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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
190/505

第189衝 踏鞴の鑑連

 筑前国、糟屋郡(現粕屋町)多々良川左岸。


 鑑連は対岸の安芸勢の大軍を眺めながら、感慨深げに述べる。


「ここはかつて、かの足利尊氏公が歴史的な勝利を飾った場所だ」

「吉野にも朝廷があった頃ですね」

「と、殿」

「なんだ」

「あ、あの……」


 口籠る備中からその存念を当てる鑑連。


「まさか不吉だとでも?」

「た、尊氏公は北西から攻めこんで勝ちました。もっと言えば、我々が布陣する場所は敗北した宮方の地。こ、これは歴史的に地の利の無い場所なのでは」

「クックックッ、歴史をひっくり返したいものだな、備中」

「……」


 戸次の陣に小野甥がやってきた。久々の来陣、今回は戸次隊に所属している。爽やかに報告して曰く、


「戸次様、安芸勢の布陣について確認が終わりました」

「で」


 鑑連の渋い対応も相変わらずだが、報告の内容は重大である。


「立花山城は完全に包囲されています。その数、万は確実に超え、二万に届くかもしれず」

「数が一定しないのか。伏兵の情報でもあるからか」

「いえ、安芸勢の内、相当の数が立花山を掘り始めています。人夫が入り乱れており、確実な数が割れません」

「山を掘る……敵は何のつもりかな」


 考え込む内田に、鑑連はワカりきったことのように述べる。


「かつて立花鑑載は抜け穴を通って城外へ逃れた。当然、安芸勢はその情報を知っているのだろう。攻め口を拡張しているのかもしれん。この城はただでさえ難攻不落では全然ないのだからな」

「そ、それでは城の陥落は……」

「時間の問題だな、おい」

「は、はっ」


 備中かしこまる。


「小野から話を聞いて、図画を作れ」

「しょ、承知いたしました」


 小野甥が爽やかに近づいてくる。


「備中殿、お久しぶりですね」

「は、はい。お手柔らかにお願いします」

「では……」

「……」


    宗像水軍   宗像方面

玄界灘 海海     

 海海海

海             山

海    吉川隊 安芸勢 山

海   安芸勢 立花   山  犬鳴峠

海  安芸勢  山城   山  方面

海        小早川隊 山

海川川川川川川川川多々良川川川川川川

         大友方

博多の町        宝満山方面



「これでよろしいと思います」

「いかがでしょうか……」


 鑑連はさらりと眺めただけで、力強く話し始める。


「敵に宗像勢が付いている以上、敵は補給に自信があるはずだ。薦野も今は動けん」

「そのようですね」

「さらに博多の衆は堀など深くして、ワシらとの接触を拒んでいる。高橋鑑種に備えて背後へも兵を割かねばならん。今の兵力では足りんな」


 兵力が足りない、と口にした主人を備中は初めて見た。では、この戦いは人知を超えた激しさを示すことになるのかもしれない。文系武士なりに武者振るって曰く、


「宝満山城を包囲する斎藤隊、志賀隊に兵を割いてもらうというのはいかがでしょうか」

「小野、義鎮の近習隊は全軍高良山に残っているのか」


 華麗に無視された備中。却下、ということなのだろう。小野はニッコリ笑って、


「ご指名頂いた私以外はほぼ」


 備中は、小野がこの戦場にいるのはそういう事情があるのか、と驚いた。もしかしたら由布がそう進言したのかもしれない。自分もそんな意見を提示したことがあり、それが実現したことについて嬉しく思う。


「四千、五千人くらいはいるだろうが、その連中をこちらへ確実に寄越すことはできるか」


 小野甥は少し考えて、


「その八割ほどなら。が、根回しが必要です。今、高良山にいる石宗殿と」


 おいおい、と声をあげる鑑連。


「あの坊主、高良山にいるのか」

「近年、義鎮公のご信頼、大きいですね。あと、臼杵様に田原民部様。このお二人に戸次様のお袖判があれば」


 この戦局、石宗ならなんというだろうか。天道は果たして豊後と安芸、どちらについているのか。不遜な鑑連を見ていると、こちら側にはいないのかも、と思えてしまう備中だが、


