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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
222/505

第221衝 川上の鑑連

 二度目となる佐嘉城包囲戦は、前回とは異なる進行をみせ、陣中にあってそれを大いに感じるところの備中、違いをまとめて、鑑連へ報告する。


「まず、我ら戸次隊がこの川上の地におります。佐嘉城から離れすぎており、攻撃にも包囲にも不利です」

「ほう」


 鑑連が備中を見据え、緊張が深まる。


「で、ですが西肥前、南肥前の衆が、義鎮公の号令に従い、そ、その兵はすでに嘉瀬川の手前に到達しています。また佐嘉城の東では吉弘隊、臼杵隊、東肥前の衆が待機しています」

「それで」


 貴様の言いたいことは知っている、という様子の鑑連の表情に、余計なことをしたか、と備中背中に汗をかく。


「よ、よ、義鎮公は大規模な包囲殲滅戦を作戦としているのでは、との噂も陣中に広まっています」

「それは大軍を扱える義鎮と、そうでないワシとの比較か」

「め、めっそうも!いえ、その……」


 鑑連は話の先を読んでいた。事実、比較ではあるが話が飛躍しすぎ、容赦の無いお屋形である鑑連は、


「はっきり言え」

「あの、ええ……はい。そういうことには……なります」

「つまり義鎮は、前回ワシが行った戦略の逆を行っているということか」

「は、はい」


 聞き耳を立てていた他の幹部連も、ここに至って、危険な主従へ体を向け直す。


「義鎮は佐嘉勢を皆殺しにすると?」

「ええと」

「包囲殲滅と言ったではないか」

「こ、降伏勧告を受け入れるかもしれず」

「今年の佐嘉勢は去年よりも分が悪い。すでに増吟やその他の線から、降伏を伝える使者がワシの所に来ている」

「そ、そうだったのですね。知らなかった……」

「無論、義鎮へも伝えている。が、却下ということだ。ワシは受けてやってもよいのだがな」

「く、熊黒鹿毛も頂きましたし」


 鑑連の凝視がギロリと飛び、備中の体は麻痺した。


「義鎮としては、調子づいている佐嘉勢を血祭りにあげれば、筑前統治も上手く行くと考えているのかもな」

「……」

「そしてその華々しい勝利からワシを外す。おい、貴様の落書きを見せてみろ」

「は、ははっ」


 痺れる体に喝を入れ、懐から書を取り出し鑑連へ差し出す備中。


山山山山山山脊振の山山山山山山山山山山

万寿寺 川      勢福寺城

    川 河上

川川川川川             川川

川      高木         川

川 多布施  白山  姉      川 

川 長瀬   佐嘉         川


「ん?これは去年のだろうが」

「い、いえ。裏書していまして」

「ああそうか」


山山山山山山脊振の山山山山山山山山山山

 戸次隊 川 吉弘隊  勢福寺城

     川     東肥前衆

西川嘉瀬川川          臼杵隊

・川                筑川

南川                後

肥川                川筑

前川      佐嘉城       川後

衆川                川勢

 川                川

       有明海


「素人丸出しの布陣だ」

「……」

「大体なぜワシがこんな端にいるのか。備中、義鎮に聞いて来るか」

「え!」

「端も端。しかも川の向こう側だぞ」

「は、はっ」

「ワシ外しだろ?」

「その、あの、なんと申せば……」

「よほど吉弘と臼杵に功績をたてさせたいのだろう。おぞましきは主君の過剰寵愛だな」

「し、しかし副将人事は未だありません」

「病み上がりと戦下手を副将にすれば、流石に問題があるのだろうよ」

「こ、これから副将人事はあるのかも……」

「ほう、誰だ」

「た、例えば、よ、吉弘様ご嫡男が」

「マヌケ、ワカらんか。義鎮めは義理の兄の吉弘に功績を稼がせたいのだ。倅の鎮信はその次も次、まだ早い」

「ご、ご老中には志賀様や朽網様もいらっしゃいます。その誰かを副将に……」

「義鎮は志賀を余り強くさせたくはなかろう。朽網の厚遇はそれを嫌う連中もいる」

「よ、吉岡様などですね」

「あとワシだ」

「……」

「貴様、返事は」

「は、ははっ」

「しかし、考えてみれば」


 顎を撫で目を光らせる鑑連。


「あれで義鎮は均衡をとっているつもりなのかもな」

「一見ですが、とれてはおります」

「誰が義鎮に知恵を授けているものやら」


 ふと、吉岡、臼杵の顔が浮かんだ備中。


「吉岡、臼杵の二人ではあるまいが。おい、何笑っていやがる」


 即座に否定され、笑顔になった備中。慌てて顔を直して曰く、


「献策をしているのは吉岡様、臼杵様ではないにせよ、暗黙のご同意はあるのかもしれません」

「それは先代とその近習どものような関係か」

「そ、そうとは限りませんが……」


 二十年前の話にどきりとした備中。義鎮公は、先代義鑑公とその側近たちを徹底排除して、家督を継承したのだった。


「……」


 息子に殺された自分の父を思う時、義鎮公はどのように自分の子供たちを、特に嫡子を見るのだろうか。


「長寿丸はもう元服していたな」

「はい」

「いずれ義統を嗾す者が現れるかもな」


 ふと川上峡の水音が備中の耳に響き鳴ると、一つの思いが胸に去来する。歴史は繰り返すとも言うのだ。その時、鑑連はどの立場にいるのだろう。刃を向ける側か、向けられる側か。不吉な静寂に備中は不安になるが、


「その時、ワシの立場にある者は誰かな?クックックッ、そのような者が現れるはずもないか。ワシは唯一無二の存在だからな!」


 傲岸不遜なその発言を聞いて、なんとも言えない安堵感を覚えるのであった。

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