第221衝 川上の鑑連
二度目となる佐嘉城包囲戦は、前回とは異なる進行をみせ、陣中にあってそれを大いに感じるところの備中、違いをまとめて、鑑連へ報告する。
「まず、我ら戸次隊がこの川上の地におります。佐嘉城から離れすぎており、攻撃にも包囲にも不利です」
「ほう」
鑑連が備中を見据え、緊張が深まる。
「で、ですが西肥前、南肥前の衆が、義鎮公の号令に従い、そ、その兵はすでに嘉瀬川の手前に到達しています。また佐嘉城の東では吉弘隊、臼杵隊、東肥前の衆が待機しています」
「それで」
貴様の言いたいことは知っている、という様子の鑑連の表情に、余計なことをしたか、と備中背中に汗をかく。
「よ、よ、義鎮公は大規模な包囲殲滅戦を作戦としているのでは、との噂も陣中に広まっています」
「それは大軍を扱える義鎮と、そうでないワシとの比較か」
「め、めっそうも!いえ、その……」
鑑連は話の先を読んでいた。事実、比較ではあるが話が飛躍しすぎ、容赦の無いお屋形である鑑連は、
「はっきり言え」
「あの、ええ……はい。そういうことには……なります」
「つまり義鎮は、前回ワシが行った戦略の逆を行っているということか」
「は、はい」
聞き耳を立てていた他の幹部連も、ここに至って、危険な主従へ体を向け直す。
「義鎮は佐嘉勢を皆殺しにすると?」
「ええと」
「包囲殲滅と言ったではないか」
「こ、降伏勧告を受け入れるかもしれず」
「今年の佐嘉勢は去年よりも分が悪い。すでに増吟やその他の線から、降伏を伝える使者がワシの所に来ている」
「そ、そうだったのですね。知らなかった……」
「無論、義鎮へも伝えている。が、却下ということだ。ワシは受けてやってもよいのだがな」
「く、熊黒鹿毛も頂きましたし」
鑑連の凝視がギロリと飛び、備中の体は麻痺した。
「義鎮としては、調子づいている佐嘉勢を血祭りにあげれば、筑前統治も上手く行くと考えているのかもな」
「……」
「そしてその華々しい勝利からワシを外す。おい、貴様の落書きを見せてみろ」
「は、ははっ」
痺れる体に喝を入れ、懐から書を取り出し鑑連へ差し出す備中。
☆
山山山山山山脊振の山山山山山山山山山山
万寿寺 川 勢福寺城
川 河上
川川川川川 川川
川 高木 川
川 多布施 白山 姉 川
川 長瀬 佐嘉 川
川
☆
「ん?これは去年のだろうが」
「い、いえ。裏書していまして」
「ああそうか」
☆
山山山山山山脊振の山山山山山山山山山山
戸次隊 川 吉弘隊 勢福寺城
川 東肥前衆
西川嘉瀬川川 臼杵隊
・川 筑川
南川 後
肥川 川筑
前川 佐嘉城 川後
衆川 川勢
川 川
有明海
☆
「素人丸出しの布陣だ」
「……」
「大体なぜワシがこんな端にいるのか。備中、義鎮に聞いて来るか」
「え!」
「端も端。しかも川の向こう側だぞ」
「は、はっ」
「ワシ外しだろ?」
「その、あの、なんと申せば……」
「よほど吉弘と臼杵に功績をたてさせたいのだろう。おぞましきは主君の過剰寵愛だな」
「し、しかし副将人事は未だありません」
「病み上がりと戦下手を副将にすれば、流石に問題があるのだろうよ」
「こ、これから副将人事はあるのかも……」
「ほう、誰だ」
「た、例えば、よ、吉弘様ご嫡男が」
「マヌケ、ワカらんか。義鎮めは義理の兄の吉弘に功績を稼がせたいのだ。倅の鎮信はその次も次、まだ早い」
「ご、ご老中には志賀様や朽網様もいらっしゃいます。その誰かを副将に……」
「義鎮は志賀を余り強くさせたくはなかろう。朽網の厚遇はそれを嫌う連中もいる」
「よ、吉岡様などですね」
「あとワシだ」
「……」
「貴様、返事は」
「は、ははっ」
「しかし、考えてみれば」
顎を撫で目を光らせる鑑連。
「あれで義鎮は均衡をとっているつもりなのかもな」
「一見ですが、とれてはおります」
「誰が義鎮に知恵を授けているものやら」
ふと、吉岡、臼杵の顔が浮かんだ備中。
「吉岡、臼杵の二人ではあるまいが。おい、何笑っていやがる」
即座に否定され、笑顔になった備中。慌てて顔を直して曰く、
「献策をしているのは吉岡様、臼杵様ではないにせよ、暗黙のご同意はあるのかもしれません」
「それは先代とその近習どものような関係か」
「そ、そうとは限りませんが……」
二十年前の話にどきりとした備中。義鎮公は、先代義鑑公とその側近たちを徹底排除して、家督を継承したのだった。
「……」
息子に殺された自分の父を思う時、義鎮公はどのように自分の子供たちを、特に嫡子を見るのだろうか。
「長寿丸はもう元服していたな」
「はい」
「いずれ義統を嗾す者が現れるかもな」
ふと川上峡の水音が備中の耳に響き鳴ると、一つの思いが胸に去来する。歴史は繰り返すとも言うのだ。その時、鑑連はどの立場にいるのだろう。刃を向ける側か、向けられる側か。不吉な静寂に備中は不安になるが、
「その時、ワシの立場にある者は誰かな?クックックッ、そのような者が現れるはずもないか。ワシは唯一無二の存在だからな!」
傲岸不遜なその発言を聞いて、なんとも言えない安堵感を覚えるのであった。




