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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
198/505

第197衝 舌打の鑑連

「長引くね」


 とある武士の呟きが秘められた不満の火を扇いだ。耳をそばだてて歩く癖のついている備中は、それらを拾っていく。


「収穫の季節も遠くない。故郷の田んぼはちゃんとやってるかな」

「夏が終わっても戦をしているようなら……いや、やっぱり頑張ろうかな」

「そうとも、二大勢力の激突なのだ。勝てば田んぼの稼ぎを超える褒賞があるよ」



「……というように、厭戦の空気がいくらか漂い始めています」

「ほほう。貴様がワシに言いたいことは良くワカった。早くキメやがれ、ということだな」

「あ、あの、その」

「貴様の有難い進言、受けておいてやる。覚悟しておけ」

「は、はひ」



 本隊である戸次隊が多々良の川を越えてから、驚くほどに事態は変わらない。味方は後に続くことができず、


「これでは城を包囲することなど夢だぞ」

「戸次隊一人勝ったところで、たかが知れている」

「戸次様も何か手を打たなきゃ、マズいよな」


 武士らのうんざり顔も日常のことになり、戦場の空気も悪くなっていく。大友勢は、鑑連が宣言した通り、奪われた城、領域を奪還しなければ負けなのだ。安芸勢に比べて不利な点である。


 本陣にて大友勢の利点について、頭を捻っていると、


「戸次様」

「来たな」


 小野甥がやって来た。心底嫌そうな顔をする鑑連は常の通りだが、小野甥からいつもの爽やかさが見られない。どうしたことだろう、といぶかしむ森下備中。そう言えば前回の会談の終わりからこんな様子だ。


「何の用だ」

「情報を提供に上がりました」

「橋爪がしくじった宝満山城の情報なら入ってきている。報告は不要だぞ」

「今日お伝えしたいのは本国の情報です」


 小野は静かに語る。


「ふん、義鎮めが大病でもしたか」

「それでは戸次様は驚きはしないでしょう」

「ほう」


 小野甥は鑑連が驚くに値する情報を持ってきた、ということだった。鑑連も興味を示し、


「聞こう」

「吉岡様についてのことです」


 高橋殿の反乱以後、もはやその名も懐かしいという印象すらあるが、


「ジジイが死んだか?」

「いいえ」

「クックックッ、それも知っている。吉岡の倅は安穏と宝満山を囲んでいるからな」


 露骨な悪口は偽悪的なものではなく、本心だろう。備中だけでなく、もはや小野甥も承知していることだろう。


「宗麟様へ決死のご奉公をする、と吉岡様は腹を固められたご様子です」

「決死の奉公だと?あの妖怪ジジイが義鎮めに屈したとでも?」

「屈したとも取れるでしょうが、精一杯の奉仕をすることで吉岡家の後事流れを委ねられた、と私なら考えます」

「如何に老いぼれたとは言え、あれは妖怪だ。小僧を前に膝を折るなど、あり得んな。根拠を示せ」


 今日の小野甥は全く笑わない。


「吉岡様が意に沿わぬことを強いられたとして、それに戸次様が関わっていないはずがない、と私なら考えますね」

「ワシ?ワシだと?」


 怪訝な顔の鑑連を前に、話をすらすら進める小野甥。


「まず情報の話をいたします。本国では田原民部様、吉岡様が頻繁に打ち合わせを重ねています」

「老中同士、当然そういうこともある」

「本気でおっしゃっているので?ご自身を鑑みられても?」


 先程から無遠慮な発言が多い。備中はハラハラし始める。


「根拠はそれだけか?くだらな」

「田原民部様は、そのご配下を瀬戸の海賊衆の下へと差し向けています」

「なんだと?」

「確かなことです」

「ちっ、またも和睦か」


 舌打ちする鑑連に備中も心で同調していると、小野甥は否定する。


「戸次様はそのようにお考えですか」

「なんだと?」

「接する情報に差はあったとしても、私の見解は異なります」

「情報の差と来たか。貴様、立場を弁えろ。ワシはここの大将だぞ」

「僭越ながら、私は宗麟様近習衆の一員です」


 今日の小野甥は爽やかでなく、攻撃的ですらある。その変化を無論鑑連も感じ取っているだろう。


「ならば言ってみろ」

「申し上げます。吉岡様の戦略は、安芸勢の背後で火の手をあげることです」


 小さな沈黙があった。それは前線ばかりにいる鑑連が、改めて謀略を生業とする人物の特質を侮蔑とともに思い出したような、沈黙であった。


「背後となると、国破れた出雲しかない」

「はい」

「だが田原民部は海賊衆に使者を送った、と貴様は言ったな。ではその連中を取次に見立て、和睦の仲介を依頼したとも言えるではないか」

「もう十年近くも前の事ですか。時の老中筆頭田北様と臼杵安房守様は安芸勢との和睦を主導され、それが破られたことで表舞台から退かれました」

「前者は戦死、後者は頓死だ」

「それにより代わって老中筆頭となった吉岡様が、和睦など考えるはずが無い、とお考え下さい。あのお方は断固交戦派ですよ」


 小野甥の言葉が可笑しかったのか、鑑連は笑った。嗤ったのではなく。鑑連にそんな顔をさせる若武者の会話力に人知れず嫉妬する森下備中。


「すでに雲州では火の手が上がっているとの情報もあります」

「このことは、誰がどこまで把握している」

「雲州の件でしょうか」

「義鎮めと吉岡ジジイの段取りについてだ」

「正確には、田原民部様と吉岡様です。ぜひ、お間違えにならぬよう」

「で」

「臼杵様、吉弘様ご嫡男、朽網様、橋爪様、斎藤様は」

「ワシ以外全員ではないか!」

「いえ、志賀様もご存知ではありません」

「クソ!」


 さきの笑顔も吹き飛ぶ憤激。備中、合いの手を入れてみる。


「な、なぜ小野様はそれを我らに?」

「貴様の魂胆でもあるのか」

「言っているでしょう。私の仕事はあなた方の尻拭いだと。大切なことなので、念を押します。あなた方とは、今申し上げたその恩名の方々全員のことです。当然、戸次様も含まれます。安芸勢の大軍を前に、同胞同士いがみ合っている場合ですか」

「なんだと?」


 鑑連はまなじりを立てる。


「同じ豊後の武者ではありませんか。なぜ歩み寄れないのですか」

「無論、ワシ以外の連中にも諫言したのだな?」

「いいえ、戸次様だけです」

「貴様、死にたいようだな!」

「諫言は責任者の責務です。受けたくても受けれない者がほとんどだというのに」


 愛刀千鳥の柄を握り抜く鑑連だが、どうにもその殺意が伝わってこない。鑑連も飽きて来たのか、慣れて来たのか。このようなやりとり、もう何度目だろう、と備中はぼんやり心の中で数えてみる。


「チッ」


 どん、と腹にくる大きな舌撃ちを披露した鑑連、愛刀千鳥を腰に戻し、小野甥を見下ろす。その態度の不遜さに、そっくり返ることを期待する森下備中であった。

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