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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
元亀年間(〜1573)
234/505

第233衝 発句の鑑連

「連歌の会が開かれる」


 幹部連を集めた席で親貞公からの書状を預かった鑑連が唐突にそう喋り出す。


「れ、連歌ですか」

「そうだ」

「お歌の?」

「まあそうだな」

「そ、即興を旨とする」

「安心しろ、貴様に出ろとは言わない」

「……」


 戦場で呑気に歌など詠んでいる場合なのだろうか。親貞公が戦場に来てまだ数日だが、これで敵側よりも味方側に問題の大きい包囲戦を勝利で終えられるのだろうか。備中がそう悶々としていると、鑑連が呆れて言う。


「本当に勘が鈍いヤツだ」

「あっ、いやっ?そのっ」


 狼狽する備中の隣より、眉尻を凛々しく釣り上げて、自信たっぷりの内田の声が飛ぶ。


「つまり、総攻撃が間近である、ということですね」

「さすが内田。よくワカっているな」

「ははっ!」

「この里山侍に教えてやれ」

「承知」


 備中へ向き直った内田、口の端を誇り高く引き締め曰く、


「教えてやる。大いなる運命を前に一味同心を誓い合う武士たちが魂に添える歌を詠み合う。これは必勝の仕来たりと言える」

「必笑のな」

「さ、さすが内田。詳しいな」


 鑑連が放った一言の調子が嘲りに満ちていたが、備中はとりあえず気にしないことにする。さらに隣から安東が曰く、


「内田の親父は肥後の城主だったからな。やっぱり菊池殿の作法には詳しいんだな」


 内田は嫌そうな顔をして反論する。


「今の私は、身も心も豊後の武士です」

「そうあってもらわねばな。肥後侍どもの今を見ろ。国敗れ守護家は滅び、それは惨めなものだ」


 鑑連の厳しい声が飛び、みな背筋を伸ばす。


「……菊池家と言えばその惣領代々連歌の素養が深かったと聞く」


 珍しく由布が地味かつ静かな声で発言する。また一つ賢くなった、と備中大いに感心する。


「だから必笑の儀式と言うんだ。内田」


 知識の披露に大喜びの内田は歯切れ良い声を弾ませる。


「はっ!今からざっと百年前、時の惣領菊池重朝公は連歌の達人でおられた。菊池の地に碩学を招聘し周囲の尊敬を集め」

「つまり連歌と大敗で有名な人物だ。内田まとめろ」

「……はっ。菊池重朝公は筑後に送り込んだ軍を舎弟に任せ、そして高良山で我が大友家に大敗を喫した」

「内田君の知識も怪しいな。高良山で敗北したのは重朝公の親父だぞ。重朝公が大敗した場所は肥後益城だ」

「お、恐れいります」


 悲しみに沈んだ内田の声はさながら歴史の出来事の如し。だが備中は、臼杵弟とは異なり鑑連に露骨な排斥を加えない親貞公の振る舞いに明るい光を見出す。これで鑑連が前線に立てば佐賀勢に勝利し、この戦役が終わる、と。一方の内田は、史実に照らして看過しえぬものを感じたようだ。


「殿!思えばこれらの出来事はまるで今日の日をなぞるが如くではありませんか。菊池の名を名乗るもの、敗北は必至の時代なのでしょうか……」

「だから親貞は菊池名字を捨てて豊後に来ているのさ。クックックッ。まあ連歌を詠むにしても、昨日今日急に蘇った亡霊相手じゃ薄ら寒くて歌が凍るというものだ。お、これは良い言葉だな。備中、ワシの名句として記しておけよ」

「は、ははっ」


 紙に録ったその言葉は俳諧の趣きを感じさせた。連歌の会で俳諧を披露すれば、実に鑑連らしい振る舞いになる、などと備中が考えていると、安東曰く、


「連歌会はやはり親貞公の陣で行われるのですか」

「そうだ」

「会が終わった後に総攻撃となるのでしょうが、我らが一番移動距離が長いですな。上手く動いて功績を独占したいものですが」

「クックックッ、ワシなら快速で戻ってこれる!筋書きまで目に浮かんでいる!」


 この佐嘉攻め、あまりやる気の無い鑑連であったが、親貞公の到陣以来、やや積極性が増したようにも思える。義鎮公がこれを見抜いていたとすれば、その調略は当たったと言うしか無いだろう。


「ところで諸君」


 幹部連を睥睨する鑑連。


「先程ワシは備中に連歌に出ろとは言わなかったが、親貞の陣へ行くのだ。何かの拍子に知識と教養を試される時が来るかも知れん」


 それを聞いて、確かに頷く安東、何度も頷く内田、一度だけ深く静かに頷く由布、彼らをぼにゃりと眺めている備中。


「そこでだ。これから親貞の陣へ行くまでにここで百句諳んじてみよ」

「え!」


 思わず悲鳴をあげる備中を睨み嗤う主人鑑連。


「ワシに恥をかかせてみろ。怒りに震えるワシは、貴様に与えている俸禄を全て没収してしまうかもしれん」


 恐怖に全員息を飲んだ。戦場での太刀振る舞いなど、ここでは何の役にも立たない。


「では始める」


 鑑連が発句を皆感心して聞き及ぶ。すかさずそれを記す備中、残虐非道なる主人に似合わぬ教養の深淵さに首をひねるしかない。


 次いで、由布が詠む。素朴だが力強い十四文字である。備中の筆はすらすら進む。


 安東が野太い声を発するに至り、連歌が形作られていく。その歌は無骨も良いところだが、どことなく不思議な味わいがあった。


 内田の十四文字。外連味に満ち満ちており、これでは鑑連から叱られるだろうとほくそ笑む備中。


 そこで連歌が止まる。おや、と思うと陣中の全員が備中を見ており、心臓が止まりそうになる。特に鑑連の目は光ってすらいた。書記をかって出たのに参加せよ、ということか……しかし思えばこれは心を一つにする歌の詠み合いである。不参加はあり得ないのだろう。腹が決まった。


 心のあるがままに筆を走らせた備中。それを詠みあげ、恐ろしき主人に仕えながら今日という日を迎えた慶びを声に乗せるのであった。



 その日の夜、鑑連は戸次隊に由布を残して十数名を連れ立って親貞公の陣へ立った。

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