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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天文年間(〜1555)
22/505

第21衝 介錯の鑑連

対 旧弊

「どこで油を売っていたか、こい」


 戻ると主人鑑連に呼び出され、叱られたついでに長増情報にかかる口頭諮問を受けた。なら、血文字報告などしないで、最初からそうすりゃいいのに、と思っていると、イラつき始める鑑連の顔が見えた。いけない。雷を飛ばす前に、笑顔を作らねば。


 話を終え退出すると、盗み聞きしていたらしい内田がやってきた。嫌味全開で口を開く。


「おてんとうさまがその行いを見ているぞ」


 なぜお前如きが核心に触れてるの?という顔だ。ちょっと優越を感じた備中、ニヤリ→プイとそっけなく振舞ってみせる。相当にムカついたのだろう、内田は、


「お前にそっちの素質があるとは知らなかったぜ。石宗殿の舌はさぞ温かかっただろ」


 すでに噂になってしまった指舐めを嗤う。嗤われ続ける未来を想像し、胃が痛くなる備中であった。



 その日、改めて鑑連に呼び出された備中。


「日頃の忠勤とはこのような時に報いとして返ってくるものだ」


 したり顔の主人鑑連、備中を呼び出し直前まで決して漏らしてはならない、として義鎮公からの情報という事で命令を伝えた。


「つまりだ。菊池の殿がついに大友家に降伏し、その身柄が豊後に送られてくる」

「おお、菊池の殿の二十数年にも及ぶ反逆が遂に終わるのですね。以後、どこぞの寺にて余生を過ごされるのでしょうが、ご時世でしょう」


 既に四十の坂を越えた鑑連も感慨を覚えたのだろう。珍しく話に乗ってくる。


「まあ斡旋したのは義鎮公の命令を受けた吉岡のジジイだ。あれはこの手の話の進行が上手い」


 が、ここで表情を変え、極めて鑑連らしい話し方で曰く、


「備中、結論から言う。豊後国内に入ったところで、菊池の殿を討つ」

「はっ……はっ?」


 思わず間抜けな返しをしてしまう備中。


「貴様は由布、安東、小野に連絡を取れ。阿蘇領境に兵を配置させ、万が一の逃走に備えさせろ」

「……は、はっ」

「今回は内田にも隊を率いさせる。備中、貴様は率いる兵も無い。ワシについて伝騎係でもしているといい」


 態度のみならず表情が珍しく従順な備中に、鑑連が言葉を連ねた。これもまた、珍しい。


「……今回は、物言いたげな顔をしないのか、森下備中」

「はっ?はっ!」

「前から貴様がワシの指示に思うところがあるのは感じていたが、そんな甘っちょろい貴様でも、菊池の殿が死ぬことに異議は唱えないのか。菊池の殿は義鎮公の叔父御なのだぞ。寺で余生を過ごす事も許されず、とは貴様の基準では哀れなのではないのかね」

「……はっ。それが豊後の敵であれば」

「ふん、豊後の敵、ね」


 勢い良く鼻で笑った鑑連の心中は備中にはワカらない。ワカったとて、ロクなことは無いだろう。



 荒涼たる風景が広がる肥後国境。


「ここで菊池の殿を必ず討つ」


 こんな所で死ななければならないのは自分なら嫌だなあ、と天への祈りを込めながら報告する備中。


「は、配置は完了です。この道を通る以上、逃げおおすことは不可能です」

「義鎮公は」

「はっ」

「義鎮公は、菊池の殿を救おうとしていた」

「……」

「だから隈本城を囲んだ時、時間は掛かっても確実さを選んだ佐伯紀伊を外し、勢いに勝る小原遠江を大将にしたのだ。逃げ慣れた菊池の殿なら、速攻に次ぐ速攻に怯えるだろう、と。まあ聞いた話だ」

「……それは実にお優しいお方ですね」

「だから今回、菊池の殿の身柄を引き受ける件、義鎮公は本気だ」

「殿、そ、それなら何故……」


 思いがけず真剣な一幕になる。


「菊池の殿は生きていては邪魔だ。誰にとってもな。主君としての力量はともかく、担ぎ出すだけの存在価値はある。豊後大友と肥後菊池のあいのこなのだからな。こんな逸材、そういない」

「……はっ」

「実情がどうであれ、義鎮公の旗の下、豊後はまあまとまっている。不確実な存在など、消えてもらった方が良い」

「で、ですが、義鎮公の意に反しては……」

「待て……来たぞ。由布と安東にはすでに言い含めてある。ここでワシらは、残酷な天道の仕打ちを、見物していればよいのだ」


 そして、話を元に戻してくる鑑連。それはさながら能を見物しながら会話をする武士供が姿。


「意に反すると言うが、それの何が不都合だ? 貴様はあの貴人が豊後の敵だからここにいるのだろう」


 正確には鑑連が怖いからここにいるのだが、


「言ってみろ」

「ぎょ、御意にございます」


 と答えるしかない。


「……」

「……」

「……」

「ふぇっ……ふぇっ!ブェックション!」

「……」

「……」

「片付いたな」

「……ぎょ、御意」

「備中、先に館に戻れ。そして御台所に伝えよ、暇を与えるのでどこへともなり去るべし、と」


 唐突。まさに唐突とはこのこと。急になんという事を言い出すのか我が主人は。君命違反と貴種殺人の後だけに、さすがに眩暈を覚えた森下備中であった。

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