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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
215/505

第214衝 苦笑の鑑連

「クックックッ!」


 鑑連の嗤いが止まらない。笑い続ける大友家随一の武将を前に、呆然とする吉弘嫡男、思考中の小野甥、おろおろ狼狽える森下備中ら、誰が次の行動をとるか、で牽制しあっているかのようである。無論、こんな時に当たりを引くのは小野甥だ。


「戸次様」

「クックックッ」

「立花山城は吉弘様が得ることになったようですな」

「お、小野……」


 自分の言うことを聞いてくれ、と言わんばかりの吉弘嫡男を、小野甥は無視して続ける。


「さらに吉弘様御舎弟が岩屋城へ入るとのこと。岩屋城に将が居れば宝満山城は空き城で良いはずです。それこそ平時に高橋鑑種がしていたように」

「クックックッ」


 なにやら爆弾発言が飛び出すのではないか、ゴクリと息を飲む吉弘嫡男と森下備中。


「戸次様は筑前屈指の要衝を全て没収されたようなものです」

「クッ!?」


 鑑連がしゃっくりのような声を出して息を止めた。このまま呼吸が止まってしまうのか。


「ですがまだ、この筑前には、博多の町が残されています。この町の権益……というよりも町への指揮権を維持できれば、宗麟様と交渉ができるのではありませんか?」

「それだ!」


 弾かれたように叫んだ鑑連。


「既成事実が大切なのだ!幸い、内田が博多の町へ入っている!あれはワシの子飼中の子飼、貴様のような外様とは違う!」


 急に笑顔を作る小野甥。


「……戸次様のため、私もかなり危ない橋を渡ったのですが」

「成果がでなければゴミだ!塵芥同然だ!備中、博多の町へ行くぞ!」


 鑑連はいきなり馬首を西へ向けるや馬を走らせる。備中も急いで馬に乗り、小野甥へ曰く、


「お、小野様も早く」

「やれやれ、全く感謝されてないですね」


 爽やかな小野甥にしては珍しくイライラした様子だったが、焦る備中、


「小野様!」

「ワカりました、行きましょう」

「私も行こう」

「吉弘様、激昂した戸次様は何をしでかすかワカりません。随行はやめておいた方が良いでしょう」


 実に説得力のあるそんな小野甥の言葉を、恐れから否定する吉弘嫡男。


「いや、今、誠意を見せないととんでもない事になる予感がするのだ」


 不安を武将らしい直感で追いやった。それもまた納得の様子の小野甥、備中も同感であったが。



 筑前、博多の町(現、福岡市博多区)


 鑑連を追って馬を駆る三名。進路の左側で力士の群れが稽古に励んでいる風景に備中が心をときめかせていると、正面に大きな堀が現れた。備中は伝令として博多に来たことがあったが、その時は無かったものだ。が、とりあえず自分の記憶を疑っておく悲しい習性曰く、


「町の外堀、こんなにありましたっけ?」

「今回の戦に備えて、拵えさせたらしい」

「商人たちがですか」

「いえ、安芸から来た扇動者がさせたようです」

「確か、何とかという禅僧だ。強欲振りで泣く子も黙るという博多の連中を動かすとは、恐れ入る」


 ただ戦争は終わった。堀には橋が渡してある。よく見ると、そこに鑑連の姿があった。


「と、殿……」


 内田もいる。だが、鑑連は誰かを詰問している様子だ。低く震える声が三名の耳にも届く。


「貴様ら臼杵の連中がいつ、博多の防衛に功があったというのか!言ってみろ!」

「ですから、我が兄鑑続が博多の防衛に先鞭をつけたのです!」

「たわけたことを!博多の連中は強者にひれ伏す!貴様ら臼杵の兵が強かったことなど一度でもあるか!」

「なにを言う!無礼は許さんぞ!」


 鑑連が誰かと激しく言い合っている。吉弘嫡男が舌打ちをして曰く、


「あれは臼杵様の弟君だ」


 臼杵様と言うと、臼杵弟の弟、という事になるだろうか。


「あ、立花山城が降伏した時の……」

「備中殿、その方はもう一人の弟君です」

「し、失礼」


 詫びながらも混乱が解けない備中。臼杵弟が居て、臼杵弟の弟がいて、そのまた弟がいる。


「鎮続、貴様のような未熟者がこのワシと張り合うつもりか?クックックッ、笑わせる」

「うぬ」

「おっ、やる気かね、小僧」


 鑑連が挑発した嗤いを見せると、鎮続と呼ばれた臼杵弟の弟が刀に手を掛けたように見えた。


「いけない!」


 馬に鞭を入れ急ぐ三人。諍う両者の間に入り込むことに成功した。


「よ、吉弘様」

「チッ」


 鑑連の舌打ちを聞いた備中は、主人が相手をわざと挑発していたことを確信した。無礼を働かせて、弾劾するつもりであったに違いない。だが、何故だろう。隣に立つ内田が困惑しきりといった表情をしている。


