法強いが、この連歌会の功一等は橋爪殿に持っていかれてしまった。きっと心中不快のまま、酒を飲むに違いなかった。


 宴会の支度が開始され、備中の肩を枕に居眠りをしていた内田が顔を上げた。


「……お、連歌会も終わったようだな」

「そうだね」

「では私は殿の側に付く。備中は安東様が戻るまで待機だ」

「ワカったよ」

「何かあったら即連絡だぞ」

「はいはい」


 内田が去った後、備中はふと空を見上げる。雲がかかっているのか、月の見えない夜になりそうだった。

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