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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
194/505

第193衝 確執の鑑連

 安芸勢は精強である。よって、鑑連の果敢な用兵を持ってしても、多々良川を突破するには至っていない。戦いは一進一退であり、事態打開のため、鑑連、軍議を開く。


 まず、由布が諸将に報告する。


「……申し上げます。こちらから見た敵の左側に吉川隊、右側には小早川隊が展開しています」


 おお、と歓声が上がる陣中。敵の二隊に関する知名度は高いようだ。


「安芸勢頭領の嫡子達が前線に出てきているのか」

「兄弟とも勇猛さが諸国に轟いているぞ」

「引き換えわが方は……いや、なんでも」


 不用意にも大友家督家の不在を口の端に載せようとした者がいたが、きっと遠慮が働いたのだろう、結局その言葉は発せられなかったが、義鎮公への不敬は一切気に留めない鑑連、諸将へ問う。


「毛利元就の位置がワカらない」

「……現状不明です」


 訝しむのは同席していた吉弘嫡男。


「不明とは、まるで見つからないのですか」

「……配下の者が敵の足軽に化けて戦場を隈なく歩きましたが、毛利元就の姿、確認することができませんでした」

「立花山城にいるのでは?」

「……いいえ、城も探索しましたが、おりません」


 また、おお、と声が上がる。諸将は敵の城を調査してきたことに、感心している様子だ。備中、鑑連を見ると、自尊心をくすぐられているようである。これまで無言だった臼杵弟が口を開く迄は。


「由布、それは確実か」

「……はい、確実です」


 どうやら臼杵弟の発言を歓迎していない様子の鑑連、努めて場を回し始める。


「毛利元就は相当の老人のはず。倅たちが一廉の武将として隊を指揮しているのだから。なあ、鎮信」

「はあ」


 病床に伏している吉弘父も老いぼれだ、と言いたいのだろうか。ハラハラする備中。鑑連は続けて曰く、


「老い、体力衰えて、前線に出張るのは困難なのかもしれん」

「で、では、門司に居るのかも!」

「あるいは長門で指揮をとっていることも!」


 橋爪、朽網が大声を上げる。前線に居ないのは安芸勢も同じだ、と言わんばかりに。彼らは義鎮公への忠誠心が高い。大友宗家の名誉を守りたかったのだろう、小さな議論が起きる。賑やかになった陣中で、鑑連ニヤリと嗤って宣言する。