「前線に出ないのであれば、豊後へ帰ってもらいたいな」


 自身も似たような発言をした過去を思い出し、どきりとする。やはり天道は遠いのか。一方の小野甥は気にしていない様子。


「義鎮公は後詰のおつもりで、高良山で諸将の士気を高めていますよ」

「ふん、この戦線を突破されたら?」

「その時初めて豊後へお戻りになるでしょう」

「クックックッ!義鎮のたわけめ!」


 鑑連爆笑し、小野甥も少し可笑しいように口の端を上げた。やはりこの二人のやりとりには活気がある、と主人が活性化していく様を少し距離を置いて眺める備中であった。



 伝令が威勢良く報告に来る。


「申し上げます!安芸の水軍十数隻が、博多の方面へ進水中!」

「さすがは毛利元就、手が早いな。内田」

「はっ!」


 現在、安東が筑後東部での防衛を行っているため、切込隊長の役目は内田が担う。


「武士が正しく健やかであるためには、戦闘は欠かせない。湿地での戦だ。佐嘉勢との戦いで示した度胸を以後も自慢したいのなら、改めて男を示してこい」

「かしこまりました!」

「申し上げます!」

「こ、今度はなにか!」


 さらに伝令が来る。陣の動きが激しくなり始め、吃る備中。


「前面の小早川隊、砦や土塁を築き始めております!」

「土塁……敵はど、どういうつもりでしょうか」

「迂回作戦に専守、今、ワシらに攻められては困るのだろうよ。備中、なぜだと思う?」


 安芸勢は立花山を包囲中である。にも関わらず博多へ兵を出張させ、今、土塁を築く。その理由がすぐに思い浮かんだ備中、かつてより頭の回転が速くなったかもしれない、と密かに自賛を覚えつつ曰く


「……実は城が、もう落城寸前だから、でしょうか」


 立花様が三ヶ月以上の防衛を保てていたのは彼の実力であり、他の人間にそれと同じ真似ができるとも備中には思えなかった。


「小野。今、城に居るのは近習衆だったな」

「はい。津留原様、臼杵様、田北様。みな、吉弘様に親しい方々でもあります」


 立花殿討伐の時、鑑連へ立花山城を渡さなかった吉弘だが、自分の出身母体である近習衆へは委ねたのである。


「事象は巡りその倅がワシの陣に来ているとは言え、吉弘自身は病床を動けずにいる。病人の影響力を駆使して、クズどもの落城を遅らせることはできんかな」


 立花山の一件、鑑連は間違いなく根に持っている。


「この戦局、安芸の頭領ならば立花山を手中に収める事を優先するでしょう。つまり、三人の近習を懐柔する、これが最もあり得そうです」

「川を越え、土塁を越え、包囲網を破り、城に入ることが出来れば多少は持つかもしれん」

「臼杵隊との協議が必要ですね」

「時間が惜しい、小野、ついてこい」

「はい」

「由布、手筈通りだ」

「……はっ」


 みな外出して陣に一人取り残された備中。しかしここは戦場である。地図を見ながら何かを考えようと努め、結果ぼにゃりとしていると、またまた伝令がやってきた。曰く、立花山城の大友勢が降伏したとのこと。


「……」


 大急ぎでやってきたのだろう。滝の汗を流す伝令の顔を備中は眺めながら伝令内容を反芻する。ふと正気に返る。


「えっ、もう?」


 強い者はより強く、弱い者はどこまでも落ちる、そんな戦国秩序の中、鑑連が強者の側に立ち続けることができるかどうか、備中は懸念を深めざるを得なかった。

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