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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天文年間(〜1555)
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第18衝 嵐気の鑑連

 府内中心部の火葬とともに、内乱は終わった。 灰となった辻を散策しながら、あちこちに散らばり嫌でも目に入ってくる死体から目を逸らし、考える備中。


「ご先代の頃は、最期を除けば府内が戦火で燃える事など無かったのに。今の義鎮公が悪いのか、それを補佐する人々が悪いのか」


 考えがまとまらず頭を振り目を開いた時、真っ黒焦げになった死体がそこにあった。口をぱっくり広げたそれに向かって問いかける備中。だが、返事は無い。ただの屍が答えるはずもなし。独り言ちる備中。


「ワカらない。事実は、義鎮公がお命じになり、殿が対処に当たられた、という事。でも、討伐された側が手を出した、という形で決着されようとしている。これではご先代が亡くなられた時と、何もかも同じだ」


 内省的な備中はさらに思考を進める。このまま戸次家に仕えていて良いのだろうか。無辜の民の殺人に主君殺し、上司殺しとそれに伴う放火など悪事ばかりだ。天道の大いなる咎めがあるのではないか。こんな時に備中が相談する相手は、遺憾なことにあの石宗しかいない。だが吉岡邸以来咒師の姿を見ていない。


 では内田に相談するか、とはならない。あの同僚はそんな悩みをせせら嗤い、目を覚ませ、としか言わないだろうから。


 普段ならさして会いたくもないはずの石宗を探し、焼け跡を彷徨う備中。そこに若者が、兵隊へ熱い弁舌を振るっている姿を見る。


「戦いは終わった!敵が放った火によって府内は焼けてしまったが、義鎮公は無事である!反逆者は豊後の敵と結びつき、私服を肥やそうとしていた許すべからざる者共だ!落武者は狩るべし、大いなる褒美が期待できるぞ!」


 その声により、主に雑兵の聴衆が湧く。耳に心地良い言葉と愁眉優れた容貌から、家柄の良い武者である事が想像できるが、


「その内容にどれだけ真実が含まれているのだ」


 とボソリと呟いてみる備中。


 すると、後ろの男がつついてきた。


「兄さん、なんか言ったかね」

「い、いえ……その……」


 肝を冷やし立ち去ろうとすると、後ろの男の顔が見えた。石宗であった。


「はっはっはっ!こちらで何をしておいでで」

「あんた……あんたを探していたんだ。どこ行ってたの」

「それは結構ですが、演説の邪魔は良くありませんな。ほら、聴き入る連中の士気が大いに高まっているではありませんか。もう数は少ないでしょうが、戸次様の敵はまだうろついているはず」

「ふん、あの台詞のどこに真実がある。それこそあんたがのたまう天道がお許しにならないのでは」

「はっはっはっ!」


 石宗の笑い声で、ただでさえ小さな備中の声がかき消された。


「滅多なことは言わぬが花。何かご不満があるのであれば、それがしが話を聞いてあげましょ。あの方の台詞の何がご不満ですか。敵は倒された。お家に対する裏切り者の謀反は事前に突き止められ、義鎮公の近くまでは届かなかった。敵の生き残りがいれば倒せ、褒美は思いのまま……」

「嘘ばかりだろうが!」

「ほう、証拠でもおありで?」

「うっ……」

「ほらほら」

「よ、吉岡様なら全てご承知だ」

「ははっ、それがしはその吉岡様のご指示で、ここに居るのですよ」

「えっ、な、なんのために?」

「それはほら、あそこで演説する彼に、ここで語りかける内容の全てを伝えるためですよ」

「なんだって」


 弓矢を片手に若者は演説を続けている。高貴な姿だ。よく見ると、甲冑に大友家の家紋を背負っている。


「あ、あれは御一門の……」

「そう。吉弘伊予守のご嫡男でっす」

「常は義鎮公の近くにいるあの?」

「そうそう」

「……」

「……」

「つまり」

「はい。すでに義鎮公と吉岡様の間で了解はとれた、という事です。でなければ、それがしがここに居る理由もないのです」


 途端にむかっ腹がこみ上げてきた森下備中。石宗に食ってかかる。


「あんたは私を吉岡邸に誘い、殿には私がそう振る舞うだろうと予言して見せたのか。でその間に、吉岡様を説得したのか」

「はっはっはっ!」

「酷いペテンだ。私は笑い者だ」

「まあまあ、吉岡様はあなたを見知っているうえにあなたに多少の好意を持っているとお見受けしたのでね、だからそうしたのです」

「人を利用するのが天道の示した道なのか」

「天道は大いなるもの。正しいと思った道が実は誤っていた、など恥じる必要はありません。いいですか備中殿。天道はそれに従う者に大いなる恵みを与えるのです。翻りそれに背く者には、大いなる罰がきっと」


 石宗の説く天道は危険かつ真の正義ではない、と確信した備中。だが、なにはともあれ帰還せねばならない。


「……戸次邸に帰る」

「どうぞお先に。それがしにはまだ仕事がありますから」

「ああそう」


 再び吉弘伊予守の息子の演説に向き直った石宗は、備中など眼中に無きの如し。心にのし掛かる虚しさに耐えながら、職場に戻る備中の背中に茜が差した。

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