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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
210/505

第209衝 無躊の鑑連

 芦屋津で安芸勢に対するそれ以上の追撃を諦めた大友方、打ち合わせに従い弾丸の速さで立花山城へ戻ってきた。大将鑑連の決断も早かったため、迅速な事運びとなった。


「包囲だ!」


 大友武士らは今度こそ大友方の優勢を確信して要所を押さえにかかる。城に篭る安芸勢はもはや出撃して来ない。その様子を安心して眺める備中。


「もはや勝負ありですね」

「……そうとも限らん」

「そ、そうですか」

「敵が強情にも意地を示して踏ん張り続ければ、安芸勢とは言わんが誰かが戻ってくるかもしれんだろ」

「なるほど……」


 由布だけでなく、合流した内田もまだ楽観視はしていないようだが、鑑連は、


「備中、勝負ありにするには、頭を使え」


と条件付きではあるものの、備中に同意的であった。これは奇跡だ、と思い定めた備中は主人のため頭を働かせる。


「こ、降伏を促す、し易いよう段取ってあげる、ということですか」

「卑屈すぎる」

「も、申し訳ありません」

「降伏する際に焦点となることはなんだ」

「い、命の保証があることですね」

「貴様のような下郎はな。内田」

「はっ!武士たる者、名誉を維持することの方が重要かと」

「そうだ、よく言った」

「そ、そうでした」


 文系武士ゆえ、情けなさ等微塵も感じない森下備中は、自分の命があれば名誉など必要なかった。無論、大した名誉が無いこともある。


 備中は立花山に上る旗を見る。安芸勢を象徴する一文字三つ星の他に左三つ巴も数多く並んでいる。斥候によると、城ではこの左三つ巴の武将が指揮を執っているという。豊前撤退戦で田原常陸が唯一警戒した敵武将と同じだ。まだ見ぬその人物は、溢れんばかりの武勲を抱えているに違いない。


「では武装したままの退去、という形ですね」


 戦国の世、退去を許すだけでも寛容だ。武装したままであれば尚のことだろう。が、鑑連は不敵に嗤う。


「それだけで行けば上々だがな」

「ま、まだ条件を出してくるでしょうか」

「安芸勢は立花の要請に応えてやってきている。が、立花が死んだ後も攻勢を強めていたのは何故か」

「それは……高橋様が」

「そうだ。高橋を助けるという大義名分もあったからだが、こうして貴様と話をしていて、不愉快になってきたぞ」

「え!」

「つまり高橋の野郎に腹を切らせるということは、安芸勢の面子を潰すことになるのか」


 舌打ちをする鑑連を見て、確かにそうかもしれない、と備中も納得する。すると、芦屋津で臼杵弟と吉弘嫡男へ宣言したことにつき、片方を実行すれば、もう片方が頓挫する恐れがあった。


「悩ましいがグズグズしていれば義鎮がしゃしゃり出てくる。決めよう」


 目を瞑り腕を組んだ鑑連。珍しい、と備中が思った一瞬で、悪鬼面が上がった。


「ヤツを生かしておく。備中、橋爪を呼べ」

「ははっ」


 橋爪殿の陣へ向かいながら、備中が感じたことは、鑑連が高橋殿を生かしておけばいつか義鎮公への牽制として使えると判断したのではないか、ということだ。辛辣で忠誠心に欠ける鑑連らしい戦略ではあった。