「鎮続殿、落ち着いて下さい。一体どうしたのですか」

「吉弘様、私は宗麟様の命令に従ってこの博多の町に入りました。ですが先に戸次……様のご家来が町への指揮命令を掌握されていたので、その移管を要求したまでのことです」

「宗麟様の!?」

「そうですとも、それなのに……このようないわれなき侮辱、甘受することはできません!」


 顔を見合わせる吉弘嫡男、小野甥、森下備中。臼杵弟は博多の町へも手を打っていたということだ。義鎮公からの指示が飛んでいるのであれば、既成事実を突きつけるには時間が足りなかった。


が、吉弘嫡男は両者の融和に努める振る舞いをとる。曰く、


「鎮続殿に博多を統率せよとの指示を出したのは?」

「……我が兄、鑑速です」

「筑前の戦線、大将たる戸次様の采配で平和を取り戻したばかりだ。その指示、何かの間違いではないか?」


 臼杵弟の弟はムッとして反論する。


「そんなはずありません。宗麟様からの知行宛行状もここに」

「……うん」


 備中にはワカらないが、吉弘嫡男も小野甥も沈黙している以上、本物なのだろう。こうなっては電光石火の早業で鑑連外しが進行した、と考えるしかない。


「クックックッ!」

「クックックックックックッ!」

「クックックックックックックックックッ!」


 悔悟からか、無念からか、馬鹿笑いを続ける鑑連。町へ帰る様子の力士衆、何事ならんとその有様を眺め始める。その中の一人が曰く、


「おお、戸次伯耆守鑑連様だ」

「安芸の軍勢を追い払った伯耆守様!」

「ありがたやありがたや」


 武を生業に生きる力士らに、どうやら絶大な人気がある様子の鑑連、肉体美溢れる力士衆にちやほやされ始めると、冷静さを取り戻したのか、笑い声が止まった。


「この筑前を伯耆守様が守ってくださるのか!」

「素晴らしい!これで来年の相撲会大祭は賑やかになる!」

「戸次伯耆守様万歳!」


 そんな掛け声を前に、小さな苦笑いで堀から去るしかない鑑連であった。後をついていきながら、小野甥が曰く、


「博多の衆にとっては、この戦の勝利者は戸次様しかいないのでしょうね」


 それに頷きながら、吉弘嫡男は、


「力士どものあの声、鎮続殿も苦しいだろう。博多を治めるのに、以後なにかと戸次様と比較されるに違いない」


 小野甥も備中も、その言葉には無言でいた。なぜなら、続いて吉弘嫡男がぼやいたように、


「それは私も同じか」


ということであったからだ。足取り虚しく馬の近くまで歩く鑑連の側まで近づいた吉弘嫡男は、静かに片膝ついた。


「戸次様。この度、私も良くワカらぬ次第となりましたが、私に限って言えば、この戦いで戸次様より頂いたご指導ご恩を決して忘れておりません。お陰で私はようやく武士として自信が持てましたし、病の父を安心させることもできたと思います。よってこの恩に報いねば、漢ではないと考えます。どこかで必ず御返しいたします」


 若者のその言葉には真心がこもっていた、と備中は感じた。感動的なまでに。苦悩する鑑連を前に、嫌気がさしていた様子の小野甥の顔にも爽やかさが戻ってきている。


 悪鬼に真心が届いたか。確証は無いが届いたのだと備中は確信していた。神に通じる力士たちから賞賛され、仁の心を取り戻したのかもしれず、さらに感謝と善意が降り注いだ。男子の居ない鑑連は、吉弘嫡男との擬制的な関係の中に、救いを得たのだ、と。


 その証拠に、鑑連は罵詈雑言どころか感謝すら述べなかった。まだ自分は終わっていないのだ、という決意表明以外のなにものであろうか。無論、備中の目に映る力無い鑑連の姿は現実だとしても。



 木枯らしが吹く冬の筑前、武将たちはそれぞれの冬越えの地へ戻っていった。吉弘嫡男と小野甥は立花山城へ、鑑連主従は筑後問本城へ。



 そうして年が明け、永禄十三年となった。

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