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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
220/505

第219衝 穀雨の鑑連

 永禄十三年の春、老中の地位を除き無役が続く鑑連は、引き続き問本城において穏やかな日々を過ごしている。その姿を見て、戸次武士らは噂をし合う。


「多々良川の戦い以来、無役が長い。殿外しの噂もある」

「殿は大丈夫かな。特段の動きも見えない。このまま本当にご隠居されるのか……」

「なに、佐嘉攻めがある。義鎮公も殿居なくては勝ち戦はできないだろうさ」


 相変わらず家の内外において噂の収集を業務としている備中、様々な箇所を歩きながら耳をピクつかせつつ、声なき声で曰く、


「もう殿外しの噂が流れている。義鎮公の政策が動いているな。田原民部様がどれだけ関与しているか……佐嘉攻めか。殿はいつでも出陣できる体制は整えている。殿と義鎮公の意地の張り合い、どちらが先に折れるかな」



 動きはすぐにやって来た。


「義鎮が高良山に入った」


 鑑連に召集された幹部連は、その知らせに驚く。内田は口を尖らせて曰く、


「我らへの事前連絡はありませんでしたね……肥後からのご入国ですか」

「高良山参りをしていたらしい。まあ参拝は口実だ」

「……佐嘉攻めが始まりますな」

「しかし、何故肥後を通ったのでしょうか。遠回りする理由が?」


 口を尖らせたままの内田に、備中は軽口を飛ばす。


「殿の挨拶を受けたく無かったとか、あはは」


 獅子の尾を触れたと思ったのか、全員が沈黙した。まずい、と戦慄する備中、泣き顔で鑑連へ向き直ると、


「かもしれん」


と鑑連は微動だにせず答えた。怒られずにホッとした備中が見るに、義鎮公の行動にも備中の発言にも主人は動揺をしていない。


「先般、田原民部が肥後から筑後へ入った。あれは道慣らしだな」

「北肥後の連中は信頼できないということでしょうか」

「ふん、気の小さい家督だ」

「そ、それで殿は高良山へご挨拶に向かわれるのでしょう」


 問本城と高良山は近い。ものの数刻で行ける。それを考えれば、鑑連が問本城に居ることに文句をつけない義鎮公は、佐嘉攻めでは鑑連を頼りにしていると見えなくもない。が、


「いや、それには及ばぬ、と書状が来た」

「そ、それはなんとも……」


 ガックリする備中をニヤリと嗤う鑑連。


「何かを期待していたようだが」

「め、滅相も」

「安心しろ。兵を率いて肥前へ入れ、との命令は来ている」

「で、では先陣を託されたという」

「佐嘉城に至る道を慣らせということだ」


 それでも主君との関係が切れるよりはよほど良い、と一安心の備中。他の幹部連中も同じ心境のようであり、鑑連もこのことでは黙っているようだ。が、一つの心配が頭をもたげてくる。


「それは……つまり、この戦は義鎮公が仕切るという……」

「そういうことだ」


 安東が不安一杯の顔をして曰く、


「殿、副将へのご下命は?」

「無い」

「では、どなたかの傘下に入るべしと?」

「それも無い」


 うめき声をあげる幹部連。腕組みして唸った内田曰く、


「筑前にいる臼杵様、吉弘様も動かれるのでしょう」

「義鎮が総大将なのだからな。吉弘は病状との相談になるのだろうが、必ず来る」

「義鎮公の為に道慣らしをした田原民部様も、副将を務めるでもない……」


 義鎮公の指揮作戦能力が未知数である以上、なにをどう考えても不安しか思い浮かばない一同。それを打破するように安東が呟く。


「勝ち戦は見えている……か」

「そうだ。見えている……ワシの予言が当たらなければな」


 鑑連の言葉を理解できずに押し黙った幹部連を傍に、鑑連は備中を向く。先の田原民部と鑑連の話を聞いていただろう、どうだ?と問うているようだ。背後で起こり得る不祥事を考えてみるが、


「今、懸念はなさそうですが……」

「ワシもそう思う。ヤツに釘も刺したことだし、背後では何も起こるまい。不祥事があるとすれば一つだ」

「ぜ、前線ですか」

「そうだとも、クックックッ」


 哄笑する鑑連は、これっぽっちも義鎮公を信じてはいない様子である。


「というわけで義鎮に妙な動きがないか、よくよく見ておかねばならん」


 この日、ほぼ無言で座っていた由布が一礼をして広間から出た。間者を飛ばすのだろう。


「ワシの予言は当たるぞ、クックックッ!」


 主人のその自信に懐疑的な備中だが、予言が当たるとしても、安須見山の時のように、戸次の衆が矢面に立たされるのは避けてもらいたいと強く願う。が、願うだけでは不安は晴れない。いつも以上に情報収集に勤しむようになった。



 それでも義鎮公が音頭をとる戦役である。事態はどんどん進み、桜の木の蕾が膨らみはじめた頃、戸次隊も肥前佐嘉郡へ向け問本城より出発した。結局、常に出陣仕度を整えている戸次隊が先陣を切ることとなったことに鑑連は嘆息して曰く、


「優秀であるということも考えものだな。少なくとも主従の軛において、それで何もかも思い通りにいくわけではないのだし」


 そう述べる鑑連の顔は自信に満ち満ちていた。

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