第226衝 徒然の鑑連
川岸での銃撃戦の後、戦いの局面が大きく動く事はなかった。よって、局地戦での勝利だったとは言え、大友方は好機を無駄にしたことになる。皆、その停滞について噂をするが、戸次武士曰く、
「殿と吉弘隊せっかくの共同作戦、早く次をやればいいのに」
「吉弘様は臼杵様に気を使っているそうだし、殿が強引にやらなければないよ」
「肥前の衆を中心に城を攻めている臼杵様と我らが殿、折り合えないものか」
相変わらず伝令として使いっぱをすることもある備中、用事で訪れた吉弘の陣で耳にする噂は、
「戸次様と臼杵様の間で、殿も大変だ。病がせっかく癒えたのに、心労が絶えないのでは……怒ると怖いのはどちらも同じだが、どちらに問題ありや?」
「どちらも。でも本当は宗麟様の人事が……おっと何も言っていないよ」
「なに、鎮信様が立派に務めを果たされている。当家は大丈夫だよ、当家は」
珍しく臼杵の陣へ行く機会もあった。だが、
「おい、あれは戸次家の森下だ」
「あんな主人を持ってご苦労なことだ」
「凄んでやるか。それとも蹴飛ばしてやるか」
実に評判が悪く、噂の収集は不可能で、早々にお暇するしかなかった。
吉弘の陣と臼杵の陣は、肥前の衆を挟むような形で布陣している。つまり、吉弘の陣と臼杵の陣を行き来するだけで、肥前の衆の噂を得ることにもなる。それによると、
「豊後の連中はちっとも前線に立たないな。腰抜けどもに使われていると思うと、やる気がでないぜ」
「多々良川の戦いで、前衛にあった肥後勢は相当死んだらしい」
「お互い、犬死だけは気をつけような」
いつものごとく、集めた情報を鑑連へ報告する備中。特に今回は一切包み隠さない。すると、
「肥前のイヌどもにも、口があったようだな。連中もまあまあ言うではないか」
国を失いし武士の悲哀を感じる備中だが、豊後で肥後勢を前面に出す作戦を指示したのは鑑連であった。だから気づきもあるのだろうが、
「臼杵様はこの空気をご存知なく、故に、未だに肥前の兵を中心に攻城をしている……」
「戦さをすれば、必ず兵が死ぬ。勝ち戦でもだ。臼杵隊は筑前でそれなりの損害があったから、手勢は温存したいのかもな」
暇を持て余している安東の指摘に、幹部連はみな頷く。鑑連も同感のようで、
「それでも勝てる、との判断が臼杵にある。一方、それでは危ういのでは、との危機感を吉弘は持っている。対してワシは、それでは勝てぬと確信している。なぜか。肥前の兵にはやる気がさほどないからだ」
「これは我ら豊後勢の戦です。我々が先頭に立たねばなりません」
「……でなければ、ついてくる者も足踏みするしかない」
内田も由布も、今の戦局に不満なのだ。それとも、戸次武士がみな、好戦的なだけなのだろうか。
「冬に至れば包囲も解かれ、我らも去らねばなりません。肥前の衆はそれを見越しているのでしょう」
「クックックッ、惰性で日々を過ごすようなイヌにふさわしい考え方だな。だがね内田」
ギョロと目を見開いた鑑連に、怯んだ様子の内田。
「勝つためには肥前兵を統括している臼杵めを説得せねばならんが、ワシだって肥前のイヌどもに劣らず、やる気はないのだ」
目をパチクリさせる内田だが、備中の脳裏には大きな疑問が立った。ならば我ら戸次隊はなぜ、この戦場にいるのだろうか。
答えは一つ。それが主君義鎮公の命だからだ。そして、その主君は中途半端な命令を残して本国へ帰ってしまった。残された鑑連にはやる気がない。臼杵弟は鑑連とは連携したがらない。吉弘はどちらにも遠慮している。こうなれば残された道も一つではないか。
「こ、こうなったら殿、肥前の春を、た、楽しみましょう!」
「……」
「……」
「……」
陽気に腕を突き出した備中へ無言で返す幹部連。しまった外したか、と発言を後悔する備中に、シビれる凝視を向ける鑑連。
「良い度胸しているな貴様」
「ひっ」
「備中控えろ。戦いで命落とした者だっているというのに」
「少々放縦が過ぎるのではないか」
「……」
内田、安東、由布全員からたしなめられてしまい、縮こまるしかないが、鑑連は凝視しつつ、
「実に良い度胸だが、まあ、貴様の言うこともあながち間違ってはいない」
「え!」
動揺する幹部連からの好漢度の低下を感じ、胸を痛める森下備中であった。




