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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
216/505

第215衝 茶飯の鑑連

……平和が訪れた筑前筑後。これまで常に最前線に身を置いていた戸次鑑連も遂に妻子とともに平和を満喫する時間的猶予が得られた……


 そう日記に認めた森下備中、発作的に紙を裏返した。そして改めて筆を運ぶ。


……忌まわしき密約によって形づくられし偽りの家族像を一体全体誰が言祝ぐことができようか。それとも庶流の家系ともなれば受け入れられるとでも……


 そこまで書いてしばらく考えた備中、火鉢の上に紙を置いて、全てが灰になるまで見届けた。



 日が登ったので備中は城に登城する。道すがら同じく出勤途中の内田と並び、くだらない話をする。


「剣術の腕を磨いたか?」

「全然だよ」

「次、間者が来たらどうする」

「間者ってどこから?」

「そりゃ、佐嘉から」

「博多から来たりして」

「……趣味が悪いな」

「なら臼杵からかな」

「……」


 何となく気が乗らず内田を追い払った後、城門の辺りで安東と会う。


「やあ備中」

「安東様」


 歴戦の勇将の期待は後継者についてだ。夜須見山で嫡男は死んだが、孫もいるし他の子らもいる。


「安芸勢との戦いで筑後の抑えに回った詫び、いや褒美に、殿より会食の機会を頂いたよ」

「それは何よりですね」

「私もそろそろ老いてきた。親繁様みたいに戦場で死ぬのはいいとしても、世代交代はしっかりしないとな」


 世代交代、現実を思い知らされる嫌な言葉だ、と備中は思う。今年、鑑連は五十七かそこいらの年齢だ。備中もいつの間にか不惑の歳に突入していた。


「大きい声では言えないがね。将来息子に誾千代様を貰い受けることができれば、と考えている輩は多い」

「えっ、本当に?」


 おいおい当然だろ、と呆れ顔の安東に、備中も反論してみる。


「戸次御宗家は亡き鑑方様の嫡男鎮連様がお継ぎになるのに?」

「それはそれとして、殿の軍団と名声は戸次家と分離しているという評判もある。ならば誾千代様の婿となる者こそ、殿の真の後継者ということになる。そういう計算が働いているのさ」


 そう言いつつも、どうやら誾千代の隣に孫を送りこむ将来を夢見ている安東へ適当に相槌を打ちながらも、今の言葉は真理を告げているかも、と備中は考え込む。


 肥後、筑前、豊前、肥前で戦い続けてきた鑑連は各地に所領を有している。もはや鑑連を抜きにして戸次家は語れないが、全てを合わせれば数満貫に及ぶ収入が鑑連にもたらされていた。さらに、多々良川の戦いで筑前に土地を増やすことは出来なかったが、代替えとして肥後、筑後に所領を増やしている。この頃の鑑連は、かつての戸次家では考えられないほどの資産家であり大身となっていたのだ。


 そして鑑連には男子がいない上、その政治的野心を満たすため早々に家督を甥に委ねている。戸次家家督譲渡以降に獲得したものは、ほぼ鑑連個人に属するものであった。故に、安東のように考える者が家中には多く、誾千代は蝶よ花よと大事にされていた。そして、あと十年過ぎれば、誾千代も結婚適齢期になる。


「後、十年過ぎれば殿も六十七歳か」


 主人鑑連が獲得した有形無形の財産目当てに誾千代へ接近する輩を想像すると、備中は不快を催すのだ。それが人並み外れた鑑連の人生の価値を貶める行為にしか見えないためで、


「良い馬の骨を探さねば」


と役目違い甚だしくも、勝手な思いを新たにする森下備中、ぶつぶつ言いながら近習衆が集う部屋に入り執務を開始する。



 いい加減な書状に胡散臭い自薦他薦の手紙は数多い。それらを振るいにかけて、近習筆頭の内田へ回す。次いで収集された情報に手をつける。これも玉石混合で石の割合が多く、やはり選別が必須という具合だ。


 この時期、京の都に関する文書が多く、都会に憧れる近習同僚らは、それぞれ想像を逞しくする。


「これこれ。都を制した織田弾正忠が将軍様と不仲になった、とある。色々縛りを押し付けているとか」

「将軍様ともあろうお方が、そんなもの気にするかな。こちらの情報では一緒に能を愉しんだ、とあるぞ」

「遠い都のことなんて。それより安芸勢との和睦について、将軍家だけでなく織田弾正忠も交えて取り交すべきではないか」


 基本的に、同僚らのそう言った会話に入らない備中は、処理に専念する。ふと、気になる書状を見つけ、手に取ってみる。何のことはない、博多衆の町から送られた定例の書状だが、開けば活力と豪奢の風が心に入ってくるようだった。それはどこか懐かしい博多装いの書状で、じっと見つめていると、朧げに今は亡き一人の人物を思い出すのであった。


「立花様……」


 主人は暗いだの、せむし野郎だの言いたい放題であったが、備中が見るにこの乱世に稀有な誠の武士であった。そんな大人物と一時的にとはいえ文書交流をしていた一事は、誇りとするべきであった。


 去りし立花殿の思い出に包まれつつ書状の整理が終わると、内田と確認を行い、ようやく鑑連の下へ持っていく。


「ご苦労」


 多々良川の戦い以降、何を考えているのかすっかり大人しくなった鑑連はあっという間に書類の確認を終える。故に、すぐに解放される二人だが、


「備中、この書状は奥へ持っていけ」

「よろしいのですか」

「ああ」

「そ、それでは失礼して……」


 内田の嫉視を背中に感じながら手元を確認する。書状は二つ、問註所殿と増吟からのものだ。鑑連の顔を見ると、意図して備中から視線を外している様子であった。



 奥の間を訪ねると、問註所御前が侍女らと誾千代をあやしていた。侍女へ書状を委ね下がろうとする備中、ふと赤子の顔を見る。


 公式にはあの鑑連の子である。その表情に大物の片鱗を探ってみるが、


「……」


 生まれて半年程度の赤子の顔を見て感じるものなどあるはずもなかった。とはいえ、ジッと見ていた備中を見つめ返した誾千代が笑声をあげると、周りの女たちがおほほと喜んだ。侍女衆曰く、誾千代に気に入られた、ということで、照れ照れ退出する備中であったが、


「……」


 安東がいみじくも口にした、誾千代の婿に自分の子孫が収まる未来を妄想すると、何やら心地よさを感じてしまうのであった。

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