第212衝 心火の鑑連
筑前・宝満山城(現、太宰府市)
高橋旧臣衆との会談は出来の悪い劇のように終わった。上座より恐ろしげに睥睨する鑑連の前に、敗北者達は一様に弁解する。
「全ては高橋鑑種殿の野心と策謀に原因が」
「この城に残った者たちに異心はありません。本当です」
「どうぞお許しを」
負け犬を見下ろす行為が大好きである鑑連は、無表情のままだったり、いきなり悪鬼面をかましたりして、彼らの感情を弄ぶが、最後に一言、
「許す。所領の没収についてだが」
グッと目を慍らせて全員を凝視し、精神力の消耗を確認してからおもむろに、
「無し」
と宣言し、負け犬たちの心に着いた霜を一掃した。高橋鑑種とその残党が去ったのだから空いている土地がある。確かに所領の没収の必要はなかったのだが、
「ありがたきしあわせ」
と負け犬たちは大いに沸いた。
「備中、これがイヌどもを飼いならす方法だ、ワカるな」
「は、ははっ!」
自尊と虚栄の塊である鑑連にとって、上機嫌な日々が続く。高橋殿が担当していた領域は全て鑑連の命令に服した。休暇が欲しくてたまらない備中は、再度主人へ水を向ける。
「さすが殿のご威光は一味違いますね」
「クックックッ」
上機嫌である。
「思えば高橋のヤツも存外あっけなかったな」
ここに至るまで相当苦労させられたではありませんか、と言いたいが堪えて口にはしない備中。事実、立花殿を誘ったり安芸勢を筆頭に諸勢力を動かすなど、高橋殿は難敵であった。居城たる宝満山城もついに落城はしなかったのだ。
それを打破し得たのは、大友家臣団の連携だろうか?備中の考えでは違う。大友家臣団に連携などと言う美点は無い。あるのは取り澄ました独断専行による目標の合一だ。では永禄十二年の危機を脱し得たのは奇跡だろうか。鑑連や老中筆頭吉岡の振る舞いには、そうではないと確信させる何かがあるのは間違いないのだ。が、それが一体何かまでは、備中の考えが及ぶ範囲には無かった。奇跡為らざる人が、口を開く。
「筑前もこれで落ち着くだろう」
「そうすれば、問本城へ帰還できますね」
「まあそうだな」
備中は心の中で拳を握ったが、
「そう言えば、吉弘の次男坊が言っていた噂の件は調べたか?」
「はっ、今のところ、軍中にこの噂は影も形もありません」
「橋爪隊、朽網隊の兵どもは?」
「全く、何も。まだ伝わっていないのでしょう」
「ふん、どうかな。橋爪は周防攻めについて、知っていた顔だったろうが」
「た、確かに」
橋爪殿の真っ青な顔を思い出す備中。
「ワシ外しは、現在も進行しているのだ。絶対に知っているものがいるはずだ。吉弘の嫡男だってどうかワカらん」
「ご嫡男がご存知なら、伝えてくるのではないかと……」
吉弘次男との面談があったのに、鑑連は疑り深い。よって、一つ忖度してみる森下備中。
「す、すでに吉弘様と義鎮公近習衆の間の情報伝達が切れているのだとしたら……」
「そうだ、そう言うことだ。来春の佐嘉攻めがあれば、そう言うことになる」
「はい」
「つまり、もう吉弘勢には利用価値が無い、と言うことでもある」
「は、はっ?」
「それはすなわち、貴様が言い続けていた吉弘家との誼について、掃いて捨てた方が良いということにもなるな」
「いや、あの」
「貴様も用済みになるか?」
「ええっ!」
「それが嫌なら情報収集を怠るなよ。貴様には休む暇などない。覚えておけ」
「は、はひ」
休暇が暗黒へ沈み消えていくのを感じ、血圧の高まりを感じる備中であった。
立花山城の小野甥から使者が来た。
「申し上げます!」
「敵襲か?」
「いいえ!ですが小野様が至急戸次様へお渡しせよと!」
書状を受け取りそれを開いた鑑連。面倒臭そうにしていた顔がどんどん険しくなり、皺でくしゃくしゃし、遂には悪鬼面となった。そして一喝、
「小僧が!」
「うわっ」
怒りに任せて振り上げられた鑑連の拳が、床板を貫き折った。跳ね上がった床板が鼻先をかすめ、腰が抜けそうになる備中へ鑑連、恐怖の仁王立ちで曰く、
「立花山城へ向かう!」
「は、はい。へ、兵は」
「不要だ!馬引け!」
「はっ!」
筑前・立花山城(現、福岡市東区)
つい先日まで戦場であった城に通じる入り口に、小野甥が爽やかに立っていた。
「戸次様」
「どういうことだ。ワシは貴様に城を預けたのだ。それがこんなところで何をしているふざけるなよ貴様ワシの命令を軽く考えているのか!」
怒流の早口を前に、いつも通り冷静な小野甥。
「宗麟様のご指示とあれば、従うほかありません」
「おのれ!」
何を考えたか鑑連が懐の鉄扇を抜こうとした時、お供を引き連れた吉弘嫡男が現れた。何故ここに、そして極めて申し訳ない、という二つの感情が完全に混じり合った表情で曰く、
「へ、戸次様」
「よくもワシの前に顔を晒せたな」
「そ、それが私も良くワカらないのです」
「黙れ」
「なぜ私がこの城に入るよう言われたか」
「この裏切者め!」
「う、裏切ってなどおりません!」
「黙れ!言い訳してみろ!」
「そんな!」
どっちだよ、と思いながらも路傍にあって備中が他人の不幸に溜飲を下げていると、どうやら真の元凶たる人物が近づいてきたようだった。




