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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
元亀年間(〜1573)
232/505

第231衝 追憶の鑑連

 鑑連と臼杵弟の不仲が知れ渡った後、親貞公は臼杵案に従って川上の地へ進み、陣馬の跡の検分を行った。その後、鑑連の陣跡からからやや西寄りの地に、本陣を置く。より奇襲に備えて、というのが理由で、これは、誰の進言に従ったのでもなく、親貞公自身が決めたことだった。が、


「半端者め」


と鑑連は吐き捨てる。誰でもワカる通り、公は臼杵弟と鑑連の案の折衷を取ったのだろうが、


「これで責任を果たしたつもりなのかね、片腹痛い」


とさらに手厳しい。それではと備中は思い至った名案を提言する。


「改めて小野様へ、殿の意をお託けいたしましょうか」

「不要だ。あれが臼杵の意向で動いているとしたらなおさらな」

「で、ですが、小野様のお考えは殿に近いのではありませんか」

「ほう」


 ニヤリと口の端を吊り上げる鑑連。


「ヤツはその公言通り何より国家大友のために動くはずだ。それなのにワシと意見が合うのか」


 聞き様によっては実に危険な発言だが、幸いにこの場には自分しかいない。備中負けじと言葉に力を込めて、存念を述べる。


「義鎮公が、特に、望んだ、この佐嘉攻めは、もう二年目ですが、まだ解決できていません」

「そのようだな」

「仮に成果なく撤退すれば、大友家督の権威に傷がつきます」

「それで」

「この戦線、副将が不在だったとは言え、肥前衆を統率する、つまり最大の兵力を率いる臼杵様は春夏と成果がありません。そのような実績に欠ける人の意見に、小野様が同意なさるとは思えません」

「それで」

「そ、それでその、か、勝つには殿が主たる行動を行う他ないのでは、とお考えでは……」

「ふん」


 少し考える仕草をした鑑連、昔に比べて、こんな仕草をすることが増えた気がしている備中。人も変わるのだ。ではこの主従関係はどうだろうか、と備中はふとぼんやりする。

 

「貴様の言う通りなら、ワシの意見をヤツも承知済みだろうが。よって念押しも不要だ」

「しょ、承知しました」


 小野甥との間に信頼関係が醸し出されているか、関心は他にあるのか、意外な回答であった。


「この包囲陣、これから総攻撃が始まるだろう。が、それは臼杵也の総攻撃となるしかない」

「は、はい」

「さて、ワシはどう動こうかな」


 鑑連の発言を消化しきれない備中が困惑していると、青い顔をしつつも憤った様子で安東がやってきた。陣内に鑑連と備中しかいないことを確認し、鑑連に近づいて低声で語る安東。


「殿」


 鑑連はそれを手で制し、静かに問う。


「この怪談、お前の他に気がつきそうな者はいるか」

「数名は」


 怪談とは何んだろう、備中は事情不詳のままだ。


「任務を与えてこの戦場から遠ざけろ。ワシの厳命ということで」

「はい」

「当時の小野の隊に居たものはどうか」

「確かなところはワカりません。小野殿討ち死に後、その家来衆は散り散りになりましたから」

「いや、ワカっているのだ。まあ、心配するな」

「あと……知る者は……その……」


 安東は備中を見る。次いで、鑑連も備中を見たため、視線に挟まれて背筋に嫌な汗をかいてしまう森下備中。特に、主人鑑連の大きな黒目からは恐怖しか感じない。


「そうだった。こいつもあの時とあの場所にいたな」

「はい……」


 備中はあぐらをかいたまま、後退りする。


「な、なな、なんでしょう」

「貴様は親貞の顔を見て、どう思った」


 鑑連の質問の間に、安東が一歩距離を詰めてくる。気のせいか、安東の片手が腰の大小に及んでいる、ように備中には見えた。


「え、あ、あの、その」

「備中、これは大切なことだ。正直に殿へ述べねばならん」


 安東からいつもの陽気さが無い。不気味でさえある。さらに一歩進んだ安東が伸ばした片手は……太ももの辺りを掻いていた。殺意は気のせい、とホッとした備中だが、二つの気に挟まれ、誘導されるように舌を動かすしかない。曰く、親貞公は肥後国境で果てた菊池殿に似ており、やはり落とし胤という噂は真実のように思える、と。それを聞いた鑑連と安東は、口を揃えて、


「それだけか」

「は、はい」


 さらに口を揃えて、


「他に感じたことは」

「あ、いや、えっと」

「あるだろうが」

「は、はい。いやいや!か、格別には」

「貴様、視力は良かったはずだが」

「そうだ。門司攻めの時、安芸勢の船団をいち早く見つけた、と自慢をしておりました」


 思い出して恥ずかしくなり頬の紅潮を意識する備中。いたずらに腰のあたりに手を持っていく。するとそこには、ただ腰があった。

重いので大小装備を怠っていたことを思い出す。空を掴むように腰に手を置いたその仕草を不思議そうな目で見る二人。備中さらに頬を赤くする。


「そ、それは確かにそうなのですが、ち、親貞公について、他には……その……」


 顔を見合わせる鑑連と安東。しばしの無言のの後、


「ならまあ、それはそれで」

「備中、親貞公について余計な発言を禁ずる。破れば承知しないぞ」

「は、はい」

「天地神明に誓うか」

「ち、誓います!」

「絶対だぞ」


 これ以上の質問も許されない空気の中、備中は思わず宣誓してしまった。鑑連が常には見えない念押しを前に、この件について深く考えるのをやめよう、と備中は心に刻み込む。


「ともかくもそういうわけで、親貞は臼杵の強い影響下から離れまい」

「私も、それは固いと考えます」

「うむ」


 考えるのをやめた備中だが、どういうわけかワカらないまま、恐らく菊池殿暗殺時の何かに関することなのだろう、首は突っ込まないに限る、と事情不案内ながら、適当に大きな相槌を打ってみせる。安東が続ける。


「城を中心に北と北西の戦線はそれなりに活気が出るでしょう。一方で、こちら側、東の戦線が戦略から外されてしまう。この中で、活躍の場を見出さねばなりません」


 戦場横断でせっかくこちら側へ来たのに、との思いは戸次隊全員に共通する不満だ。しかし、鑑連は


「臼杵が親貞をどう活用するか、じっくりと眺めることにしよう。親貞本体の小野との連絡は絶やすなよ」


とそれなりに冷静であった。備中の考えでは、深入りしない、と固く決めた事情を除いても、親貞公の来陣は鑑連にとって不快極まるものであるに違いなかった。それなのに、激昂していない。全てを語らない主人が何を考えているのか、興味が湧いてきてしまうのであった。

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