 人の良い橋爪殿は、呼びつけられても素直に出向いてきた。傲然たる鑑連曰く、


「宝満山の高橋へ条件を伝えに行ってもらいたい」


 橋爪殿は高橋殿の親族だから、この役目にはおあつらえ向きだ。橋爪殿も明るさで顔を照らされたように力強く言う。


「喜んで向かいます!」

「そうかそうか」

「それで戸次様……その、じょ、条件は」

「筑前からの退去のみ。これさえ承知すれば命は保証する」

「おお……」


 橋爪殿の目が涙で潤み出す。


「高橋は……私の叔父貴です。この条件、私も大変嬉しく、か、感謝に堪えません!」

「うんうん」


 こういう時、鑑連の相槌は常に適当だか、話が核心に触れると常の地が舞い戻る。


「そ、その、宗麟様や吉岡様も……ご承知……」

「ご承知のはずがないだろう」

「え!」


 絶句する橋爪殿。


「そ、それでは」

「よく聞け、高橋の命を救いたければワシの言うことに従え」


 動揺を隠せない橋爪殿に顔をグッと寄せ鬼の形相で睨みを効かせた鑑連。


「誰も口を挟めない間に、既成事実を作ってしまう。それ以外に方法があるとでも?」

「たたた、確かに」

「今回の佐伯の復帰や周防攻めと同じだろう、クックックッ」


 表情が一気に真っ白になる橋爪殿。備中でもワカった。この顔は、鑑連外しで進行した作戦について十分に聞いていた顔だ。ゴクリと息を飲む音が、陣中に響く。鑑連は悪鬼面と化している。哀れな橋爪殿に妙な親近感を備中は寄せる。


「高橋の助命は立花山城開城への近道だ。下手に高橋の腹を切らせてみろ、立花山城も頑なに成らざるをえんだろう。もはやこの戦、締め時だ。そう思わんかね」

「は、はい……」


 橋爪殿は震える声で小さいが同意した。


「ではワシらの手で、この長戦の幕を引く。よろしいか」

「承りました……」


 脅迫的ではあったが脅しではなかった。一万田一族は大族である。この処置は、彼らからの好意を得る一助になるだろう、と備中は主人鑑連の珍しい政治的な配慮に感心するのであった。


 しかし備中は新たなる疑問を持つ。鑑連はこれまで蔑ろにしてきたこの種の配慮を、何故急に、ということだ。その謎はまだ解けそうになかった。



 橋爪殿が出発した後、包囲陣の一角を占める田原隊の隊長がやってきた。備中、田原武士を見て温かな声をかける。


「妙法寺様」

「やあ備中殿、戸次様に呼ばれてきたよ」


 備中が知らぬ間に鑑連は田原武士を呼んでいたようだった。


「ご苦労。この戦で田原殿の鉄砲隊、見事な働きであった」

「はっ」


 真の功労者は田原民部か田原常陸か、この田原武士の本心は田原常陸に近いはず、と備中は考える。


「田原常陸殿及び田原民部殿の代理として、立花山城の敵将へ条件を伝えてきてもらいたい」


 田原武士、小さな間の後、


「戸次様の代理では?」

「それは言わずもがなさ」

「はっ、承知いたしました。それで条件は」

「武装したままでの退去を許す、ということだ。そうすれば贈呈として高橋鑑種の身柄をヤツらにくれてやる。そういうことだ」


 どうやら勘が良く、自らの立場もしっかり弁えている田原武士は、


「承知いたしました。すぐにでも動きます」


と二つ返事で了承した。鑑連は満足げに頷いて珍しく話題を振る。


「あの時の鉄砲隊の戦術について、そなたの意見を聞きたい」

「戸次様が備中殿を介して連射をお命じになられた時のですね」

「そうだ。ワシらも手本にしたい程の重い攻撃だった」

「あれは田原民……部様に支給されたものです。なんでも南蛮人から贈られたものということで」


 備中は田原武士の感情が揺れるのを見た。


「南蛮渡来の消耗品か。弾込めの際にどの程度の合理を得られたか」

「倍は速くなります」

「それは凄いな」

「今回、僅かな量のみ携帯しましたが、それでも連射時の銃身の熱さを相当なものでした。この問題を解決すれば鉄砲隊の戦術により選択肢が増えると考えます」

「水浸しの藁を巻けばどうだ」

「使用できるでしょう。ですが熱くなりすぎると、暴発の危険もでます。暴発は撃ち手の死につながります」

「何発撃てばそうなる」

「私の知るところでは……」


 鑑連と田原武士の鉄砲談義はその後もしばらく続いた。知人の活躍に備中も心和む一時であった。

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