「これは好機だ」


 途端に水を打ったように鎮まった。諸将はその意図を読み取りに努め、いの一番に吉弘嫡男が同調した。意外に思う備中。


「私も同感です、戸次様」

「ほう、そうか」


 気取った声をだしたが、その実、かなり嬉しそうな様子の鑑連。


「では、ワシがそなたに何を命令するか、ワカるな?」

「はっ!」


 力強く答える吉弘嫡男だが、その解説を鑑連は求めなかった。


「ワカっているのならみなまで言わんでも良い。西の戦線はそなたに任せよう、担えるか」


 姿勢を正す吉弘嫡男。


「畏まりました。父の武名に恥じぬ姿、ご覧下さい」

「そなたの父を引き合いにするな。それならウチの備中ですら、同等と言える。クックックッ!」


 余りの発言に絶句する一同。視線が備中へ集中……しなかった。しかし、諸将の前で恥をかかされた備中、心臓の痛みに顔を歪める。


「鎮信、そなたの素質がなんであれ、命じたワシに恥をかかせぬことだな。それとそなたの父は後方へ移せ。足手まといだ」

「……承知いたしました」


 諸将らの前で、病の父を臭された吉弘嫡男、顔が能面のようになっていたが、鑑連は満足気である。諸将を睥睨して曰く、


「兄弟誰もが仲が良いとは限らんし、競い合いもある。小早川隊と吉川隊の連携が乱れる瞬間があるだろう。いや、ワシらが乱してやれば良いのだ」

「敵の連携が乱れれば、中央突破できるかもしれません」


 吉弘隊の右を受け持つ朽網殿が発言した。鑑連と入田家出身の朽網殿はその経緯から良好な仲にあるとは言えないが、鑑連はそれを気にしない風で問う。


「敵の中央は脆いかね」

「兵の士気より、連携の面で小規模です。陣容が薄いと言えます」

「なるほど、かもしれん」

「では我が隊にも敵中突破のご機会を……!」


 熱弁の朽網殿。備中が陣中に対して目をぐるりとさせると、諸将はおっやる気だな、という顔をしている。だが、鑑連は手厳しい。


「確かに敵中央の陣容は薄い。が、これはまず罠だ」

「わ、罠?」

「ああ、掛かる奴が居たら親の顔を見てみたい、というぐらいのな」


 再度絶句する一同。こういうことを言わないと気が済まないのが鑑連という性格なのだ。鑑連は、かつて義父だった朽網殿の兄もろとも、その父までも滅ぼしているのだから、朽網殿の親の顔をもちろん知っている。冷水を浴びせられるが如しの朽網殿。何かに耐えるように、俯いてしまった。静まり返った陣中に、鑑連の声が響く。


「よって、こちらには肥後勢を当てる。志賀殿、よろしいか」


 肥後勢を統括する志賀安房守、同意して曰く、


「我ら豊後勢は肥後侍のしかばねの上を進むのですね」

「その通り。踏み固めれば、道になる」


 随分酷いことを言ってるようにしか聞こえない備中。志賀家は父子ともに変わっているようだが、老中の一人でもあり、発言力は強い。


「では、筑後勢も前線へ送り込みましょう」


 次いで、筑後勢を率いる斎藤殿が発言した。この人物は義鎮公並びに吉弘殿、臼杵弟に近い。筑紫勢を破り服従させた実績から、備中には戦上手の印象がある。


「いや、筑後勢は予備兵力だ。本隊の後ろに控えてるように」

「……はっ」


 本当はまだ何か言いたそうな斎藤殿へ、志賀殿が軽い調子で曰く、


「斎藤殿、肥後勢が玉砕した後は、筑後勢の出番ですよ」


 自分が率いる将兵の死の予定を妙に明るく言ってのける志賀殿。諸将の中でも非常識な方なのかもしれない。釈然としない顔の斎藤殿はきっとまともな人格の持ち主なのだろう。


 おや、陣中人物評は楽しいな、と胸にときめきを覚える備中。改めて思えば、大友家中の諸将はなかなかに個性的で、思いを巡らせれば体が紅潮するようだった。鑑連の声がぼんやりと耳に入ってくる。


「田原民部殿の部隊。これは引き続き本隊の隣で敵を警戒する。如法寺殿」


 鑑連、如法寺殿へ目を向けると、その田原武士は静かに平伏した。彼は田原民部の陪臣故に、この軍議でも位が低く、同意を求める必要がない、ということを頭で消化していた備中、ふと田原武士と目が合った。互いに小さく会釈し合うと、やはり彼とはウマが合うようだと嬉しくなる。そこに鑑連の鋭い声が割って入った。


「田原常陸殿の武名、期待している」


 この部隊の育ての親は田原常陸殿であることは、周知のことでもある。だからこそ鑑連は田原民部で無く、田原常陸の名を出したのだ。田原常陸を大好きな橋爪殿が、鑑連の発言に激しく同意してくる。


「いやまさに。百人力でしょう」


 その言葉に田原武士は心底嬉しそうに笑い、堂々と平伏した。



 軍議が終わり、諸将が配置に戻る姿を見送りながら、備中は心の中で計算をして、


「ひのふの……あれ、人物評が足りないな」


と臼杵弟のそれが無いことに気がついた。鑑連が会話を交わさず、指示も出なかったからである。


「……」


 臼杵弟は公式には老中第三位の実力者である。諸将らも、このような不仲に気がつかない筈がない。鑑連は毛利兄弟の連携が乱れる時を狙っているようだが、それよりも我らが大友は大丈夫だろうか、と不安を胸に覚えるのであった。

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