第228衝 横断の鑑連
「殿!佐嘉城の南で戦があったようです」
「南?さては臼杵め、干潟にでも突っ込んだか」
砂礫泥に覆われた佐嘉城の南は騎馬足軽衆が進んで立ち入りたい場所ではない。
「今時分、ムツゴロウが跳びはねまくっているだろう」
「この辺りではホンムツと言うそうです」
「だからなんだ」
「い、いえ、その」
「臼杵の間抜けめ、食糧難か?」
「う、臼杵隊ではなく、柳川の水軍衆が斎藤殿の隊を輸送したおり戦になっているとのことです!」
「斎藤隊」
「はい!斎藤殿が率いる筑後勢です!」
「その知らせはどこから来た」
「と、問本城からの荷駄が、そう申しております!戦さの様子を見て、急ぎやって来たとのこと!」
「出どころは我らの隊のみか?」
「はい!」
「臼杵からの連絡は?」
「ありません」
「吉弘からは?」
「あ、ありません」
「では鎮理からは?」
「い、いえ、何も……」
沈黙が広がる陣内。展開された合戦の事実が伝えられないなどあり得るのだろうか。だが、戸次隊一同初めて耳にする件でもある。
「その戦いはいつ始まった」
「しかとは確かめてみる必要がありますが、荷駄によるとここ数日ではと」
「よし、決めた」
すくりと立ち上がった鑑連曰く、
「陣を移す」
「えっ!」
「由布、準備にかかれ」
「……はっ」
諫言申し上げない由布を見るところ、それが戦略的には正しいのだろう。備中も話を合わせることにする。
「殿、陣を移すこと極秘に行い、敵の裏をかきましょう」
途端に怪訝な顔をする鑑連。これは不正解だったか、と備中汗をかく。
「この陣に、ワシの考えを理解しない者がいるようだな」
まずい、鬱憤も溜まっているのにその標的になってはいけない。備中は手もみをして曰く、
「い、いえ。間違えました。旗を掲げ、法螺貝鐘鳴らして、堂々と行きましょう」
「法螺貝鐘はいらん」
そう言って勇ましく鼻を粉!と鳴らした鑑連だが、ふと嗤い、備中を振り返って曰く、
「しかしまあ、目立つに越したことはないな!良い考えが浮かんだぞ」
瞬く間に陣をまとめて移動態勢が整った戸次隊。先頭は安東が、中央を由布が、後方を内田が纏める布陣だ。鑑連と由布の間で何か打ち合わせがなされたようだ。
由布が白い旗を鋭く振ると、ほぼ同時に隊の前後で銃声が鳴った。号令もなく動き出す戸次隊。由布の大声や法螺貝に代えて鉄砲を用いるとは、戦場に似つかわしく、鑑連は中々の演出家である。
「さ、さすがですね、殿!」
「クックックッ、銃にはこういう使い方もあるのだ」
動き出した戸次隊は悠々と嘉瀬川を越える。荷駄だけは戦場の橋を進むが、騎馬足軽協力して進む。そのまま吉弘隊が呆然と眺める戦場を横切って進む戸次隊。
兵らは無駄口も叩かず整然と進む。大将鑑連の積極性が伝わったようで、皆、一様に前向きだ。
「しばらく!しばらく!」
吉弘の陣から騎馬が近づいて来た。慌てている様子で、声を張り上げている。が、先頭を進む安東は停止の合図をしない。戸次隊は吉弘武士を他所に、さらに進む。
焦燥顔の吉弘武士。馬を鞭打ち、隊の中央に近づいてくる。
「お待ちください!しばらく!戸次様!」
哀れなほどに慌てたその声の方を、くるりと由布が向く。吉弘武士は初めて質問に至る。
「ど、どちらへ行かれるのか!か、川上の陣はどうされるのか!御答えを!」
由布はそれへの回答をせず、手旗を切った。また隊の前後で銃声が響いた。この示威行動にキョロキョロ狼狽える吉弘武士へ、由布は極めて良く透る声を放った。
「このまま敵へ向かうだけです。吉弘家も名誉を重んずるのなら、我らの行動を良くご覧になり、武士の正当な振る舞いに思いを致されたし」
これは鑑連の意見を代弁しているのだろう。もはや言葉を失った吉弘武士を置いて、戸次隊は横断を続ける。
右手には佐嘉城、左手には肥前の衆が並ぶ。敵はともかく、肥前兵は皆、戸次隊を見ている。文系武士の備中も視線をビリビリと感じる。そこに込められた感情も。
「戸次隊が出たぞ」
「我々の先頭に立つつもりだ」
「さすがは大友最高の武将」
戸次隊が消極に徹していたことは他者から見てやはり不自然なことであったのだろう。
「殿、士気の高まりを感じます」
「そうか」
ご機嫌に進んでいると、臼杵隊の陣が見えてきた。やはり吉弘家のように使者を送ってくるか、など備中が考えていると、果たしてその通りとなった。臼杵武者が近づいてくる。
「おい備中」
「はっ、はっ!」
不愉快そうな顔で鑑連曰く、
「あいつを近寄らせるな」
「えっ?」
「貴様が相手をしてこい」
「あの、その」
「行ってこい」
そう言うと鑑連は、備中の馬に鋭く鞭を打った。素直な馬は問答無用で臼杵武者へ向かって走り出す。
「と、殿!」
疾風の中で備中はふと思う。自分は馬術に優れているわけではない。鑑連の加減で走り出した馬を自分の力で制御できるだろうか。
「だ、だめだ!」
備中はそのまま臼杵武者の横を走り抜け、臼杵の陣へ駆け行くのだった。




