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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
201/505

第200衝 祝福の鑑連

 吉弘の陣への作戦伝達を終えて、大友方の安全地から多々良川を渡ろうとしていると、川向こうの戦場に動きが見えた。戸次の騎馬隊が戦場を進んでいる。さらに立花山から煙も上がっている。鑑連の作戦は進行中のようである。


「……」


 膠着している状況下では大将自ら最前線に出張るものなのだろうが、最悪敵中で孤立してしまわないか、と心配にもなる。


「本当、大将自らよくやるよ」


 だが、その作戦を決定する契機は、備中自身の発言によるのだ。しくじれば自分も責任を負わねばならないかもしれない。そんなことを考えていると、


「おい備中」


 川の左岸を巡回している内田が声をかけてきた。


「やあ」

「殿と吉弘様の共同作戦について聞いた。先方の感触はどうだった」

「ご嫡男は常に川の右岸で指揮をとっていて陣にはいなかったよ。ご家来に伝えてきた」

「そうか。戸次隊の動きのために、戦局は我らが有利だ。殿もお喜びだろう。それに、良い話も入ってきている」

「良い話?」

「聞きたいか」

「そ、そりゃ勿論」

「当ててみろよ」

「ええ?左衛門、ヒマなの?」

「いいから、ほら」

「そ、そうね。うーん、出雲の謀反勢が健闘しているとか?」

「えっ、その噂、本当なのか」

「えっ、知らないの?」

「……」

「……」

「なんだその顔は」

「べ、べつに」

「機密情報なのか」

「そういうわけじゃないけど」

「くそ、私は知らされていないぞ」

「殿も全てを知っているわけでは無いみたいだよ」

「……ふん、まあいい。で、当ててみろよ」

「なんだろう、吉岡様が安芸勢の誰かを暗殺したとか?」

「なんだその話こそ初めて聞いたぞ!」

「い、いや、適当、適当だよ」

「……」

「……」

「備中、私に隠していることはないか」

「な、ない」

「私は近習筆頭だぞ。目を見ろ」

「はい、隠していません」

「……」

「……」

「……奥方様が無事に臨月をお迎えになられる、という話だよ」

「げ……」

「なんだそりゃ」

「い、いや。なんでも。筑後からの連絡があったの?」

「問本城と問註所様それぞれからだ、めでたいことだな」

「そうね……」

「男子が産まれた場合、殿は家督をどうされるのかな」

「うん……」

「……」

「……」

「無論、私は殿のご嫡男を支持するがな」

「そう……」

「なんだ、元気がないな」

「いや、そんなことは」

「私は殿の命令で川のこちら側を守らねばならん。今の話、殿が戻ったらちゃんと伝えておいてくれよ」

「ワカったよ」

「めでたい話なのに、妙なヤツだ」


 妙なのはいつものことか、と言いながら、内田は去っていった。


 この話、事案の元凶たる増吟へ伝えないわけには行かない。川を渡って戸次の陣に戻り、妙な加持祈祷に精を絞り出している増吟を認めた備中。内田からの話を伝える。


「おお、よかったですね」


 一切悪びれずに喜びの声を上げる増吟に対し、疑惑の目を向ける備中。よくもそんなことが言えるな、という眼差しを向けたのだが、それは増吟にしかと伝わったようで、


「森下様は戸次様の幸せを望んでおられないのですか?」


と逆に叱られてしまう。自分も事案の共犯者であるためおおっぴらに反論できないが、多少の抵抗を試みる。


「殿の幸せになるかどうか、私にはワカりません」

「戸次様にとっての嫡子ですぞ。幸せでないはずがない」

「あ、あんたねえ」

「なんです」

「……」


 今、備中と増吟の他は誰もいない。が、どこに人の目耳があるかはワカらない。よって非難は目でするしかない。


「森下様の考えはワカりますよ。しかし、戸次様が選択したことに異論を唱えては、君臣の道に違えていると言えるでしょうな」

「……」

「この運命、戸次様は慈悲深くも破却しなかったのです」

「……」

「これから誕生する子は、戸次様の祝福を受けて生まれてくるのです。子の誕生は御仏の奇跡。それ以上でもなくそれ以下でもなし。御仏の慈悲を祝福することに疑義の差し挟まる余地はありません」

「……」

「御仏の慈悲とは何か、お判りですね?」

「それは、あんたから私への公案ですか」

「おや、拙僧へ弟子入りのご希望ですか?」


 シレッと戯言を抜かされ、備中も頭に来る。


「冗談じゃないよ」

「ははは、まあまあ……」

「こ、この……た、ただあんたは坐禅を組んでいれば良い、とする宗門の出だったと思ったからさ」

「勿論そうですとも。森下様、あんたは仏の道からは随分と遠い場所に立っているようで」

「ひ、人のこと言えるのか」

「言えます」


 そうきっぱりと言い切られて、備中は会話をやめた。禅僧相手に問答では叶わない。ただ、天道に背く行いを反省もしない目の前の破戒僧を裁く存在を示唆しておきたくもあったのだ。


 増吟は備中そんな気持ちをも読み取ったようだった。横を向いた備中へ曰く、


「森下様、拙僧がその言動に反することがあれば、戸次様が拙僧を処断するでしょう。そうならぬよう、気をつけています。ご心配なく」

「心配なんかしてないし、そうなって当然と思ってるよ」

「森下様と拙僧はもはや一心同体、心配くらいはしてもらいたいですな」


 備中へ笑顔を向け、増吟は去っていった。



 翌日、鑑連が戦場から戻ってきた。聞けば守備に専念する吉川隊を大いに痛めつけたということであった。しかし備中は全てを脇に置いて、まずは問註所御前の話を伝える。が、


「すでに増吟から聞いている」

「えっ?」


 驚いた備中。


「ぞ、増吟殿は……」

「問本城へ戻れと命じてある」

「そ、それは……」


 周囲には事情を知らぬ武士たちがいる。多くを言えない備中へ


「無論、誕生立会いのためだ」

「と、殿!」

「おい備中。貴様、この件で妙に過敏になっていないか」

「……そ、それは」

「いいか、ワシに殺されたくなければ、これまで通りにしていろよ」


 そう言って陣の奥へ去っていく鑑連。


「なぜ増吟でなく私が殺されなければならないんだ……でも、ご本人が良いのなら良いか……」


 ふと主人の背中から、父親になる喜びらしき陽気が見えた。ならば以後雑念を振り払おう、と心に決める。それでも、将来、増吟の子に仕える自分の姿を想像した時、承服しかねる葛藤が胸のムカつきとともに込み上がってくるのであった。

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